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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
四章 オルトメイアの背徳者
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139 三番目の師 32

「見つけたぞ! 黒い羽虫!」


 その声に振り返ると、白いワンピースを着た少女が迷宮の通路に立っていた。


「君は? なぜここに?」


 第二回実技試験、第六層からの帰り道、全裸で倒れていた少女だ。ワンピースはユリヤが着せたのだろう。なぜか追憶の天使そっくりの姿形を持つ少女はどこかに逃げてしまったと聞いていたが、なぜここにいるのだろうか。


「死ね!」


「!?」


 突如、グレアムの体に上から下へと不可視の強力な重圧がかけられる。


(これは!? 重力魔法!?)


「まさか"ローリー"!?」


 グレアムが使役魔術で召喚したローリーと名付けた翼竜"ロードリサーチャー"は上級竜(エルダードラゴン)ネイサンアルメイルだった。グレアムの元から逃げ出したローリーは白銀の人型ドラゴンに変身してAクラス生徒達を襲ったがティーセ達によって返り討ちにされたという。


「生きてたのか!? その姿は!?」


「黙れ! その名で呼ぶな!」


「っ?!」


 重圧が強くなる。肺が押しつぶされ呼吸が苦しくなって思わずグレアムは叫んでいた。


「やめろ!」


 その瞬間、ビクリとネイサンアルメイルは動きを止めた。同時に重圧もなくなる。


「?」


 やめろと言って本当にやめた。

 その事実に困惑しているのはグレアムよりもむしろネイサンアルメイルのほうだった。


「…………あ、あ、あの邪神の眷属め!

 まさか! まさか! まさか!

 誓約は一つだけではなかったというのか!?」


『いやいや~、誓いは一つだけだよ~』


「は?」


 少女の口から、まったく別の口調の言葉が飛び出した。


『君が~命令に逆らえないのは~彼を格上だと認めてしまっているから~。強きに従うのは竜族の本能でしょ~。魂も体も弱りきっている今の君に~虚勢をはっても~逆らえるわけがない~』


「……その間延びした口調。まさか、本物のサウリュエルか?」


『一昨日ぶり~』


「ふざけるな! そんな――」


『ちょっと黙ってて~。君が喋ると~喋れない~』


 カクリと少女の体が糸が切れた人形のように崩れ落ちた。直後に少女の頭上に天使の輪と背中に白い翼が現れ、白かった肌は浅黒く染まっていく。それはグレアムが見知った追憶の天使サウリュエルの姿だった。


「ふう~お待たせ~」


「…………………どういうこと?」


 グレアムは混乱の坩堝に叩き込まれた。

 今、目の前で起きた事象の意味が、まったくわからない。


「まあ、順番に説明していこう~」


「それはマジ助かる」


「死にかけのネイサンアルメイルを~リーに協力してもらって助けた~」


「なにしてくれちゃってんの!?」


 いきなり衝撃発言が飛び出した!

 散々苦労して倒した敵を救助するな!

 リーもリーだ!

 クサモに行ったまま帰ってこないと思ったら!


「そう言うと思ったから~隠してた~。ネイサンアルメイルが生きていることを知ったら~即処分でしょ~」


「あったりまえだ!」


 イリアリノスの人間が、こいつのせいでどれだけ死んだと思ってるんだ!


「彼、いや、彼女かな~。彼女は~挑んできた人間しか殺してない~。その証拠に~彼女の眷属は飢えていたでしょ~」


「……」


 確かに眷属である下級竜"ロードランナー"は共食いするくらい飢えていた。彼らが野放図に広がって民間人を襲っていたら、ああはならないだろう。


「イリアリノスの犠牲者の多くは~その後に襲来した"スカイウォーカー"バールメイシュトゥアシアのせいだよ~」


「いや、だからといって生かしておく理由にならないだろ!

