140 オーバー・ザ・レインボウ 1
迷宮の通路の壁に背中を預けて休んでいると、通路の奥から老人と四足獣が連れ立ってやってきた。
老人はグラウスで、獣は幻獣のホワイトファングだ。グラウスは半裸姿のグレアムとその膝の上で眠る少女を見て、もの問いたげな視線を向けた後、床に散らばるドリル型ゴレームを見て頷いた。
「うまくいったようだな」
イヤリング型通信用魔道具でグラウスに状況を伝達済みだった。一時的に通信途絶状態だったのは、おそらくローリーのせいだ。ローリーがグレアムを捜すために使った探知魔法――なぜかあらゆる通信を遮断する副作用がある――による影響だろう。ローリーが気を失ったことで探知魔法も停止、結果、通信が回復したというわけだ。
グラウスにこちらの無事と目の前に停止したドリルゴーレムがいることを伝えた後、
『ゴーレムの動きが途中で止まったんだが何かしたのか?』
グラウスは合流してから説明するという。
『できるのか?』
そう聞いたのは、前後左右の認識が再びできなくなっていたからだ。休んでいたのは、完全に迷子になっていたからで、どうしようかと途方に暮れていたからでもある。
『問題ない』
そうして、たいした時間も経たずにグラウスがやってきた。
「……なるほど」
白狼を見て、グラウスが迷わずここに来れた理由がわかった。
「俺の匂いを辿らせたのか」
匂いを辿れば一本道。前後左右は関係ない。
「連絡が途絶えた後、チガに匂いを辿らせた。骨ぐらいは拾ってやろうと思ってな」
そうして辿り着いたのは最初にドリルゴーレムがいた大広間だったという。
「そこにこれが落ちていた」
グラウスが両手にかかえたものを見せる。それはドリルゴーレムの一部。腰の部分だ。そこに白い宝石が嵌っていた。
「もしかして、宝石に衝撃を加えた?」
「ああ。光っていたのでな。まだ、稼働中だと判断した」
おそらく、それでゴーレムが止まったのだろう。
「おかげで助かったよ」
「礼はいらん。約束を忘れるなよ」
グラウスの言う約束とは彼の孫のリンゼイをAクラスに戻れるように尽力することだ。問題行動を起こした生徒は学院から矯正を受ける。それだけならまだいいが、矯正を受けた生徒は例外なく早死にするという。一方、Aクラス生は多少の問題行動は、見過ごしてくれる傾向があるため、問題児のリンゼイをAクラスにしたいのだという。
「一応、頑張るが、よくよく考えてみれば、あいつに自重させればいいだけなんじゃないか?」
「それができたら苦労はしない」
「……」
グラウスの孫への愛は無限大だが、信用はゼロだった。
グラウスは巨大な腕型ゴーレムを召喚すると、地面に散らばったドリルゴーレムを手の平に乗せていく。グラウスは外に運び出す算段までつけていたようだ。ぬかりがない。
「いくぞ」
グラウスがチガと呼んだ白狼を先行させる。さらに腕型ゴーレムが続く。地面から生えた腕だけのゴーレムが滑るように進んでいくのはシュールだった。あれにも元ネタがあるのだろうか。
「よっと」
グレアムはサウリュエル姿のローリー=ネイサンアルメイルを背負うと歩き出した。
◇
迷宮を出たグレアムは自分の着替えとローリーを置くため、自室に戻ることにした。グラウスにはドリルゴーレムを持って、先に例の教授の元に行ってもらう。
自室に戻った後、ソーントーンにローリーを任せた。もちろん中身は上級竜であることを伝えるのも忘れない。
「目を覚ました後、暴れるようならぶっ飛ばしてくれ」
「……言っている意味がさっぱりわからんが、とりあえずわかった」
部屋を出て向かった先は、見覚えのある医療施設だった。
「おおっ! あの至高のゴーレムがとうとうわが手に!」
中に入ると、これまた見覚えのある顔色の悪い老人が狂喜乱舞していた。予想通り、ドリル型ゴーレムを求めていたのはドクタードリル(※グレアム命名)だった。床に並べられたドリルゴーレムを見て、涎をたらさんばかりのすごい喜びようだった。
