29 魔物の食性
「急げ! 魔物が来る!」
「は、はい」
大陸の東の沖合で漁をしている初老の男は奴隷の男と協力して手早く仕掛け網を引っ張りあげ、大小様々な魚が舟に揚げられる。
質、量ともに満足いく成果だった。
「よし、帆をはれ。長居は無用だ」
マストに結びつけたロープを解くと、畳まれていた帆が広がり、たちまち風を受けて舟が動きだした。
「た、大漁ですね。近くに魔物はいないんでしょうか?」
魔物に怯える奴隷は安心を求めるように、最近主人となった漁師に訊いた。
「知らんのか? 魔物は基本、動物は食わん。鳥でも魚でもな」
「え、でも」
「ああ、そうだ。人間は例外だ。魔力を持った生き物しか奴らは餌にしないんだ」
「……それで食いつなげるんでしょうか? 魔力を持った生き物なんて数が限られるでしょうに」
少しは頭が回る奴隷のようだった。高い買い物だったが、買って良かったと思う。良い漁師になるだろう。
「お前と違ってあいつらは餓死しないんだよ。食わないからといって衰弱することもない」
「そ、そうなんですか?」
「ああ、どこかの偉い学者先生が何種類もの魔物を何年も閉じ込めて確かめたらしい」
「そ、それなら何で魔物は人間を食べるんでしょう? が、餓死しないなら必要ないのでは?」
「俺が知るかよ。必要なくても腹が減るんじゃないか? ……ああ、そういや昔、旅の神官様に一夜の宿を提供した時、"心無き神"が命じるからだって教えられたな」
「に、人間を襲うようにですか?」
「ああ。まぁ、神官様の連れの人は即座に否定していたがな。曰く、魔物が人を食すのは、繁殖と進化のためで"心無き神"の命令という説は根拠がないんだそうだ」
「は、繁殖? 進化? あ、あいつら勝手に増えたり強くなったりするんですか?」
「なんか、そうらしいな」
「ひ、ひぃ~」
「情けない声をあげんな、魔物に食わせちまうぞ!」
「か、勘弁してください!」
泣いてすがる奴隷に漁師はウンザリしたように言った。
「引っ付くな。冗談だ。それに繁殖して進化するっていう話が本当なら、お前を食わせて困るのは俺だからな」
そもそも、この奴隷を手に入れるのに結構な金を払っている。今まで使っていた奴隷が魔物に食われてしまったので、代わりに購入したのだが何故か奴隷たちの値段が上がっていた。簡単に死なせるわけにはいかなかった。
噂では国が奴隷たちを使って何か大きなことをしようとしているらしい。
そして、それはあの島も関係していると聞く。
漁師は背後を振り返り水平線に浮かぶ島を見つめた。
ブロランカ島ーーソーントーン伯爵家が代々おさめる魔物の島である。