48 地底湖5
「ティーセ。王都に帰れ」
「それはできないわ」
「ここで蟻を殺しても現実は何も変えられないし、変わらない。噂では本土の方でも、この政策が実施されるらしい。そのために生き餌となる奴隷を集めているとも聞く。一の村の住民のように蟻に食い殺される人間が増える」
「私にそれを止めろと言うの? それができたらとっくにやっている。お父様は私を嫌っている。私の言うことに耳を貸すはずがない。ううん、それどころか、意固地になって、なおさら推し進めようとするだけだわ」
ティーセの言葉を意外に思うグレアム。
「おまえたちの関係は冷えきっていると聞いていたが、そこまでとは思わなかった。ーーと、すまん、無神経だったな」
ティーセは悲しそうに首を振り、事実だから、と口にした。
「それに一の村の住民を見捨てることはできない」
グレアムは一瞬、悩んだ後、ある決断をした。
「……おまえに見せたいものがある」
グレアムは、そう言うとスライムの一匹に命令する。
(ズイカク、来てくれ)
「見せたいもの?」
「ああ、ここから移動する。とりあえずこれを着てくれ」
グレアムはタウンスライムの亜空間に収めていた自分の着替えを取り出した。
「次元収納!? あなた本当に何者なの!?」
「ただの奴隷だ。そんなことより風邪をひくぞ」
ティーセは自分が何も着ていないことを思い出し、真っ赤になって大岩の後ろに回った。
グレアムは目を逸らしながら、計画の見直しによるリスクとコストを考えていた。
◇
粗末な服に身を包んだティーセは剣を検分した後、そっと鞘に収めた。
「それが有名な妖精剣アドリアナか」
「ええ、妖精系スキルを持つものにしか使えないの。王城の宝物庫に死蔵されていたのを借りたの」
「国宝クラスだろう? だいぶ傷んでいるようだが大丈夫なのか?」
妖精剣には物理防御無効があるので、硬い外骨格を持つディーグアントに何度斬りつけたところで刃こぼれ一つ起こすことはないのだが、"アドリアナの天撃"の連続過剰使用で剣身の数カ所にヒビが入っていた。
「問題ないわ。私の"羽"と同じく自己修復機能があるから」
「そうか。それじゃ、せっかく綺麗になったところ悪いんだがな」
グレアムは亜空間から壺を取り出すと、中に入っていた白い液体をティーセの頭にぶっかけた。