26 平行線
「リーが裏切ったというのは本当なの?」
リーが窓から海に落ちたと気づいたティーセは海上や島の浜辺をかなりの時間かけて捜索したが結局、リーの姿を見つけることはできなかった。
リーは明らかにソーントーンによって傷を負わされていた。
リーが死んだならばソーントーンが殺したことになる。
一体、どういうことかとソーントーンを問い詰めて得た回答がリーの裏切りであった。
「ええ、王女殿下。彼奴は王国からの出奔を画策しておりました」
「確かにリーは王宮生活に嫌気がさしていたようだけど、それだけで裏切ったとは限らないでしょうに」
「いいえ、殿下。リーは仮にも八星騎士の末席に連なった者です。王国からの出奔ーーただそれだけで充分な裏切り行為といえましょう。他国に機密情報を持ち出すつもりであったのかもしれません」
「……」
そう言われればティーセも黙るしかない。ティーセもリーのことをよく知っているわけではなく、数ヶ月前の武闘会から二、三度顔を合わせたぐらいなのだ。
シャーダルクに話を聞こうにも、彼はいつのまにかどこかに行ってしまっていた。
「リーのことはひとまず置いておくわ。それで、あれはどういうことなの?」
「あれとは?」
「一の村と二の村のことよ!」
「彼らの扱いは傭兵たちに任せてあります」
「じゃあ、知らないの? 彼らがどんな扱いを受けているか?」
「知っておりますよ。一の村の獣人たちには人質をとって、二の村には老人や子供など、およそ農作業には従事できないような者を配置していると」
「知っているならどうして放置しているのよ!」
「特に問題が?」
「大有りよ! やることが非道よ!」
「彼らは農奴です。どのような扱いを受けても文句の言える立場ではない。違いますかな」
「違うわ! 彼らの多くは人頭税が払えなかったり、戦争で親を失った孤児だって聞いたわ!」
「ええ、だから農奴になったのです」
「働けず税を払えなくなった、親を失った、そんな理由で農奴にされるなんて!」
「王女殿下は王国の制度を否定なさるのですか?」
「ええ、そんな制度、馬鹿げていると思っているわ」
「……反逆罪に問われかねません。聞かなかったことにしましょう」
「……」
ティーセは自分の頭に血が上って余計なことを言ったことを自覚した。実際に、王女の身でしか過ぎない自分には王国の制度や政策に口を出す権利はないのだ。
身分を笠に着て、政治に自由に口と手を出せば国が乱れる元になる。ゆえに王族といえども、正当な職に無い者にできることは、ほとんど何もない。こうして関係者にクレームを入れるくらいしかできないのだ。
「話を戻すわ。農奴だからといって非道な行いが許されるはずがないわ」
「いいえ。私はそうは思いません。農奴だからこそ許されるのです」
「! 彼らにどんな非があるというの!」
「そんなことは決まっています。農奴になったことです」
「……言っている意味がわからないわ」
「わからなくて当然です。生まれつき強者であらせられる殿下なら。
よろしいですか。この国、いえ、この世界で弱いことは悪であり、罪なのです。
ゆえに彼らが農奴に落ち、殿下の言う非道な行いを受けているのは、彼らの罪悪によるものなのです」