28 贖罪の王女5
(何なの、あいつ!?)
ティーセは先ほどグレアムに言われた言葉を思い出す。
『あなたでは無理です』
"もう一人も殺させない"
そう宣言した直後にグレアムに言われた言葉だ。
いきなり無礼にもほどがあるだろう。
ティーセは二の村の実質的なリーダーであるという人物を、傭兵ギルドにいるような豪放な歴戦の戦士のような人間を想像していた。
ところが実際の人物は、想像とは正反対で、傭兵ギルドにも王宮にもいないタイプの人間だった。
麻の粗末な衣服に包まれたグレアムの体はティーセより頭一つ分高く、適度に鍛えられている。
一方で顔つきはまだあどけなさが残る。だが、その瞳は千年の時を生きた古龍のように澄んでいた。
少し話をしてグレアムが理知的な人間だとわかる。
だからこそ、あのような言葉を投げられる理由がわからなかった。
"弱いことは罪悪です"
ソーントーンの言葉を思い出す。
一の村の住民たちはティーセの保護下に入った。守りきれず誰かが死んだら、それはティーセの罪である。
そういう意味でならソーントーンの言葉に納得もいく。
(私が弱いというの?)
確かにソーントーンには手も足も出なかった。ティーセの剣術は傭兵ギルドで軽く指南を受けた程度のほぼ自己流だ。
王宮にはソーントーン以外にも名だたる剣士はいたが、王女に必要ない技能として剣術指南を受けられなかったのだ。
それでも、いくつかのクエストをこなし剣の腕にも自信を覚え始めたところだった。
ところが、"剣鬼"を相手にして剣すら抜けなかった。
自分の力は所詮、妖精剣の防御無視効果と『妖精飛行』スキルのバフによるもので、それらを抜きにすれば盗賊一人にすら勝てないのではないか。
そんな風に自信を失いかけていたところに、グレアムの言葉だった。
それは矢のようにティーセの心に突き立ち、思いがけず強く反発してしまったのだ。
(彼と協力してこの現状をどうにかしたかったけど……)
ティーセにも意地があった。
(姉さんたちに頼む?)
ティーセは即座ににその考えを否定した。
ティーセの"姉さんたち"は傭兵ギルドの先輩たちのことだ。多種多様な技能を持った有能な傭兵たちだが、ギルドは所属する街以外の仕事を受けることは許していない。
もちろん、ティーセにも実の姉はいるが、王宮でのお茶会に忙しく、とても頼りになる存在ではない。
そのようにティーセあれこれ歩きながら考えている間に一の村が見えてきた。
(……)
村が騒がしい。
何やら騒動が持ち上がっているようだった。