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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
四章 オルトメイアの背徳者
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132 三番目の師 26

「これが義手!? 本当に!?」


 ティーセは薄手の革手袋をつけたグレアムの右手を両手で握った。右手を失ったグレアムをずっと心配していたというティーセは真剣な目で、右手のあちこちを触る。手の甲をこすり、指を一本一本掴んでみたり、手の平をあわせてみたりする。そこにグレアムが握り返してみると、指と指が絡み合い恋人つなぎになった。


 ティーセの柔らかい感触が手の平から伝わってくる。ティーセは真っ赤になって目を逸らしたが手はそのままだった。グレアムは革手袋をしているのを残念に思った。


(残念? 何がだ?)


 思わず浮かんだ感情を自問していると、横から声をかけられる。


「あなたたち。何をイチャイチャしているのかしら?」


 弾かれたように手を離してしまう。そんなつもりはなかったのだが、傍目にはイチャイチャしているようにしか見えなかったかもしれない。


「ご機嫌麗しく。我が君(マイロード)


 声をかけてきたのは醜い外見の着ぐるみ型生体魔導人形"ルビアス"を纏ったユリヤだった。背後には動物型魔導人形三体も連れていて、すべての武装を外して収納部を開放していた。


「荷物チェックは終わったのですか?」


「ええ。()()()()()()()()()


 時刻は夕方。予定通りユリヤはこの後、すぐにオルトメイアを出る。オルトメイアから運び出す荷物はすべてチェックされる。もちろん、マジックバッグがあればその中身もすべて対象だ。魔道具は<魔導感知(センスオーラ)>で検知されるので見逃されることはない。


「そうですか。それはよかった」


 ジオリム・クアップの遺体が見つからなかったのは朗報だ。だが、彼女はどうやって遺体を運び出すつもりなのだろうか。


「ティーセ殿下。貴女様との出会いは、この旅における何よりの喜びでございました。共に過ごした日々は、わたくしの記憶に深く刻まれることでしょう。遠く離れても、貴女様との絆が絶えることはないと信じております。いつか、再び笑顔で再会できることを楽しみにしておりますわ」


「貴女様からの温かいお言葉、光栄に存じます。共に過ごした時間は短うございましたが、わたくしは貴女様との間に確かに絆を感じております。遠く隔たれても、心は常に通じていることでしょう。貴女様の道が常に光に満ち、幸多からんことを、心よりお祈り申し上げます」


 グレアムが疑問に思う横で、姫二人が王族らしいやり取りで別れの挨拶を済ませていた。しかし、あのティーセが……


「……なに?」


「いや、お姫様らしいやり取りもできるんだなと――痛っ!」


 肘で脇腹をこずかれた。


「あなたたち。公衆の面前で少しは控えなさいよ」


 ユリヤにそう言われて周囲を見渡す。小学校の運動場ほどある広場に結構な数の学院生が集まっていた。アルベールとレイバーといった学生自治会(ブルーガーデン)のメンバーもいる。というより、レイバーはこの集まりの主要メンバーの一人である。周囲の学院生は勝手に集まってきた野次馬だ。


「うむ。待たせたな」


 しばらくして、ビア樽体形の中年男性が広場の中心に歩み出る。レイバーの父にして"騎聖"タイバー・ロールだった。


「ユリヤ殿下、ご足労ありがとうございます。これより殿下の敬称は省略させていただきます」


 ユリヤが鷹揚に頷くと、タイバーは歴戦の勇将の名に相応しい声で高らかに宣言した。


「神聖なる誓いのもと行われたこの決闘の決着をここに告げる!

 ユリヤ・シユエ!

 レイバー・ロール!

 レビイ・ゲベル!

 前へ!」


 呼ばれた三人が前へ出る。今から行われることは裁判の判決の言い渡しのようなものだ。タイバーが"決闘"と表現したように、レイバーとレビイ(グレアム)がユリヤの名誉を賭けて試験で勝負した。その結果が出たので、ユリヤがオルトメイアを出る前にとタイバーの呼びかけによって当事者が集まった。


「この決闘はレイバー・ロールがユリヤ・シユエを弾劾したことが発端である!」


 タイバーが経緯について説明を始める。


「レイバー・ロール曰く、ユリヤ・シユエは二つの罪を犯した!

 一つ、リンゼイ・ポルムへの不当な迫害!

 一つ、禁じられたフレッシュ・ゴーレムの製造!」


 ああ、そうだったなとグレアムは思い出す。なんだが、随分、昔のことのように思えた。

 結局、迫害はリンゼイの捏造で、フレッシュ・ゴーレムは――


(あ!)


