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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
四章 オルトメイアの背徳者
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142 オーバー・ザ・レインボウ 2

なぜかランキングが急上昇していました。

応援ありがとうございます。

要因はロリドラゴンでしょうか?

時代はロリドラゴンを求めている?

それともやはりドリル……

 リビングルームで本を読んでいたグレアムの前に、キッチンから出てきたソーントーンが籠を置いた。グレアムが訝しげに視線をやると「餞別だ。アンネ嬢に」


「ベリーパイか」


 先ほどからいい匂いがしていると思ったら、アンネのためにパイを焼いていたわけか。


「前回来た時に、ことさら喜んでくれたのでな」


 アンネがこの部屋に最後に訪れたのは五日前。第二回月末試験の最後の追い込みのためにいつものメンバーで集まった。そして、二度とアンネがこの部屋に足を踏み入れることはないだろう。グレアムが金を工面したことで辺境送りこそ免れたが、オルトメイアからの除籍処分は変わらない。そして、後一時間ほどでアンネを見送る時間になる。


「別れは済ませたのか?」


「俺は今朝な。最後の時間は一番の親友(リリィ)に」


 リリィ・マーケルはシーレ伯爵家の雇われ。費用はシーレ家持ちで借金はないが、勝手にオルトメイアを離れることはできない。アンネと再会できるのはおよそ一年後となる。


「アンネ嬢の今後は聞いているのか?」


「実家の店を立て直すとか言ってたな」


 グレアムから金貨七〇枚を借金している。普通に働いても返せない額なので事業を起こすという。まあ、借金は無利子無期限無担保無催促なので焦らずじっくりやってほしい。聖国とのゴタゴタが落ち着いたら仕事を紹介してもいいと思っている。


『り、利子なら払うわよ。体で』


 アンネはそう提案してきた。


『……』


 照れるなら言うなよ。顔を真っ赤にして。


『なかなか魅力的な提案だがな。金と同じくらい男女の関係は友情を壊すぞ』


『試してみる? 本当に壊れるか?』


『……』


 正直、試してみたいと思うぐらいにはアンネは魅力的な女性だった。だが、今のグレアムはそういうことが気軽にできる体ではない。偽の恋人(ティーセ)返事待ちの女(マデリーネ)もいる。


『全然、嫌じゃないんだがな。こちらが抱えてる諸々の事情がなければ、そこのベッドにガバッといきたかったよ』


『……ま。その言葉に免じて許してあげるわ』と、なぜか上から目線のアンネだった。


 これはあれか?

 "貸した側より借りた側が強い"ってやつか?


『……』


 まあいいか。アンネの明るい顔を見られれば、それも許せる気がした。辺境送りはやはり不安だったのだろう。グレアムが借金を立て替えたと報告した時、目に涙を浮かべて感謝された。