「あんなに喜んでくれるなら甲斐もあったが、そもそもドク――教授はなぜ自分で手に入れなかったんだ?」
ソファでくつろいでるグラウスに聞いてみる。前後左右を混乱させる区画に、分裂して襲ってくるゴーレムは確かに厄介極まりないが、グラウスがやったように攻略法はあるのだから。
「何度か試している」
そもそもドリルゴーレムを最初に発見したのはグラウスだという。十数年前、公国の留学生が実戦訓練のため例の出入り口から迷宮に侵入したのだが、いつまで経っても戻ってこない。おそらく、前任者から申し送りされていた立ち入り禁止区画に迷い込んだのだろう。そう考えたグラウスは留学生が身につけていたものを白狼に嗅がせ後を追わせることにした。
無事、留学生を見つけることはできたが、その途中でドリルゴーレムを発見したのだという。その時には捕獲する気は微塵もなかったという。
「襲ってくる様子もなかったのでな。その時は完全自立型とは珍しい。古代魔国製だろうかと、ちょっと興味を持ったくらいだった」
後日、そういえば腕はいいがドリルに異様にこだわる教授がいたなと思い出し、診療を受けたついでにドリルゴーレムのことを話したところ、長年探していたゴーレムかもしれんと捕獲を頼まれた。
「断ったのだが、どうしてもと、しつこく頼まれてな」
弱点もわかっているというので、仕方なく何度か捕獲を試みた。が、ことごとく失敗。ゴーレムを攻撃したら分裂して襲ってくるまでは同じなのだが、分裂したドリルは弱点の腰の宝石を守るように動くため、宝石に衝撃を与えることができなかったのだという。
「あの災厄を退けた貴様ならなんとかするのではないかと思ったのだがな」
「過大な評価どうも。ん? でも、待てよ」
本来、ドリルは腰の部分を放置して大きく離れることはないということか。グレアムがドリルが付いた体の部位を遠くまで引きつけたことで、グラウスが残された腰の宝石にダメージを与えられたわけである。
「そうだ。ドリルがあんなに遠くまで貴様を追っていたとは私も意外だった」
「……偶然?」
「複数人で陽動を試みたこともあったのだがな」
何度、試してもドリルが腰から離れることはなかったという。
「ふむ。興味深いな」
話を聞いていたドクタードリルが割り込んできた。
「何かお前さんにだけ特殊な条件があるのだろうか? ドリルが貫きたくなるような」
そんな条件あってたまるか!
「……その右手は? 義手か?」
グレアムをじっと見つめていたドクタードリルが黒い革手袋に包まれたグレアムの右手に注目した。右手を失った直後に運び込まれたのがこの医療施設だ。ないはずの右手があれば、それは義手だと容易に察しがつく。
グレアムはまずいと思った。問題はこの義手をどうやって手に入れたかうまく説明できないことだった。頭のおかしい王国の魔女に右手を切り取られて義手にされましたと素直に告げるのは問題ある気がする。
「……その義手、ワシに売らんか? 金貨500、いや千、出す」
「え?」
ドクタードリルが意外なことを言いだす。義手の出所を聞かれなかったのは幸いだが。
「それで足りんなら、このドリルを右手につけよう。どうだ?」
ドクタードリルはドリルゴーレムの右手を差し出した。
「……」
どうして、それが追加交渉材料になると思ったのかグレアムははなはだ疑問だったが丁重に断ることにした。現状、金貨百枚で充分だし、右手がドリルになったら不便極まりない。しかもデカすぎる。
「ふむ。残念だ」
「それより報奨金ください」
これ以上、余計なことを聞かれる前に受け取るものを受け取って、さっさと立ち去ることにした。
「名前はレビイ・ゲベルだったな。ほれ」
ドクタードリルは四角い羊皮紙に名前を書いて渡してくる。一種の小切手だろう。そこに受取人レビイ・ゲベルに金貨百枚を支払うように書かれていた。
振出人マサラ・ドリルの名義で。
……ドクタードリルはどうやら正しい呼称だったようだ。
最後の最後に軽い衝撃を受けたグレアムは、事務局の前で朝を待つのだった。