53 オーソン4
ドーン、ドーン。
夕闇が迫る空に戦意高揚の陣太鼓が鳴り響く。
煌びやかな刀剣と甲冑に包まれたアシュター第一王子の初陣である。
相手は国力が王国の十分の一にも満たない小国であるが、帝国の従属国である。
「帝国による威力偵察というところですかな」
「国一つ使ってか? なかなか、剛毅な使い方をする。使われる方はたまったものではないだろうがな」
王国軍の将軍レイナルドの呟きにアシュターは答える。
小国は動員できる全戦力をこの戦場に投入してきているとはいえ、王国を打倒できるほどの数でもない。帝国の後詰めもないという。アシュターは今回の戦の戦略上の意味をレイナルドに問いた答えが威力偵察だった。
「威力偵察にしろ、様子見にしろ、一撃でカタをつける。帝国に弱みを見せるわけにもいかぬ」
王国軍は脆弱などと見られてはたちまち帝国の侵攻を誘因することになるだろう。
「落ち着いておりますな。とても初陣とは思えませぬ」
兵を鼓舞するため敵の見える位置まで出馬を願ったのはレイナルド自身であるが、十代半ばで歴戦の指揮官のような貫禄があった。
(なるほど。コーの奴が入れ込むのもわかる)
アシュターが王位につけば王国の未来は明るい。そう思わせる何かがアシュターにはあった。
わぁあああ!
戦場は魔術と弓の応酬から、槍と剣の白兵戦へと突入していく。
しはらくすると味方の騎士は敵の前衛を突破し、そこから砂の城のように敵が崩れ始めた。
「見事だ。レイナルド」
「いえ、敵が弱すぎるのです。士気も練度も低い」
何故、帝国はこんな敵を?
王国の力を測るには分不相応に思えた。
「いずれにしろ、追撃をかけるのだろう」
敵は叩けるうちに叩く。戦術上の常識である。使われた小国には同情しないでもないが、王国の安寧が優先する。
「もうすぐ陽が落ちます。闇に紛れて逃げられれば叩ける敵は多くないでしょう。まぁ、敵もそれを狙って会戦の開始を延ばしたのかもしれませんが」
レイナルドは、そう言いつつも違和感を感じていた。今回の戦、あまりにも王国に有利にことが運びすぎている。
こうして戦場を全体的に見渡せる場所に陣取れたこともそうだ。
こちらの兵力は八千、対する敵兵力は一万一千。
決戦を避けるほどの戦力差ではないが、無視できるほどの差でもない。
せめて、有利な地形を得ようと行軍を急がせたのは事実だが、思いの外、敵の足が遅く容易に陣を確保できてしまった。
(誘導された? まさか敵の狙いは!?)