49 地底湖6
完全に油断していたティーセは避けることもできない。顔中を白いドロドロした粘液に塗れさせて、驚きの声をあげる。
「なに!? クサッ!」
「ディーグアントの体液だ。臭いは……、すぐに慣れる」
「うう、洗い落としたい」
強烈な臭気に涙目になるティーセ。
「我慢してくれ。この臭いでディーグアントに仲間だと誤認させることができるんだ。……そういえば、ティーセ。おまえカダルア草入りの食事をとったか?」
「ええ、蟻の数を減らすことも目的の一つだったから」
「そうか。まあ、数日分の食事なら蟻を引き寄せるほどの効果は出ていないと思うが、念のためだ」
グレアムはティーセに治癒魔術をかける。
「今のは?」
「"毒消し"だ。これで体内からカダルア草の成分を消した」
日々の食事に混ぜられたカダルア草は血中に溶け込み、自身の魔力と反応して特殊な成分となる。それが汗として体外に排出され、ディーグアントを引き寄せる臭いとなるのだ。
グレアムは血中の成分を"毒"として治癒魔術で消すことに成功していた。
グレアムを始め、二の村の住民たちのほとんどから、カダルア草の成分を消している。
残しているのはオーソンと、腕に自信のある数人だけだ。そうでなくては、ディーグアントは二の村に来ず、傭兵たちに不信を持たれていただろう。
「なるほど。心なしか、体液の臭いも気にならなくなったわ」
「あ」
「あ?」
「……すまん。体液の成分も消してしまったかもしれない」
「……つまり?」
「今、体に付いている体液を洗い落として、もう一度、ぶっかけさせてくれ」
ティーセはグレアムの腹に拳を放つ。
グレアムはそれを甘んじて受け入れたのだった。
◇
「さて、それじゃ、今から移動するんだが……」
「ええ、何を見せてくれるのか知らないけど、早く行きましょう」
ティーセは元気を取り戻したように見えた。
泣いて心情を吐露したことと、グレアムに腹パンしたことで何かが吹っ切れたのかもしれない。
「その前に、今から見せるものに驚かないでもらいたい」
「何よ。もったいぶって」
「騒いだり、斬りつけるのも無しだ」
「……それって、私が斬りつけても仕方がないものが出てくるってことよね」
「ズイカク。来てくれ」
グレアムは暗闇に向かって呼びかける。
カシャカシャカシャ。
聞き慣れた足音とともに現れたのは、白い人の上半身と黒い外骨格で覆われた虫の下半身を持つ魔物ーーディーグアントだった。