56 進化1
「さて、そろそろ目的地だ」
「随分、長く乗っていたような気がするわ。ここはどこなの?」
意外にもディーグアントの乗り心地は悪くなかった。ほとんど揺れることなく、まるで滑るように進んでいく。王国に普及できないか、真剣に検討する余地はあるかもしれないとティーセは思った。
だが、そんな思いは次のグレアムの言葉で容易に吹っ飛ぶ。
「ソーントーンの屋敷の真下あたりかな」
「……はぁ?」
思わず間抜けな声が出る。
「それって、ブロランカ南部の屋敷のこと?」
「ああ」
「ディーグアントの巣穴が南部にも広がっているってことじゃない!」
考えてみれば当たり前ことだ。なぜ、蟻の巣穴が北部だけに留まると思ったのか。このような事態も考慮されて実験場として、地理的に断絶されたブロランカ島が選ばれたのだ。
「本来なら広がることはなかったはずなんだ」
ディーグアントが巣穴を広げたのは女王を殺したことに起因するのだという。
「オーソンが最初の女王を殺しても蟻の数にあまり変化は見られなかった」
「最初ということは、まさか女王は複数いるの?」
「ああ、複数いた」
過去形であることに不吉な響きを感じとるティーセ。
「普通の蟻には女王が複数いる種もいる。ディーグアントもそうでないかと考えた俺たちは、しらみ潰しに女王を殺していくことにした」
二体目の女王は数日の捜索で見つかった。最初の個体よりも小ぶりだが、学院の講堂ほどの広さの部屋に卵をびっしり産んでいたという。
卵もろともオーソンによって処分されたが、それでも蟻の数が減ることは無かった。
三度、捜索を始めたグレアムは女王を発見する。一度、グレアムが捜索した場所で。
グレアムは三体目を殺す前に巣穴を徹底的に捜索し、他に女王がいないことを確認したという。
それでも四体目が出現した。
「働き蟻はすべてメスだ。実際に確認したわけじゃないが、おそらく女王が殺された瞬間に別の個体が女王に進化するのだと思う」
そうして進化した女王はすぐに繁殖可能となる。
巣穴から出ることのない女王は竜に食い殺されることはほとんど無いが、竜大陸には地面の中を掘り進む竜もいる。そんな竜に不意に遭遇し、女王が殺されても繁殖が続けられるように種として進化したのではないか。
それがグレアムとヒューストームが出した結論だった。