137 三番目の師 30
「いいだろう。条件を飲もう。ただし、金貨百枚を手に入れられなければ二人とも殺す。それでいいな?」
「いいわけないでしょ!」
死の宣告にリンゼイが激しく抗議した。
「ふっ。金を手に入れられなければ殺すか。まるで小悪党のような言いざまだな」
一方で祖父のグラウスは鼻で嗤う。自己の利益のために従僕を殺したグラウス。金のために二人を殺すと脅すグレアム。そこにたいした違いはないと皮肉っている。
「俺は別に善人でも正義の味方でもないんでね」
「いっそのこと教授の研究室に押し込み強盗でもするか。迷宮でゴーレムなぞ探すよりも確実かもしれんぞ」
「……それは最終手段だ」
迷宮を彷徨う特殊ゴーレムに懸賞金をかけているのはオルトメイアの教授。つまり魔術師だ。リスクが高すぎる気がする。
「とりあえず正攻法で金を手に入れる。迷宮でゴーレムを見つけ出して教授から懸賞金をもらう」
口に出してみて"かなり危うい綱渡り"だと思った。とにかく時間がなさすぎる。失敗した時のプランBが本当に強盗しか、今のところ思いつかない。
「死にたくなければ必死でゴーレムを見つけるんだな」
「見つけるのは貴様だよ」
「ん? そりゃどういう意味だ?」
「道がてら説明する。時間がないのだろう」
「ち、ちょっと待って! 本当に今から行くの? 昨日の今日よ!」
月末の試験が終わってまだ一日も経っていない。リンゼイは祖父の体力を心配をしているのだろう。しかも、一瞬とはいえ心臓を止めたばかりだ。
「問題ない。なぜか、ここ十数年でもっとも体の調子がいい」
グラウスがグレアムを見た。間違いなくグレアムの仕業だと確信しているのだろう。まあ、その通りなのだが。
「それにゴーレムのいる区画は実技試験があった階層近くだ。今なら魔物は少ない。このまま、迷宮に向かっても?」
「かまわない」
本音を言えば装備を整えたかったが、革鎧は買い直す必要があってまだ手に入れていない。剣は部屋に予備があるが、義手でいきなりロングソードを振り回すのは不安があった。なので、武装は今持っている短剣と魔杖だけだ。流石に魔術を無効化する相手がまた出てくるとは思えないが……。
「リンゼイ。お前は寮に戻っていろ」
そんな言葉を残してグラウスは森に入り、グレアムはその後ろをついていった。
◇
「そういえばあの白狼どうした?」
野営地から離れてしばらく経ってからグレアムはグラウスに訊ねた。
「貴様に噛みついた後、気を失っていた個体か?」
「そうそいつ」
気づいたらいなくなっていたので気にしていたのだ。
「一緒に迷宮を出た。今はこの森のどこかを走り回っている」
「そうか」
ほっと内心安堵した。狼を見るとタイッサのシウロを思い出す。ヤマトやムサシとも仲良くしてくれた良い子だったから、つい狼には甘くなってしまう。
「ここだ」
グラウスが示したのは何もない岩山だった。
「本当にここに迷宮に入るための転送魔術陣があるのか?」
迷宮に出入りするには魔術による転送が必要だ。おそらくグラウスは非正規の転送魔術陣の場所を知っているのだろう。
「そんなものはない。ここから直接、迷宮に入る」
グラウスが一抱えほどの岩を横にずらすと、何かの紋様があった。そこに魔石を押し付けると、岩壁に大人五人が並んで通れるほどの大きな長方形の穴が開いた。
「は?」
「いくぞ」
「待て待て! 迷宮はオルトメイアにあるのか!?」
「毎日、見ているだろ」
そう言ってグラウスが指し示したのはオルトメイアの中心に聳え立つ千塔エリュシオンだった。
◇
岩山からの出入口は下に傾斜していた。例の光る花が群生しているので灯りに困ることはない。十分ほど下ったところで道は平坦になった。地下道はオルトメイアの中心に向かっているように思える。
グラウスの言う通り、昨日と一月前に潜った迷宮はエリュシオンなのかもしれない。
「いや、おかしいだろ。サイズが違いすぎる」
正確に測ったわけではないが、エリュシオンの内部に迷宮まるごと入るほどの広さはない気がする。
「古代魔国の技術らしい。詳しいことは知らん」
王国の"無限回廊"に類似した技術だろうか。そういえばサウリュエルは、このオルトメイアは<異界創造>の"奇蹟"で作られたと言っていた。"無限回廊"は<異界創造>の魔術による再現を試みた成果物だとも。"エリュシオン"は"無限回廊"の発展形なのかもしれない。
「先ほどの出入口の存在も前任者から引き継いだ」
「あんな出入口が他にもあるのか?」
「おそらくな。試験が近づくと迷宮で学生を見るようになる」
「魔物相手に訓練か? 危ないな」
訓練といっても魔物が手加減してくれるわけではない。実戦といっても過言ではないのだ。
「実際、年に何人か行方不明者が出る」
