36 蟻の巣穴にて5
「ーーーー!」
誰かが何かを叫んでいる。
ティーセはうるさいなと思った。
自分は頑張った。そう、十分働いたのだ。ボロボロになって。だから、ゆっくり眠らせてほしい。
「ーーしろ!」
……何をしろと言うのか。指一本動かせないというのに。そもそもこの声は誰だ。
自分を迎えにきた大地母神の天使だろうか。であるなら意外と騒騒しい存在だ。
「逝くな! 息をしろ!」
(だれ?)
誰かが自分を呼んでいる。あんな魔物だらけの地の底で。
自分を呼ぶ誰かの声が、深い闇の底へと沈もうとしていたティーセの意識を留めた。
だが、浮上はできない。見上げれば遥か天空に小さな光。
(あれは暖かい光)
手を伸ばすが決して届くことはない。それどころか再びじわじわと闇の底へ沈み始めた。
(ああ、やだな)
ティーセはあの光の正体を知っている。
あれは愛だ。母と兄弟たちの、ギルドの仲間たちの。あるいは、おおよそ幸せと呼べるすべてのものの煌めきだった。
自分はもうそれを手にすることはできない。
その資格がない。
ティーセは闇の中で一人膝をかかえる。自分で浮かび上がることも沈みこともできない。
それでも、あの光のもとにもう一度帰りたいと思った。
そしてティーセは光に包まれた。
◇
ズシャァァアア!!!
グレアムは光る少女らしき物体が地面に激突する瞬間を呆然と眺めた。
巨大な縦穴の壁面に穿たれた穴の一つから、光の奔流の後に現れたと思ったら、いきなり笑い出し、飛び降りたのだ。東京タワーの展望台ぐらいの高さから。
この一連の奇行に混乱し硬直するグレアムだったが、すぐに我に返り、少女のもとに駆け寄る。
女王の死骸のすぐそばに落下したようだ。
少女の持っていた剣が強い光を発しているので明かりには困らないが、段々と光が弱くなっている。少女のもとにたどり着くまでには消えているだろう。
"光明"
グレアムは脳内で魔術式を組み上げ、魔術を発動した。魔術スキルを持ち、魔術の教えを受けたものなら誰でも使える初歩の魔術だ。
とはいえ、魔術の発動者とともに光源が自動で移動するように発動させるとなると難易度が数段跳ね上がる。
それを一人の力で簡単にやってのけたグレアムの魔術の腕は、宮廷魔術師クラスとはいえないまでも、傭兵ギルドの中堅魔術師クラスにはなる。
そしてそれは墜落した少女にとっては絶望的な事実だった。
中堅魔術師程度の実力で癒せる怪我ではない。
グレアムは一目で少女の状態をそう判断した。
(ヤマト、魔術演算にアサインできるスライムはどれだけいる?)
フォレストスライムのヤマトから即座に回答がくる。
"128,458"
およそ十三万弱。それだけいればいけるだろう。
グレアムが二の村に来てからの三年間、誰も死んだ者はいない。
その理由をグレアムは地の底で十全に発揮した。
主人公、久しぶりに登場!