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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
四章 オルトメイアの背徳者
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135 三番目の師 28

 グレアムは従騎士に導かれ石造りの階段を昇った。案内先が冷たい地下牢でなかったことにひとまず安堵する。


「こっちだ」


 四階まで登ったところで廊下を歩く。建物はオルトメイアの治安維持を担当する騎士団の詰所として使われている五階建ての砦だった。


「何だ?」


 一室の扉の前に立つ正騎士が問う。身形からして上級騎士のようだ。


「面会です。例の……」


 上級騎士がグレアムの顔を一瞥すると「五分だけだ」と開錠して扉を開けた。


 部屋に入るとビジネスホテルの客室ぐらいの広さに粗末なシングルベッドが置かれている。その上に赤髪の少女アンネ・ヘッシャーが座っていた。


 彼女は「トマね。言うなっていったのに」とため息を吐いた。


 ◇


 アンネは先の月末試験で落第した。「授業態度」と「研究論文」は問題なかったのだが「筆記試験」で彼女はやらかしてしまった。減点設問でケアレスミスをして、大きく点数を落としてしまったのだ。


「水臭いじゃないか。友だちだろ」


「友だちだからよ。お金を貸してほしいって言われたんでしょ」


「ああ」


 金で解決できる問題は金で解決するのがグレアムのポリシーだ。

 だが、本当に金で解決できるかは見極める必要がある。


 借金を申し込むトマに詳しく事情を聞いたところ、アンネの辺境行きを防ぐために金貨七十枚が必要なのだという。月末試験で最下位層に入った者はオルトメイアから除籍処分となる。さらに費用の全額返済が求められ、払えなければ最北端の辺境に送られ何十年と働かされることになる。


「悪いけど忘れて。友人とはお金のやり取りをしたくないの」


「金貨七十枚を払える目途はあるのか?」


「あるわけないでしょ」と自虐的な口調のアンネ。


「わかった。とりあえず元気そうで安心したよ」


 そう言ってグレアムは部屋を出ようとする。ここには無事を確かめるため顔を見にきただけだった。さっさと金を払って、こんなところからさっさと出す。


「ちょっと!? 私の話、聞いてた!? 何もしないでほしいのよ!」


「何でだ? 辺境に行きたいのか?」


「行きたいわけないでしょ!」


「だったら俺から金を借りとけよ」


「……辺境行きを免れたとしても、オルトメイアから追い出されることは変わりないのよ。私がお金も返さず逃げたらどうするのよ?」


「それならその時だ」


「返すつもりがあっても返せるとは限らないのよ。金貨七十枚なんて、普通に働いても何十年もかかるわ」


「高給の仕事を紹介してやる」


「え」


「ん? あ!」


 アンネが顔を赤くしたことで、何を想像したか予想がついた。若い女の子で高給の仕事なんて限られる。


「いかがわしい仕事じゃないぞ!」


「そ、それはわかってるけど(愛人になれっていわれたのかと思ったわ。まあ、それも悪くないけど)」


 富裕層向けの愛人稼業は珍しくない。


「? 何か言ったか?」


「べ、別に!」


 アンネは息を吐いて落ち着くと雰囲気を変えた。


「ありがとう。レビイ。でも、やっぱりいいわ」


「……」


「本当に友人とお金の貸し借りはしたくないの。

 私の実家はね、結構、裕福な商家だったの。

 でも、ある日、父が――」


「その話、長くなりそうだから後で聞くわ」


「え?」


 崖に片手でぶら下がってる状態の人間には、まず何を置いても引き上げなきゃならん。引き上げ方が気に入らないと文句を聞いている暇はなく、ましてや気に入らない理由を聞いている暇もない。それで助けられた後に文句を言う輩なら、債権をどこかに売り飛ばして縁を切ればいい。


「事務局が閉まっちまう。じゃあ、そういうことで」


「ええ……」


 呆然とするアンネを置いて部屋を出る。


 期限は明日の朝までと言われている。


 グレアムは先にリリィと会って話してから嫌な予感を覚えていた。

 もし、ここでどうにかしなければ二度と会えない。

 そんな予感だ。

 だから、急ぐ必要があった。廊下を足早に歩く。


 そんなグレアムの背中を警護役の上級騎士と案内役の従騎士が見送った。


「あのお嬢さんの借金を肩代わりするなんて、若いのに大した奴ですよね。俺の給金の二十年分ですよ?」


 感心する従騎士に対し、上級騎士の反応は冷ややかだった。


「どうせ無駄に終わるがな」


「え? それはどういう――」


「覚えておけ、若いの。

 ここでは誰もが等しく価値がない。

 "ただ神と己のみが汝の価値を定める"