オルトメイアの安全管理はどうなってるんだと文句を言いたいところだ。現代日本と比べて命の軽い世界とはいえ限度がある。
「やるなら自己責任でということなのだろうな。この学院は妙に学生を突き放してるところがある」
それは常々、グレアムも感じていたことだ。そういえば第二回月末試験の説明を受けた時、試験の前に使役魔術で魔物を倒したと判定されるか試す方法はないか試験官に聞いたところ、妙に含む言い方をされたのを思い出した。手段を見つければ、禁止もしないが推奨もしない。ある意味、自由。
(ただし、責任は伴う、か)
自由が過ぎれば待っているのは死、あるいは矯正というわけか。なかなかに厳しい。
「着いたぞ。ここが第一階層だ」
地下道を出ると目の前に大きな空間が広がった。天井まで五メイル。奥は薄暗くて見通せないが、かなり広く感じる。やはり、ここがエリュシオンの中とは俄かには信じがたい。
壁沿いにしばらく進むと階段を見つけた。そこから第二階層に上がる。第二階層は第一階層に比べて天井が低いせいか息苦しく感じた。件のゴーレムはこの階層の一角にいるのだという。
「では、手はずどおりに」
グレアムはグラウスから通信用のイヤリング型魔道具を受け取る。範囲は1~2キロメイル程度とトランシーバーレベルだが思念だけで通話ができるという。
グレアムは指示された場所に一人で向かった。
◇
(T字路にさしかかった)
(そこを左に曲がれ)
(了解)
グレアムは右に曲がる。すると今度は手前と奥に右への通路があった。
(左に二つの道がある。手前と奥、どちらかに入るか? それともそのまま?)
するとグラウスから(奥の通路だ)と指示を受けた。グレアムは手前の通路に入った。
グラウスの意に反しているわけではない。グレアムは先ほどのT字路では本当に左に曲がろうとしたし、奥の通路に入ろうとした。そして、しばらくして違和感に気づく。
これが高い懸賞金をかけられながらゴーレムが捕まえられなかった要因の一つだという。
(この場所は一種の混乱状態をもたらす。自分の体の左右や物体の前後が識別できなくなってしまうのだ)
その対策として、影響を受けない範囲外からマッピングしつつ、進む方向を指示する。もちろん指示役は指示を受ける側が混乱状態に陥っていることを織り込みながら地図を作製し指示することになる。右に進ませたければ「左に曲がれ」というように。
(なるほど。一人では絶対に攻略できない場所か)
人間の精神に直接悪影響を及ぼすような魔術はないと言われている。なので魔術ではなく、魔法とか精霊の悪戯の類だろう。エリュシオンにはこういう摩訶不思議な場所が他にもあるのだろうか。
(<精神異常回復>は効果ないのか?)
(あるが意味はない。すぐに混乱状態に戻る)
精神を乱す魔力波でも、常に発せられているのだろうか。グレアムは何とか対策したいと思った。混乱した仲間と同士討ち。絶対に避けたい事態だ。
(……)
(……)
それから何度か道を曲がると、道なりに進むように指示された。沈黙が続く。
(なぜ)
(ん?)
(……リンゼイの腕輪を奪わなかった?)
沈黙に耐えかねたのか、グラウスが妙なことを言いだした。
(何のことだ?)
(実技試験の時だ。"マンハント・ザ・スーパースター"に襲われて、貴様はリンゼイの近くにいたな)
ああ、そういえば、そんなこともあったなと思い出す。というか見ていたのか。気絶していたと言っていたが、意外に早く目を覚ましていたらしい。
(あの時、リンゼイの腕輪を使って脱出することもできたはずだ。なぜ、そうしなかった?)
なぜって、なぜだろうか?
実際にそうしようと思ったことは事実だ。
だが、思いとは裏腹に、リンゼイを脱出させた。
(よくわからん。そうしたくなかったからとしか)
(……そうか)
(……)
今の説明で納得したのだろうか。また、しばらく沈黙が続いた後、グラウスが口を開いた。
(殿下が――)
(ん?)
ザザッ!
突然、ノイズが走った。
(グラウス。もしもし)
応答がない。通信が切れたようだ。通話範囲外になったのかもしれない。
どうしようかと思案していると――
ギュィィィイイイン!!!
突然、大音量が響いた。
通路の先は広間に続いている。音はそこから響いているようだった。
グレアムは進むことにした。
慎重に広間を覗いてみる。
ギュイ! ギュィィイイン!
一体のゴーレムがいた。音はそのゴーレムから発している。
そして、グレアムはゴーレムを一目見て、求めているゴーレムに間違いないと判断した。同時にこのゴーレムを求めている人物に思い当たる。
なぜなら、そのゴーレムは――
ギュィィィイイイン!!!
全身が、ドリルで構成されていたから。