 生かしておくだけで危険すぎるんだ!」


 こいつは強すぎる上に、人間を敵視している。

 殺さなきゃいけない理由はそれだけで十分だ。


「それについては~対策してある~」


「対策?」


一味神水(いちみしんすい)さ~」


(一味神水?)


 過去の記憶を引っ張り出す。


「確か、誓約を記した起請文を焼いて灰にした後、それを神酒に混ぜて飲むんだっけ?」


「そうそう~

 飲んだ人間が誓いを破ったら神罰が下るってね~

 それと~似たようなことをした~

 もう彼女は~人を殺せない~」


「……」


 昨日の襲撃でも犠牲者はゼロ。先ほども苦しみはしたが、死ぬほどの危機感は感じなかった。確かに今のネイサンアルメイルに人は殺せないのかもしれない。だが――


「ダメだ。今すぐネイサンアルメイルを殺す」


 ネイサンアルメイルが咄嗟の機転で使役魔術の支配から抜け出したことは記憶に新しい。サウリュエルが施したという対策の詳細は知らないが、それがいつまで有効かわからない。ネイサンアルメイルは克服する手段を見つけ出すのではないか。


「まあ、そうかもね~。決して油断できない存在だよ~彼女は~」


「だったら――」


「それでも~君はネイサンアルメイルを生かすべきだ~。

 レナ・ハワードを本当に助けたいと思うなら~」


「レナさんを? 何の関係が――」


「あるさ~。君は~本気で彼女を救えると思ってる~? ミレニアム・フォルトがお遊びで作ったようなこんなゴーレムにも苦戦するような状態で~?」


 地面に散らばったドリル型ゴーレム。途中で動きが止まらなければ大怪我、最悪、死んでいたかもしれない。


「ミレニアム女史が作ったのか。……お遊びで?」


「そうさ~

 これから彼女が編み出した本気の本物の技術が出てくる~

 対抗するには魔法しかない~

 魔法を学ぶんだ~

 彼女(ネイサンアルメイル)を"三番目の師"にしてね~」


「はあ!? そんなの無理に決まってるだろ!」


「無理じゃないさ~」


「無理だって! 人間に魔法は使えない!」


 グレアムも魔法を使ってみたいと思い『魔法学概論』を取ってみたが、結局、得たものは今の人間に魔法は使えないという結論のみだった。


「それを可能にするものが~今の君の右手だよ~」


 サウリュエルは黒の革手袋に包まれた義手に触れてくる。それはケルスティン=アッテルベリが作りだした概霊武装(アーティファクト)だという。


「魔導義手ストライダー。魔法の素養がない人間に~魔法の素養を与える技術さ~」


「だからといって、何でネイサンアルメイルから学ぶ必要がある!?

 そもそもこいつが素直に魔法を教えると思っているのか!?」


「魔術と違って魔法は言葉と理屈で学ぶものじゃない~

 ()()()()で創造し想像するものさ~

 蜘蛛が生まれながらにして巣の作り方を知っているように~

 竜族は生まれながらにして魔法の使い方を知っている~

 魔法を学ぶに~これほど適した存在はいない~」


「体験と感覚? それこそどうやって学ぶんだよ?」


「ケルスティンが言ってたでしょ~

 "魔術をもって魔法をなす"って~」


「……使役魔術か」


眷属召喚(サモン・ファミリア)>によって、深く繋がった幻獣と感覚を共有することができる。その体験から、この右手が何かを得て魔法を使えるようになるということか。


「しかし、リスクが……」


「まあ、嫌ならいいさ~

 強要しないしできないし~

 レナ・ハワードには立派なお墓を立ててあげて~

 その前で泣いて謝ればきっと許してくれるよ~

 "ボクは必死に努力をしたんだ"ってね~」


「……ケンカ売ってんのか?」


「君はなめてるよね~」


「……なめてないさ」


「いいや~

 なめてる~

 学院を~ 

 聖国を~

 レナ・ハワードの敵を~

 君がこれから対峙する相手は、今の君でどうにかできるほど甘い相手じゃない~」


「……」


「君がひっかかっているのは~君の判断の誤りで~犠牲を出すことかい~」


「……」


 図星だった。自分の犯した過ちが自分に返るだけなら、まだ許せる。だが、それが他者に及べば悔やんでも悔やみきれない。グレアムの秘書だったスヴァンは、グレアムの失態を彼の【ロールバック】と命で埋め合わせてくれた。これ以上、自分の失敗で死者を出せば――