「……」


「そうか。退学は残念だが魔術だけが人生ではない。既に次の道を定めているならば上等。再会を楽しみにしていると伝えてくれ」


 グレアムが朝の出来事を回想しているとソーントーンがそんなことを言いだした。


「見送りにいかないのか?」


 直接会って別れを告げればいいのにと思った。ベリーパイもあるのだし。


「あれから目を離さないほうがいい」


 ソーントーンはグレアムの部屋に視線をやった。"ロードビルダー"ことローリー=ネイサンアルメイルは今、そこにいる。


「あの少女がドラゴンだと言い出した時は、とうとう頭がおかしくなったのかと思ったが――」


「おい」


「頭がおかしいのは元からだったな」


「おい!」


 なんて失礼な。

 お前らより遥かにまともだぞ。

 俺は。


「少女が目を覚ましてから得心したよ。中身はドラゴンに匹敵する獣だ」


 暗い部屋で頭から毛布をかぶり、目だけを爛々と輝かせた少女は、まるで手負いの獣だった。


「本気であれを飼う気か?」


 隙を見せれば喉笛が噛みちぎられる。そんな危険性をソーントーンは感じていた。


「レナさんを救えるなら、なんだってしてやるさ」


「……」


 グレアムの言葉になぜかソーントーンは微妙な顔をする。何か言うのを躊躇っているかのような。だが結局、「そうか」と短く呟いただけだった。


「ところで……なぜ俺の部屋に?」


 おかげでリビングルームで読書するはめになった。


「部屋はあまってるだろ」


「あの部屋はたまにエルートゥが泊まりにくる。そこにあのドラゴン少女を置いておくのは危険だと判断した」


「……」


 サウリュエルによれば今のローリーは"人"を殺せないという。果たしてローリーの中でハーフエルフは"人"に含まれるのか。


「理由はわかったが、今日、俺はどこで寝ればいいんだ?」


「自分の部屋で寝ればいいだろう」


「……」


 部屋に入っただけでフーフーと威嚇する野生少女と一緒のベッドで寝るのは勘弁してほしいとグレアムは思った。


「あまってる部屋で寝る」


「エルートゥがきたらどうするんだ? 新しい枕と毛布を用意してやるから自分の部屋で寝ろ」


「しかし――」


「貴様が拾ってきたのだ。夜ぐらいは世話をしろ」


「……」


 授業に出ている昼間はソーントーンにローリーを任せることになる。


 グゥの音も出ないグレアムだった。


 ◇


 そこは転移魔術陣があるだけの小さな広場だった。二日前、ユリヤ・シユエが歓声とともに大勢に見送られてオルトメイアを退場していったのに比べれば随分と寂しい光景だ。


「ありがとうございました」


 グレアムの姿を見つけたリリィが話しかけてきた。アンネはアランとトマと話していた。


「お金は――」


「それは俺とアンネの間で話は済んでいる」


「ですが」


「アンネが嫌がる。だろ?」


「……はい」


 アンネの実家はもともと裕福な商家だったらしいが、アンネが幼少の頃、父が信頼する長年の友人に大金を貸し、それが踏み倒されたことで支払いに必要な資金が不足し、信用の失墜による取引停止や債権者からの激しい取り立てが起きて店が潰れてしまったらしい。貴族街近くの屋敷で蝶よ花よと育てられていたお嬢様が、翌日から下町のあばら家住みになった。【食い溜め】スキルがなければ餓死していたかもしれないという。それでもアンネには辛かったようで、原因となった金の貸し借りはアンネのトラウマとなった。


「正直、本当に感謝しています。強引にでもしなければ、アンネちゃんは意地でも受け取らなかったと思いますから」


 リリィの表情は暗い。親友と別れるのだから当然なのだが、何か他に心配事でもあるのだろうか。


「昨日、話したこと、覚えていますか?」


「……アンネが除籍になるのがおかしいというやつか?」


「はい」


 アンネが落第したのは筆記試験の減点設問でケアレスミスをしたからなのだが、その設問はある平民が開発した農法を答える知識問題だった。深刻な事故を起こす可能性のある魔術式でも、名前を間違えれば不敬罪とされるような歴史問題でもない。


 リリィはアンネの解答用紙を持って試験官に抗議したらしい。これが減点設問になるのはおかしいと。試験官は解答用紙を一瞥して、試験結果に間違いはないと冷たく突き放されたという。


『でも試験官は一瞬、驚いた顔をしていました。試験官も意外だったんだと思います』


『ちょっと待ってくれ。アンネの落第は仕組まれたものだと? でも、何のために?』


『わかりません。ただ、アンネちゃんをこのまま辺境に行かせるのはすごく嫌な予感がするんです』


『……』


 リリィの話を聞いているうちにグレアムも不安になってきた。半ば強引にアンネを助けることにした理由でもある。


 リリィが鞄から紙の束を取り出すとグレアムに渡してくる。


「これは?」


「読んでいただければわかります」


「……」


 パラパラとめくる。リリィ自作の魔導書のようだ。何かの魔術の基礎理論と魔術式、最後のページに習得魔術陣が記載されていた。


(あれ? この魔術、もしかして……)


「アンネちゃんにこの魔術をあげようと思ったんです」


「ああ。なるほど」


 平民新入生の魔術習得は第二回試験終了後に解禁される。聖国では魔導書や習得魔術陣は厳しく管理され、リリィのように貴族の雇われでもなければスキルを持っていても平民が魔術を習得する機会はほぼない。だから、オルトメイアを出る前にアンネに有用な魔術を送ろうとしたわけか。ベリーパイの餞別のように。


「習得できなかったんです」


「え?」


 それはどういう――


「時間だ」


 その時、オルトメイアの事務官が告げた。


 アンネが自分の荷物とベリーパイの入った籠を持って転移魔術陣へ歩いていく。その両脇には騎士が二人。その光景を見ながらグレアムは考えた。習得魔術陣があったのに習得できなかった。リリィの技術の高さは知っている。親友への贈り物となる習得魔術陣に欠陥を残すわけがない。ならば――


(アンネのスキルは……魔術系スキルではない?)


 だが、それはどういうことだろうか。


 アンネをオルトメイアに召集したのは聖国だ。


(聖国が間違えたから、それを誤魔化すために落第させた?)


 それならまだいい。若者に借金を背負わすのはいただけないが。


(だが、それ以外の理由で召集したのだとしたら?)


 アンネの父が友人に借金を踏み倒されたのは不可抗力だったという。その友人も騙された被害者だった。アンネの父の失敗は盲目的に友人を信用してその金の使い道を友人と一緒に真剣に考えなかったことだ。


 そんなアンネの父と同じ失敗を自分はしたのではないか。


 転移魔術陣から消えていくアンネを見ながら、そんな思いが頭から離れなかった。

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