7 対策会議
「院長先生、ご無沙汰しています」
トムスがハワード孤児院に訪ねてきたのは、ギルドが出した条件――王都までの商隊に同行し無事帰還する――をクリアするために、レナとタイッサがムルマンスクの街を旅立ってから数日後のことだった。
トムスは奉公先の商家で十年修行を積んだ後、行商人として独立した。
今では王都を拠点として手広くやっているという。
「旅先で偶然、先生の窮状を耳にしましてね。助けになれるかもしれないと思い馳せ参じたわけです」
「先生は魔除けの香料をご存知ですよね」
「ええ。そうです。"魔除け"を謳いながら、せいぜいスライムから食料庫を守るぐらいの効果しかないあれです」
「実は最近、スライムどころかすべての魔物に効く香料が発明されましてね」
「ええ。ええ。そうです。壁がなくても街を広げられます。田畑を拡張できます。もう人類は住居不足と食量不足に悩まされることはなくなるのです」
「今、大量生産すべく大規模工場の建設計画があがっていましてね」
「これに出資すれば何倍にもなって返ってくるチャンスなんです」
「ん? お茶を運んできた君、何か言いたいことがあるのかい? え? 話がうますぎる? 失礼、君は誰かな? グレアム? そうかグレアム君。今、大人同士で大切な話をしているんだ。お外で遊んでいなさい。ねぇ、先生」
「借金の相手がデアンソさま……、んっ、んっ。ゴホッ。失礼。
借金の相手がデアンソから傭兵ギルドに変わるだけでいずれは返す必要があるわけですよね」
「傭兵ギルドの出した条件、聞きましたよ。ひどいですね。クエストに強制参加なんて。きっと戦場に連れて行かれて、凶悪な傭兵団と戦うこともあるんでしょう。まだ、年若いのに。娘さんはお母様似ですか?」
「娘さんはきっと内心、怯えていることでしょう。父親としての威厳を取り戻す最後の機会ですよ」
「え? お金がない? 水臭いことを仰らないでください、先生。金なら僕が工面します。先生はこの書類にサインだけしてください。そうすれば半年後にはみんなが幸せになれます。え? どうしてそこまでしてくれるのかって? 何を言うんです、先生。僕は育ててもらった恩を返しているだけです」
トレバーは多少の疑念を懐きつつも、結局は書類にサインした。
孤児院で育った子供が自分を騙すはずがない。
娘のためだった。
サインした理由は色々ある。
だが結局は、"負けは取り返せる"。
デアンソが仕込んだ毒は、いまだトレバーを蝕んでいた。
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トレバーが話終えるとレナとタイッサの間に重苦しい沈黙が降りた。
やがて、深いため息とともにタイッサが発言した。
『仮の話よ。仮にこの孤児院が取られたとしたら、子供達の受け入れ先はあるの?』
『ここの運営が苦しくなってから、神殿が運営している孤児院に子供達を受け入れてくれないか打診したことがあるの』
『神殿はなんだって?』
『向こうも、うちほどでもないけど苦しいみたい。受け入れても二、三人が限界だって』
『うーん。年長の子は少し早目に奉公に出して、小さい子は里親を探すしかないか』
『期日は三日後よ。とても間に合わないわ』
『受け入れ先が見つかるまで街で何とか暮らせない? 橋の下とか、空き倉庫とか』
『奴隷商人に見つかるわ。住所不定の人間は農奴にされる決まりなんだから』
『ああ、もう! 国も余計なこと決めて!』
『ねぇ、タイッサ。子供達を一時的に傭兵ギルドに所属させられないかな? ギルド所属なら奴隷商人に見つかっても、抗弁できるかもしれない』
『それこそ無理よ。ギルドに入れるのは十四から、スキル持ちでも十二からって決まってるんだから』
『歳を誤魔化すのは……』
『街で雇っている職員やギルド長なら見て見ぬフリをしてくれるかも知れないけど、グレアムより小さな子を十四っていうのは国から派遣されている役人が見逃してくれないわ』
『……やっぱりここを手放すわけにはいかない』
『ええ。子供達が破滅する未来しかないわ』
『じゃあ――』
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「……361、362、363」
夕食の終わった食堂でレナとタイッサの話を聞きながら、グレアムは裏庭でゆっくりと数を数えていた。
「364、365――」
(!)
フォレストスライムのヤマトから合図の思念が送られてくる。
グレアムはスライムに撤収命令を出すと、裏庭に設置されている物置に向かった。
引き戸を開け、五分ほど待ってから中に入る。
縦二メートル、横三メートル、高さ二メートル程度の空間、その中央にネズミを入れた檻が置かれている。
中を覗くとネズミが仰向けになって意識を失っていた。
グレアムはそれを冷めた瞳で、いつまでも見つめていた。