134 三番目の師 27
Q.スキルのエネルギー源とされ、世界に遍く存在する物質は何か?
A.魔力
「違うな。正解はこれだ」
放課後の空き教室。グレアムはティーセの解答用紙に右手で『魔素』と書き込んだ。
「どう違うの?」
ティーセが体をピタリとつけて聞いてくる。
感触とか匂いとか声とかがダイレクトに脳に響いて"勘弁してほしいなあ"とグレアムは思った。もちろん、ティーセが発するそれらは悪いモノではなく、むしろ逆だから思春期の体に悪い。最近のティーセは隙あらばこういうスキンシップをしてくる。
(しかも無自覚っぽいんだよなあ)
「レビイ?」
「……いや、魔素について思い出していた。あまり使わない内容だからな」
「なんで? 魔術に必要なエネルギーなんでしょ? どれだけ使うかちゃんと把握しないといけないんじゃない?」
「それは魔力。人間の体内にある有限のエネルギーとされている。これが魔術のエネルギー源だな。君の言う通り、魔術作成や魔術行使の際には、このエネルギーをどれだけ使うかきちんと管理しなきゃいけない」
「……」
「一方で魔素は違う。設問にあったように魔素は世界に遍く存在していて尽きることはないと言われている。しかも魔素はほとんどすべての物質を透過するんで屋内や洞窟の中でも尽きることはない」
「つまり、スキルは使いたい放題ってこと?」
「まあ、理論上はそうなるな」
魔素切れを心配する必要はない。もっとも、気にしたからといってスキルへの魔素供給量を制御できる方法があるわけでもない。
「でも、実際に使い続けることはできないわ」
「人間は疲労を感じる生き物だからな。眠くもなるし」
ガソリンを無尽蔵に供給できたとしても、エンジンのオーバーヒートや車体の摩耗・破損が起きれば車を走らせることはできない。
「なんだかズルい気がするわ。魔物が使う特殊能力のエネルギー源も魔素なんでしょ?」
「そうだな」
魔物の特殊能力は魔法、つまりスキルの一種と考えられている。
「疲れ知らずの魔物が、無尽蔵のエネルギーを使うなんて」
「まあ、考えてみればとんでもない脅威だよな」
一部の魔物をスライムで操っているが、本来なら即殺した方がいい危険な生き物なのだ。魔物がもっとクレバーに組織立って動くような生き物なら、とっくに人類は絶滅していると思う。
「ありがとう。だいたいわかったわ」
それからティーセと一緒に解答用紙を睨み、間違った箇所を解説していくと外はうっすらと暗くなっていた。
「今度、お礼するわね。何か欲しいものある?」
ティーセが帰り支度をしながら聞いてくる。
「気にするな。一応、恋人なんだから」
「正直、感謝しているのよ。勉強と論文を見てもらって」
先日、行われた第二回月末実技試験。銀色の人型ドラゴンの乱入により、ポイントを伸ばせず多くのAクラス生徒がBクラス落ちしていた。そんな中でも、ティーセは下位ながらAクラスを維持していた。
「実力だよ」
本心だった。実はティーセは勘もいいし記憶力もある。機転もきくので応用問題にも対応してくる。ただ、圧倒的に勉強量が足りていないだけだ。
それはグレアムも一緒なのだが、そこは前世の教育がある。学習内容が異なっていても、学習習慣や苦手分野の克服法、モチベーション維持の方法など経験から効率的に学ぶ方法を確立している。理系科目は前世と重複する内容も多かった。
「……」
頑なにお礼を受けようとしないグレアムに、思案顔だったティーセは何かを思いついたように顔を輝かせた。
「ちょっときて!」
「?」
グレアムを教室の隅に押しやると、その頬にすばやくキスをした。
「!?」
「……上書き」
そう悪戯気に微笑むと、急に恥ずかしくなったのかバタバタと教室を出ていった。
その背中を見て(可愛いな)とグレアムは思った。
◇
「やあ、久しぶりだね。レビイ・ゲベル」
少し浮足気味で廊下を歩いていると、そう声をかけられた。
振り返るとオレンジ色のおかっぱ頭。
「……セバスティアン・シーレ」
伯爵家の御曹司。北方の英雄ジョアンの息子でリリィ・マーケルを虐げていた件をきっかけにグレアムが剣術試験でボコボコにした相手だった。
「覚えてくれていたようで何よりだよ」
セバスティアンの顔には好意的な笑みが浮かんでいた。
「病気療養中と聞いていましたが」
「うん。すっかりよくなってね。試験も受けてAクラス入りも果たしたよ。そういうわけで、これから顔を合わせることも多くなると思う。よろしく頼むよ」
「……はい(誰だこいつ?)」
まるで人が変わったように友好的に接してくる。その笑みの下に怒りと恨みを隠しているならたいした演技力だと思う。グレアムは少し試してみたくなった。
「眼帯の付き人はお元気ですか?」
それはセバスティアンが差し向けた刺客だった。何とか返り討ちにし、その首をソーントーンに頼んでセバスティアンが眠っているベッドの中に仕込んだ。
「ギモーブのことか? なぜ、彼のことを知っている? 君と会ったことがあるのか?」
(覚えていない?)
戸惑うセバスティアンの態度は演技には見えなかった。
「……私とのクラス分け試験のことを覚えておいでですか?」
「ん? ああ、もちろんだ。惜しくも敗れてしまって雪辱に燃えていたのだがな。今度、手合わせする際は、病み上がりに手加減してくれよ。総合一位殿」
そう言ってセバスティアンは去っていった。
その背中を見てグレアムは薄気味悪さを感じていた。
◇
「トマ?」
グレアムが寝泊まりしている宿舎の玄関口にトマ・アライソンがいた。
「どうした?」
グレアムに用事があるのだろう。グレアムを見つけるとこちらに駆けてきた。もしかすると次の実技試験のことかもしれない。グレアムはトマとアラン、アンネとリリィの四人とパーティを組むことを約束していた。
だが、トマの口から出た内容は意外なものだった。
トマはひどく深刻な顔で「悪い、レビイ。何も言わず金を貸してくれ」と、それでいて申し訳なさそうに借金を申し入れた。
●リリィ・マーケル
白髪。平民。シーレ家の雇われ魔術師。
●トマ・アライソン
平民。金短髪。スキルは【あおり耐性】。
●アラン・ドヌブ
ドヌブ村の馬鈴薯農家の長男。黒髪黒瞳。スキルは【雷魔術】。
●アンネ・ヘッシャー
赤髪。平民。スキルは【食い溜め】。