33 蟻の巣穴にて2
単独で来たのは正解だとティーセは思う。
王都近くにある古代魔国の遺跡に巣くった魔物を傭兵として退治したことは何度もある。
だが、ディーグアントの巣穴ほど魔物がわき出てきたことはない。
「滅べ!」
妖精剣アドリアナを世界樹の枝の姿に戻し、光り輝く刀身を振り下ろした。
「ーーーーーーーー」
光の奔流が蟻たちを焼きつくす。
すかさずティーセは残った二枚と一枚半の羽を羽ばたかせ、通路に飛び込んだ。
既にポーションは使い切った。
"アドリアナの天撃"は今ので三発目。
いずれも多くの蟻を巻き込むように放ったが、いっこうに数が減る気配がない。
仮にパーティを組んで挑んでいたら、味方を巻き込むことを恐れから"天撃"を放てず、いずれ数の暴力で全滅していたことだろう。
(そうしなくてよかった)
ティーセはこれ以上、自分の父と兄のせいで誰かが死ぬのは耐えられないと思った。
ティーセが巣穴に飛び込んでから半日以上が経過している。なのに、未だに女王を見つけられずにいた。
暗い巣の中をティーセは飛ぶ。羽を消費した結果、闇を見通す眼力は落ち、ともすれば壁にぶつかりそうになる。
飛ぶスピードも落ちているので、無様を晒す結果になっていないが、それは"天撃"を逃れた蟻たちとの交戦を増やすことにもなっていた。
ガッ!
「ぐっ!」
蟻の一撃がティーセの背中を撃ち、苦痛の声が思わず漏れる。
鎌の刺突は魔法の鎧が防いでくれたが、衝撃までは完全に殺しきれていない。
ティーセは痛みを無視し振り返り様、妖精剣を一閃した。
シュ!
だが、ソルジャーは思いの他、俊敏な動作でかわす。
ティーセの剣を振るうスピードが落ちているのだ。もともと、ソルジャーは熟練の傭兵が三人がかりで相手にする魔物だ。今のティーセは元の身体能力の二倍強となるバフしか、かかっていない。疲労も蓄積している。ソルジャーに苦戦するのも道理だった。
「はっ!」
ブシャ!
それでもティーセは剣と鎧の性能を頼りにゴリ押す。というよりも、それしか方法はなかった。
既に鎧に守られていない部位で、血を流していない箇所はない。
「どけぇ!」
体ごとソルジャーにぶつかるティーセ。地を蹴り、羽を羽ばたかせ、蟻の上半身を刺し貫いたまま歩を進める。
「グッ、ギギギ」
ティーセに貫かれたソルジャーは、最後の力を振り絞るかのように大顎でティーセの肩に噛み付いた。
バキン!
度重なる攻撃で脆くなっていた鎧は音を立てて壊れ、大顎がティーセの肩に食い込む。
「ああっ!」
痛みで悲鳴をあげるティーセ。
それでも前進をやめないこの侵入者相手に、単体では対処できないと判断したかのか、ソルジャーは大顎を打ち鳴らした。
「ガチガチガチ!」
無数の横穴からソルジャーとワーカーが現れる。
「それを待っていた!」
ティーセの裂帛の気合いと羽一枚を代償に、妖精剣が変質していく。
「ギギギ!」
光輝く無数の枝刃は無数の横穴に向かって伸びていく。
仲間に呼ばれ殺到した蟻たちは結果、"アドリアナの天撃"の餌食となっていった。