 アンネ・ヘッシャーは、価値を定められたのさ」


 ◇


 オルトメイアの事務局で必要な手続きを済ませて建物を出ると、グレアムは空腹を覚えた。


 時刻は夜のはじめ頃。夕方にユリヤを見送ってから、ティーセのご機嫌取りを兼ねて復習に付き合い、その後はこの件で忙しくしていたせいで、昼から何も食べていない。


 近くに歓楽街がある。そこで軽く何か食べようかと思案していると――


『お屋形様』


「……」


 すれ違った誰かが、そう呟いたのを耳にした。


 グレアムは何気ない様子で周囲を見回すと、どこかで見覚えのある学生が熱心に壁新聞を見ていた。


「……」


 彼の隣に立って壁新聞を読む。すると気になる見出しを見つけた。


【スカチーニ商会摘発! 容疑は国家反逆罪!】


(っ!?)


【〇月×日未明、"聖人"シャルフ・レームブルック枢機卿指揮の特殊部隊が聖都のスカチーニ商会本店と地方都市の支店を一斉捜索。国家反逆の証拠を多数押収。その際に商会長は死亡。死因は不明――】


 グレアムは空いているベンチを見つけてそこに座った。空を見上げて何かを考えているフリをしていると、再びの囁き声。


『お屋形様』


「……どうしてバレた?」


 聖国には薬裡衆のフロント企業が存在する。スカチーニ商会はその一つだ。ただし、スカチーニ商会にはまっとうな商業活動しかさせてない。『国家反逆の証拠を多数押収』というのは(ブラフ)だ。


 だが、理由がわからない。

 どうしてスカチーニ商会が狙い撃ちされたのか。


(偶然か? 確証があったのか? 何かの巻き添え?)


 そもそも容疑は"国家反逆"だ。

 "諜報活動(スパイ)"じゃない。

 具体的に何が疑われた?


『資金調達が目的だったのでは』


「……」


 ありそうだと思った。スカチーニ商会のメイン業務は貸金業だ。グレアムと戦争するつもりの聖国は資金調達のために、そこそこ稼いでそうなスカチーニ商会を襲ったのかもしれない。容疑など影と形もなかったのだ。


 見せしめの意味もあるのだろう。むしろ、スカチーニ商会捜索の目的は、こっちがメインなのかもしれない。新聞で知らしめたのはそのためだ。『金を出さなきゃお前らも捕まえる』と。スカチーニ商会の二の舞になりたくない商人達は喜んで資金提供することだろう。


「まずいな」


 グレアムとスカチーニ商会を繋げるものはない。

 そこは安心していいかもしれない。


 だが、アンネを助ける手段が失われてしまった。


 金貨七十枚もの大金、手元に置いてあるわけない。

 だから、スカチーニ商会から引き出そうとしていた。先ほどの手続きで商会に急使が飛んで、遅くとも夜明けまでにはオルトメイア事務局に金が振り込まれる――はずだった。


(どうする?)


 明日の朝までに大金が準備できる手段は限られている。


 他の商会が金を貸してくれるとは思えない。準貴族とはいえ外国の四男坊。海の物とも山の物ともつかぬ存在に大金を貸す商人はいない。それなら国に資金提供するほうがマシだときっと考える。


(他のフロント企業は?)


 すぐに否定する。接触する手段がない。スカチーニ商会は貸金業者だからこそ、オルトメイアとのコンタクトを許されていた。そもそも、スカチーニ商会はオルトメイアで大金が必要になった場合のために準備していたフロント企業だ。他のフロント企業で代わりはできない。


(ティーセに頭を下げるか?)


 いや、手元に金がないのは彼女も一緒だろう。

 大金を常に手元に置いておく理由など、それこそ商会ぐらいしかない。


 考えれば考えるほど短時間で大金を手に入れる方法がないことが分かり、流石にグレアムも焦り始める。


(まずい。本当にまずいぞ)


 ダメ元でティーセに頼んでみるか?


 そう決断して立ち上がった時、胸元に荷物を抱えたある人物が目に入った。


「……」


 それはどこか人目を忍ぶような歩き方だった。


(……もしかして)


 グレアムは思うところあって、その人物の後をつけることにした。

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