138 三番目の師 31
ギュイ! ギュィィイイン!
それは実に奇妙なゴーレムだった。身長2.5メイルの人型で、両手には大きなドリル。肩の前と後ろに横から見ればY字型にドリル。頭から垂直に伸びるドリル。胸と背中にひと際大きなドリル。どうやって立っているのか不明な両脚のドリルと、ドリル尽くしのゴーレムだった。
ギュィィィイイイン!
ゴーレムは体を押し付け壁に穴を掘っていた。
(それらしいのを見つけたぞ! 全身ドリルのやつだ! こいつか!?)
通信用のイヤリング型魔道具を使ってグラウスに確認を取ろうとするが、やはり応答がない。通信範囲外か魔道具の不具合か不明だが、とりあえずこいつが学院の著名な教授が渇望しているというゴーレムだとみなして捕獲を試みることにした。
(グラウスは確か……)
道中で聞いていた内容を思い出す。ゴーレムの後ろの腰に白い宝石があるという。そこに強い衝撃を与えれば、しばらく動きが止まるとも。
(あれか)
魔杖に血を塗って狙いやすい位置に移動する。ゴーレムは気づいていないのか、こちらに興味がないのか、変わらず壁を削り続けていた。
グレアムは使う魔術を考えた。熱と衝撃波を発生させる<火爆>が確実だが、ゴーレムを大きく破損させる可能性がある。それを理由に金貨七〇枚より減らされてはたまらない。ここは一点狙いのボルト系、宝石のサイズを考慮して誘導魔術式を組み込んだ<火矢>が適当だろう。
そう決めて魔杖を構えると――
ギュルリ
ゴレームの首が180度回転し、こちらを見る。
「!」
少し驚いたが、構わず魔術を発した。
バシュ!
亜音速の赤い閃光がゴーレムに向かって飛ぶ。だが、閃光がゴーレムの体に達する前に――
バキャン!
「!?」
ゴーレムの体がバラバラになった。
(まずい!)
頭、腕、肩、足、胴体とドリルが付いたごとに部位ごと分裂した体は、そのドリルの先端をグレアムに向けた。
体に身体強化魔術をかけながら、その場を離れる。直後に――
ギュィィイイン!
という耳障りな音を立てながらドリルが地面に突き立った。
(くそっ! グラウスめ! ゴーレムにあんな機能があるなら教えとけ!)
ゴーレムがバラバラになって空中を飛ぶ機能は、グラウスのストーンゴーレムにもあった。というか、あいつがグラウスがパクったのだろう。
悪態を吐きながら、出口に向かって走る。
(ここは一旦、撤退だ! ……ん? あれ?)
走りながら違和感に気づく。というより違和感がないことが違和感。
(そうだ。今の俺は左右と前後を正しく認識できている。何でだ?)
この区画では左右と前後を認識できなくなる一種の混乱状態になるはずなのに。
ギュイン!
「うぉ!」
ドリルは広間を出てからも追ってくる。グレアムの背中に風穴を開けようとしていたドリルを音と勘で辛うじて躱した。
「どこまで追ってくんだ、こいつら!?」
元から危険は承知の上だったが、しつこく追ってくるとまでは聞いていないぞ!
ボコッ!
「!?」
ドリルの一つが壁を突き破って横から襲ってきた。
グレアムは半ば倒れ込むようにして躱す。
「くっ!」
今のは危なかった!
もうゴーレムの破損を気にしている場合じゃない!
(破壊しないとこちらがやられる!)
覚悟を決めて迎撃することにした。
まずは正面に回り込んだ腕ドリルに向かって走りながら<火矢>を放つ。狙いは雑だったが魔術で誘導された赤い閃光はドリルに直撃した。――が
「!?」
ギュイン!
光の閃光はドリルの回転によって、あらぬ方向に捻じ曲げられる。
「ならこれだ!」
赤い光球を放つと同時に、横道に飛び込んだ。直後――
ドォン!
爆発の熱と衝撃波。
(やったか!?)
振り返って成果を確認するが――
ギュィイン!
複数のドリルが煙を突き破って飛んできた。
(ちくしょう!)
<電撃魔盾>でドリルの突撃を受け止める。
ギュィイン!!!
バチバチ!!!
電撃に焼かれながらもドリルは壁を突破せんと回転を続けた。
(こりゃダメだ)
数秒しかもたないと直感したグレアムは再び走り出した。その勘は正しかったようで、走り出した直後に、パリンと乾いた音が背後に響いた。
(どうする!?)
走りながら打開策を考える。グラウスから未だに応答はない。
(こうなりゃ第一階層まで戻るしかない。いや、いっそのこと、このまま教授のところまでいくか?)
その教授が"ドクタードリル"であることと、この状態を"捕獲した"とドクタードリルが認識してくれるかは賭けだが。
(迷宮の外まで追ってくる保証はないか)
それならそれでいい。追ってくるならドクタードリルの元まで。
(追ってこないなら作戦を考えて再挑戦だ!)
当面の方針を決めると、グレアムは走るスピードを上げた。が――
ボコッ!
突然、目の前の地面が盛り上がる。地面を突き破ったのは胴体に生えた大きなドリルだった。グレアムは飛び越えようとして、直後に失敗を悟った。
胴体に生えた大きなドリルはもう一つあった。
ドガッ!
その悟りを証明するかのように、そのもう一つのドリルが天井を突き破って現れた。
(!)
体を捻ってドリルの先端は躱したが、服の一部がドリルに巻き込まれた。
(まずい!)
もし、グレアムの服が丈夫な高級品、もしくは魔道具で強化されていたらドリルに巻き込まれた服に締め付けられて死んでいたかもしれない。
ビリリ!
グレアムの服は平民用に毛が生えた程度の粗末なもの。服が破けて命を拾う。だが、バランスを崩して壁に背中を強く打ちつけた。
「がはっ!」
グレアムの動きが止まる。
それは致命的な隙だった。
空中に浮かぶドリルが一斉にグレアムに襲いかかる――
「?」
そう思ったが、なぜかすべてのドリルは突然、動きを止めて、地面に落ちた。
「なんだ? 何が起きた?」
ドリルの一つを爪先でコンコンと蹴ってみるが反応はない。
「グラウスが何かしたのか?」
グラウスに呼びかけてみるがやはり反応はなかった。
どうしようかと思案する。
(この動きを止めたドリルを全部持って帰ればいいのか?)
幸いすべての部位はここ揃っている。
(いや、白い宝石があった腰の部分がないな)
そういえば腰の部位にだけドリルは生えていなかった。もしかすると、最初の広間に残ったままなのかもしれない。
(再起動しないだろうな)
やはりグラウスと一度、相談したほうがいいかもしれない。このままドリルを持ち歩くのは危険な気がした。というか、マジックバッグもないのに全部運ぶのは無理だ。
グラウスを捜しに歩き始めると――
「見つけたぞ! 黒い羽虫!」
高い声が、迷宮の通路に響いた。