27 罪悪の在り処
「無茶苦茶だわ。弱いことが悪なら、赤子はみんな罪人よ」
「個人の身体的能力のみをもって強い弱いを論じているのではありません。己れの周りに己れを守る者がいる。そういった社会的状況も一つの強さです。農奴たちにはそれがなかった。ゆえに、農奴となったのです」
ティーセには到底、同意できない話ではあったが、ある程度、理解できてしまったことも事実だった。
なぜなら王宮には、ソーントーンほど極端ではないにしろ、大なり小なりソーントーンに似た考えを持つ者は多い。
むしろ、弱者は救済すべきものと考えるティーセの方が異端と言えた。
「王女殿下は傭兵ギルドで毒されてしまったようですな」
「毒ーーですって?」
ソーントーンの言う通り、ティーセの精神性はギルドの影響が大きい。
獣人を同胞と扱う心も、傭兵ギルドに獣人が多数所属していることと無関係ではない。
だが、それを毒と言われるのは心外だった。
「言葉に気をつけなさい、ソーントーン。傭兵ギルドを侮辱することは私を侮辱することと知りなさい」
ティーセの目に怒りの火が灯る。
「これは失礼しました。ですが王女殿下、この島にはこの島のやり方があります。傭兵ギルドには傭兵ギルドのやり方があるように。どうぞ口出し無きようにお願い致します」
ティーセは苦々しく息を吐いた。
「わかったわ。でも、手は出させてもらう。傭兵たちの指揮権を私に預けなさい」
「それは、王女殿下がこの島の防衛隊長をやるということでしょうか? 今の防衛隊長のエイグを解雇して?」
「当然でしょう。政策に口は出さない。でも、彼らは蟻どもから守らせてもらう。私にとっては彼らも庇護すべき王国民なんだから」
「恐れながら、それはできません。島の防衛隊は元はエイグの傭兵団です。傭兵たちは彼以外の命令を聞くことはないでしょう」
「……」
「ちなみに領軍の兵をお貸しすることはできません。彼らの多くは海兵で港の防衛をしてもらう必要がありますゆえ」
「わかっているわよ。そんなことは」
「僭越ながらご提案させていただきます。一の村の防衛長はどうでしょうか? 一の村の農奴たちならば好きに使っていただいてかまいません」
「二の村はどうするのよ?」
「放置で問題ないかと」
「そんなわけないでしょう」
「ふむ。殿下は二の村についてどのように聞いていますか?」
「被害は無かったと聞いたわ。運が良かったのね。ディーグアントがすべて一の村に向かったのね」
「いいえ、殿下。一の村と同じ数だけのディーグアントが二の村を襲いました。二の村の農奴たちだけで蟻どもを撃退したのです」
「そ、それはすごいわ。確か、ニの村にはオーソンとヒューストームがいるのよね。流石は八星騎士と次席宮廷魔術師ということかしら」
「元です、殿下。今の彼らにたいした力はありません。一人の犯罪奴隷の力が大きいようです。彼奴が二の村に来た四年前からニの村で死んだ者はいません」
ティーセはその犯罪奴隷の姿を想像した。恐らく歴戦の強者なのだろう。
「その者を屋敷に呼んであります。防衛長をなさる殿下の助けとなることでしょう」
そう言うとソーントーンは家令に例の犯罪奴隷を連れてくるように命じた。
「……随分と用意がいいわね。宰相のコーに何か言われた?」
「いいえ、殿下。臣下として私ができる精一杯のことをやっているだけです」
ティーセは、うまく乗せられたような気もしたが、かといってこのまま何もせず王都に帰る気もなかった。
「いいわ。一の村の防衛長の任、つつしんで引き受けましょう」
「ありがとうございます。きっと王都の陛下もーー」
「父上のことはいいわ。それよりも聞かせて。あなたはオーソンとヒューストームのことをどう思っているの? やはり裏切り者だと?」
「それは私にはわかりかねます。ただ一つ明らかなのは、彼らは自分の身を守れなかった弱者だったということだけです」