55 運命の女1
オーソンとアリダがアシュターと戦場で運命的な邂逅を果たしたのが十年前。
オーソン十六歳、アリダ十五歳、アシュター十五歳の頃だ。
「今の俺があるのはアリダのおかげだ」
しみじみと呟くオーソンをグレアムは見た。
片腕片脚を切り落とされ奴隷に落ちたその身を。
「……言っておくが皮肉じゃないぞ」
アリダの献身的ともいえる世話のおかげでオーソンは『全身武闘』スキルを使っても倒れることのない体力を手に入れた。
オーソンの初陣では『全身武闘』スキルを一刻も維持できるようになっていたという。
二時間、無敵状態で大暴れできる。出世するなというほうが無理だった。
すぐに正騎士に任じられ、アシュターと戦場で出会う。
それからすぐにオーソンはヒューストームの護衛を命じられ旅立った。
旅から帰った後、結婚することをアリダと約束して。
八星騎士に任じられたのは帰国後、すぐのことだ。
旅の方々でオーソンは人助けや山賊退治をして名を大いに高めたらしい。聖国からも感謝状が届いた。
皮肉にも、それが聖国と通じている根拠の一つとされたのだが。
◇
「片腕片脚のない状態では、満足に動けず体力も落ちる。『全身武闘』スキルも長時間使えなくなって、すぐに死ぬ。そう思われていたみたいね」
ティーセはあえて誰がについて言及を避けた。
兄、アシュターの心境は複雑だろう。目論見通りにアリダを手に入れたが、アリダの心はアシュターになびかなかった。
オーソンを島送りにした後、アシュターは自らの権限を最大限に使い、アリダを自分の護衛に命じた。
そして、護衛任務初日、アリダは全身黒づくめで現れた。
以後、アシュターの前で決して兜を脱ぐことはなかったという。
アリダの無言の抗議とも思えるそのスタイルに、「ゴブリンの子はゴブリン」という言葉がアシュターを精神的に追い詰めた。
その言葉の意味を知ったアシュターは、王位継承権者としての政務も八星騎士としての義務も果たせぬほど病んだ。
結果、いずれの地位も剥奪され王都の自宅で臥せっている。決して心を開かない護衛を側に置いて。
「兄を擁護するわけではないけれど」
そう前置きしてティーセは、
「強いスキルは所有者に対価を求めることがあるの。兄の場合は精神的な対価を求められたのかもしれない」
「どういうことだ?」
「オーソンはスキルを使う時、体力を消費するわよね。でも、他のスキルでそんなことがある?」
「……少なくとも俺のスキルでそんなことはないな」
「でしょう? 強力なスキルの使用には対価が必要なの。兄の『ファム・ファタール』は一つの行動で二つの成果を得る、もしくは倍の効果を得るというものよ。剣を振れば二回の斬撃になる。本を読めば、読んでいない本の知識も得る。睡眠も常人の半分の時間で済む。まるで"運命の女"が常に兄の側に寄り添いサポートしているかのように」
「それは確かに強力だな。それでアシュター王子は何を対価にしていたんだ?」
「何も」
「何も?」
「兄は何も対価を払っている様子がなかった」
「ティーセが気づいていない可能性は? 実は隠れて対価を払っていたとか」
「その可能性も否定できないけど、誰も気づかないのはおかしいわ。兄は自分のスキルを日常的に使っていたもの」
「ということは、後からまとめて対価を求められるタイプか」
「ええ、そうだと思う。そして、その対価がアリダだったと思うの。そうでなくては、他人に対して誠実で優しかった兄があんなことをするなんて」
「……」
オーソンに仲間意識を持つグレアムは、アシュターに良い感情を持っていない。だが、ティーセに反論できるほどアシュターを知っているわけでもない。故に言及を避けた。
いずれにしろ、オーソンたちのことは三人で解決するべきことだった。