「出せばいいじゃないか~」


「……は?」


「過ちを犯しまくって~たくさん殺して~君が望んだ地獄へ行けばいい~」


「……天使の言葉とは思えないな。

 天国へ導くのが天使の仕事だと思っていたが」


 そういえばネイサンアルメイルはこいつのことを"邪神"の眷属と言っていた。それは竜族から見ての"邪神"なのか。それとも――


 この天使をあまり信用してはいけないと思った俺の勘は、正しかったのかもしれない。


「サウリュエル、お前は何者なんだ?」


「何者って~? 文字通り、天の使いとして遣わされたものさ~。神の心を人間に~人間の願いを神に届けるものさ~」


「……聞き方を変えよう。何を目的に動いている?」


「それはもちろん人類救済~」


「矛盾している。救済を目的にしているのに人を殺せとそそのかすのか?」


「矛盾してないよ~

 君が失敗すれば~人類は終わる~

 すべてはやむを得ない犠牲(コラテラル・ダメージ)さ~」


「大義のための犠牲ってか。まるで三流悪役のセリフだな」


「善人でも正義の味方でもないんでしょ~

 だったらもう本物の悪になりなよ~」


「……」


「とりあえずはたった一人のために~すべてを犠牲にできる悪にさ~」


「あ、おい!」


 突然、サウリュエルが意識を失って崩れ落ちた。天使の輪と翼が消失し肌の色も元に戻った体を、グレアムは受け止めた。


「……」


 軽くゆすってみてもサウリュエルが戻ってくる気配はない。時間切れということか。


「くそっ! 言いたいことだけ言って消えたな!」


 まだ、聞きたいことは山ほどあるのに。


 どうしてネイサンアルメイルがお前の姿をしているのか?

 俺が失敗すれば人類が滅ぶとはどういうことか?

 お前は――どの神の眷属なのか?

 そして、何よりも聞きたかった"レナ・ハワードの敵"とは?


「はぁ」


 とりあえず、グレアムは気持ちを切り替えるため大きく息を吐いた。


 一つの選択をするために。


 ネイサンアルメイルを生かすか、殺すか。


 殺すのはたぶん簡単だ。

 目の前で無防備に眠る少女の細い首を捻ればいい。

 それで"ロードビルダー"とは決着だ。

 今後、この上級竜に煩わされることはなくなる。


 それが正しい。

 正しいはずなのに、正しいと思えなくなっている。

 その証拠に、少女の首にかけた手にまったく力が入らなかった。


「はぁ」


 今度のため息は諦めのものだった。


 そうだ。サウリュエルの言う通りだ。もともとレナの救出のためなら、あらゆるものを犠牲にする覚悟だったのだ。ネイサンアルメイルを生かすことで誰かが死ねば、その罪を背負って地獄へ行くだけだ。


 とはいえ、無策で放置するわけではない。とりあえず、グレアムはネイサンアルメイルに使役魔術をかけなおす。何の抵抗もなくスルリと目の前の少女と魔術的に繋がった。姿形は変わっても、元は契約したロードリサーチャー。再契約は実に容易だった。これでとりあえずネイサンアルメイルが暴れても抑えられる。


 背中を迷宮の壁に預け、ちょっとだけ休むことにした。ふと、膝の上で眠る少女を見て、くだらないことを考えた。


 ローリーがロリになった、と。

強い敵が仲間になると弱体化する法則。。。

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