44 地底湖1
傭兵ルイーセこと、妖精王女ティーセは一糸纏わぬ姿になると地下に広がる湖に身を沈めた。
「思ったより冷たくないのね。ううん、むしろ温かいわ」
弾んだ声でティーセは言う。
「地下から温泉が湧き出てるようです。山から滲み出た雨水と混ざり合って冷泉になっているのでしょう」
視界を塞ぐ大岩の向こうからグレアムが答える。
「ふ〜ん」
気の無い返事をティーセが返す。
冷泉が気持ち良すぎる。思わず背泳ぎしたら魔術の光に照らされた石の天井が視界に入った。
「不思議な光景ね」
「あまり奥に行かないでください。深くなっているところがありますから」
「……ねぇ、何で敬語なの?」
「当然でしょう。立場が違いすぎます」
「自分が奴隷だということを気にしているのね。構わないわ。一の村、二の村の違いはあるけども、村を守るリーダー的立場にいるんですもの。タメで話してくれて構わないわ」
「勘弁してくだい。王族相手にタメ口なんて、不敬罪に問われかねません」
「え?」
「え?」
「「……」」
奇妙な沈黙が辺りを包む。
「……ひょっとして私の正体に気づいてる?」
「ティーセ王女殿下ですよね」
当たり前のようにグレアムか言う。
「流石ね」
感心したように言うティーセ。
「今まで正体を見破られたことなんてなかったのに。やっぱり、あなた相当できるわね」
「え?」
「え?」
「「……」」
再び奇妙な沈黙が辺りを包む。
「……王女殿下。失礼ながら今まで正体を見破られたことがないというのは本当でしょうか?」
「そ、そうよ。私のことをティーセだと指摘した人は誰もいなかったわ」
「……失礼ながら殿下。それは誰も指摘しなかっただけで皆、正体に気づいていたのでは?」
「う、うそ」
「『ティーセ王女がルイーセという偽名で傭兵をやっている』
そんな噂が辺境の奴隷の耳にも届いています。ましてや、王都の人たちが気づいていないとは思いませんがーー」
「うゎっきゃぁ」
突如、奇妙な悲鳴をあげるティーセ。
「!? 王女殿下!?」
「だ、大丈夫よ! ち、ちょっとビックリしただけたから。そ、そう、魚、魚がいたの」
「はぁ、魚ですか?」
「そ、そうよ。ちなみに世間ではどう思われているのかしら?」
「どう?とは」
「わ、私が偽名で傭兵をやっていることによ」
「それは……」
言葉を濁すグレアム。
「か、構わないわ。不敬を問いませんから、ありのままのを伝えなさい」
「それでしたら、王族の道楽ーー」
「うぐぅ」
「と言うものは少数のようです。大抵の者は王女殿下に感謝と好意を持っています」
「そ、そう。それは良かったわ。ち、ちなみに私がなぜ偽名を使っているのかということについて、民たちはどう考えているのかしら?」
「ケジメをつけるためではないかと。ルイーセと名乗る間は、自分は王族ではない。一傭兵として扱えという周りに向けてのメッセージだという説が一般的ですね」
「そ、そう! よ、よかったわ! わ、私の意思が正しく伝わっているようで」
「一部の者は、あれは本気で正体を隠せていると思っているーー」
「そんなことないから!!! 私は傭兵っていうメッセージだから!!!」
そう激しく主張するティーセに、グレアムは
(この子、意外とポンコツかもしれない)
そんな感想を抱くのだった。