34 蟻の巣穴にて3
ブロランカ島北部にある標高七百メイルのその名もなき山は、巣として利用するためディーグアントによって、くり抜かれている。
その中で最大なのは直径五十メイル、高さは五百メイルにもなる巨大な縦穴だろう。
バシュ!!
その縦穴の壁に穿たれた横穴の一つから光が溢れた。
縦穴の中空まで伸びた光は、そこで獲物を探すようにいくつにも枝分かれし、しばらく経って光の粒子を残して消えていった。
「……」
やがて、鮮烈な光を発した横穴から何かが姿を現わす。一枚の羽とその半分ほどの長さの羽が発する柔らかな光が照らすのは人の姿。
それはボロボロになったティーセだった。身を守る鎧はあちこち壊れ、もはや用をなしていない。足取りは重く、羽が無ければ今にも倒れこみそうだ。
「……あはっ!」
ティーセが縦穴の底を見下ろすと、突如、彼女は笑いだした。
「あはは! 見つけた! 見つけた! 間に合った!」
そう叫んだティーセは中空に身を踊らす。底に向かって一直線に飛ぶ姿は、鷹のようでもあった。
◇
ガキン!
急降下の衝撃で鎧が弾け飛んだ。
かまわない。よく今まで自分の命を守ってくれたと感謝する。だが、もう必要はない。眼下には巨大な蟻のシルエット。上半身はなく、腹が異常に膨らんだその姿は聞いていた通りの姿だ。
女王で間違いない。
その姿を見つけた時、ティーセは思わず笑いが込み上げた。
"天撃"を一つ残して女王を見つけられた喜びで。
もはや"天撃"無しで女王を殺せる力は残っていない。だから、この一撃で確実に殺す。
中空で詠唱を行う中、背中の羽がすべて消えていく。ティーセは回復途中の羽も費やすことにした。それで威力を底上げするのだ。
ビシッ!
妖精剣アドリアナが嫌な音を立てる。
これまでの酷使に、規定外の使い方でアドリアナが悲鳴をあげているのだ。
(それでも"天撃"を放つまでは、もつ!)
そう確信したティーセは詠唱を完成させる。
あとはこの剣を振り下ろすだけ。妖精剣より発するいつもより大きな光が、女王の姿をさらけ出した。
「ーー!?」
自由落下の中、ティーセの心を混乱が支配した。
(なぜ!?)
ズシャァァアア!!!
想定外の出来事に、何も出来ず地面に激突する。それでもとっさに頭をかばったのは、傭兵ギルドの先輩たちの薫陶によるものかもしれない。
バギィ!!
(!!)
ティーセの体を激痛が襲う。手足の骨が砕け、内臓が破裂する。
「……カハッ!」
息ができない。肺が潰れたかもしれない。
それでも、ティーセが即死を免れたのは『妖精飛行』スキルのバフ効果がわずかに残っていたからだ。
(体が動かない。背骨をやったのかも)
もはや、指一つ動かせない。だから、ティーセは眼だけ動かして女王の姿を探した。自分の見間違いかどうかを確かめるために。
幸いにも、女王はティーセの目の前にいた。
頭と腹に大きな穴をあけたその姿は、どう見ても既に死んでいた。