45 地底湖2
「と、とにかく! 敬語はいらないわ! 傭兵ギルドのみんなもそうしているし!」
何かを誤魔化すように必死に叫ぶティーセ。
それに対して、グレアムは
「わかった」
と短く答えた。グレアムとしては敬語で話したかった。敬語の方がビジネスライクに付き合えるからだ。だが、本人がそう望む以上は、そうせざるをえない。
「ふぅ」
ポチャ。
ティーセのため息と水音が地底湖に響く。
「「……」」
辺りが静寂に包まれる。
ティーセは何か言いたそうにして言いあぐねている。
一方で、グレアムはどこまで話していいものか思案していた。
できることなら何も話したくなかったが、ティーセは納得しないだろう。
自分が単身、ここにいることやあの女王の死骸。
客観的に見てもこの巣は異常に過ぎる。
やがて、
「……何も言わないのね」
ポツリとティーセが呟いた。
「……君が一人でディーグアントの巣に挑んだことか?」
「……」
「少々、無茶が過ぎると思うがーー」
「違うわ」
「……すまないが、よくわからない。俺が君に言いたいことがあるって? 特に思いあたることはないんだが」
「……私はティーセよ」
「知ってる」
「現国王ジョセフ・ジルフ・オクタヴィオの娘なのよ」
「それも知ってる」
「本当に!?」
視界を塞ぐ大岩の向こうから水面を叩く大きな音が響く。
「それなのに本当に言うことはないの!?」
「……何を怒っているのか知らんが、思いあたらん」
「わ、私は……、こんな馬鹿げた政策の実行を決めた男の娘なのよ! なら、何か言うことがあるんじゃないの!?」
「……」
「実兄のアシュターもそれに一役買っている! 私の家族があなたたちを危険な目に合わせている! 騎士でも傭兵でもないあなたたちを!」
「……そうだな」
「だったら! 恨み言の一つくらいあるはずだわ!」
グレアムは静かな怒りを覚えた。
ティーセがディーグアントの巣の中に無謀とも言える特攻をかけた理由を察したからだ。
突如、周囲が暗くなる。
基礎魔術の"光明"で作った光源が時間切れで消えたのだ。
「!?」
「落ち着け。すぐ灯りをつける」
ティーセの動揺を察し、声をかける。
(ヤマト、魔力回復はどれくらいだ?)
"八%"
(少し俺に送ってくれ)
"是"
グレアムの体に"光明"を発動させるのに充分な量の魔力が満ちる。
再び地底湖が光で照らされた時、グレアムの目の前にはティーセがいた。
「!?」
驚くティーセ。
すぐにグレアムの側を離れようとするが、グレアムは少女の細い腕を掴んだ。
「な、なにをーー」
「おまえ……」
グレアムはティーセが勝算あってディーグアントの巣に潜ったのだと思っていた。
少女の剣とスキルは特に魔物に有効と聞く。上級竜も倒せる実力に、若さゆえの慢心もあって、単独でディーグアントを殲滅できると思っても無理はない。
彼女の誤算は想定以上にディーグアントの数が多かったことである。それはある意味グレアムのせいである。それゆえに彼女が大怪我をし、それをグレアムが癒したことは当然のことと思っていた。
だが、真実はそうではなかった。
ティーセはーー
「おまえ……、死ににきたな」