 グレアムは気づいた。ユリヤがやろうとしていることを。


(まさか殿下は……)


「――だが、リンゼイ・ポルムへの迫害を行った証拠はなく本人以外に証人もいない。また一方でフレッシュ・ゴーレムと疑われた生体魔導人形への調査はユリヤ・シユエによって拒否された。生体魔導人形は公国の秘匿技術で製造されており、さらには生体魔導人形は聖国の許可をもってオルトメイアに持ち込まれている。よって、ユリヤ・シユエの調査拒否は妥当なものと判断する」


 もともと、ユリヤは性能テストをするために生体魔導人形をオルトメイアに持ち込んだという。動物型生体魔導人形はもちろん、ジョセフィーヌを象った生体魔導人形も含まれている。迷宮でユリヤが操るジョセフィーヌが魔物に襲われそうになっているところを助けたのが出会いだった。


「――しかして、ユリヤ・シユエは己の身の潔白をその場で唯一弁護したレビイ・ゲベルに託す。レイバー・ロールとレビイ・ゲベル、両者による厳正な話し合いの結果により、本年度第二回月末試験の成績によって決めることとなった」


 まあ、大きくまとめるとそんな感じになるんだろう。実際はタイバーに誘導されたのだが。もしかして、これが契機になって「メンズーア(※19世紀のドイツの大学で盛んに行われた学生同士の決闘行為)」のように試験による決闘がオルトメイアの伝統になったりするのだろうか。


「そして、本日、その結果は出た!

 レビイ・ゲベルに勝利の栄誉が与えられ、ユリヤ・シユエの名誉は守られた!」


 タイバーが高々と宣言すると、平民学生を中心に「ワァッ!」と背後で歓声が上がった。意外なことに手を叩いて祝福している貴族も多い。ティーセも笑顔で祝福してくれている。一方で苦虫を嚙み潰したような顔をしているのがヤン・インクヴァー。アルベールは微妙な表情で、レイバー本人は――


(?)


 ずいぶんと落ち込んでいるように見える。負けたのだから当然といえば当然なのだが


(なんだろう? 初めて見た時のようなイケイケオーラがなくなっているような?)


 本当に本人だろうかと疑いたくなる。なんだか悪い呪いにでもかかっていたかのようだ。


「さて」


 タイバーが手をあげると静かになる。


「レイバー・ロールがこの場を借りて謝罪をしたいとの申し出があった。レイバー」


「はい。父上」


 レイバーがユリヤに向き直り、口を開く――その前にユリヤ本人が制止した。


「謝罪は不要です。不幸な行き違いがあった。今回の件は本当にただそれだけのことだったのです。それよりも私の方から皆様に謝罪しなくてならないことがあります。私は皆様を謀っておりました」


 ユリヤの言葉に周囲がザワザワと騒がしくなった。


「私がオルトメイアに来た目的の一つが我が国が開発した生体魔導人形の性能テストでした。持ち込んだ生体魔導人形は五体。そちらにある動物型の三体と、フレッシュ・ゴーレムと疑われた私の友人を象った人型生体魔導人形」


 ユリヤが指し示した視線の先には、自室のクローゼットに押し込めてあるはずのジョセフィーヌがいた。


(ああ、やはり殿下は……)


「そして、もう一体」


 プシュッ!


 その音とともにユリヤから生気が抜け人形のような見た目と質感になる。そして、大きく後ろにのけ反りパカリと首元が開いた。


「着ぐるみ型生体魔導人形"ルビアス"」


 その言葉と共に中から長い黒髪の絶世の美女が現れた。


 横を見るとレイバーの口が大丈夫かと心配するほど開いている。


「元婚約者であったレイバー様にはルビアスについて何度かご説明の機会を設けようとしましたが、生憎と都合がつかず、大変申し訳ありませんでした」


「……」


「きっとご縁がなかったのでしょう。レイバー様に良き縁があるように祈っております。そして――」


 ユリヤの視線がグレアムに向いた。


「良き臣下を持って嬉しく思います。健やかに、そして実り多き日々を過ごされますよう、心より願っております」


 グレアムの顔に手を差し伸べ、その頬に口づけした。その瞬間、先ほどの比ではない歓声が沸き起こった。彼らの中で、ストーリーは完成した。麗しき姫が不当な罪で陥れられ、忠実にして有能な騎士(ナイト)が潔白を証明したという真実を含んだ物語。そして、多くの人間が好む筋書きを。


 観客の興奮が冷めやらぬ内にユリヤは転移魔術陣に笑顔を振りまいて歩いていく。もちろん、その後ろには三体の動物型魔導人形と、一人の――も付いていく。


 記録上は一人の魔術師と四体のゴーレムが二ヶ月前に入場し、今、同じ数の魔術師とゴーレムが出ていくことになる。


(…………)


 ああ、わかっている。


 今、ユリヤの後ろにいるジョセフィーヌはジョセフィーヌではない。


 おそらく、幻影魔術でジョセフィーヌに見せかけたジオリム・クアップ。


 ユリヤはジオリム・クアップの遺体を、フレッシュ・ゴーレムにしたのだ。


 彼女は確かにフレッシュ・ゴーレムを製造していなかった。だが、だからといってフレッシュ・ゴーレム製造の知識と技術を持っていないとは限らない。


 古今東西数多の物語が語っているではないか。

 二週目は、"チート"だと。

 幼い頃に戻ったユリヤは公国を救うためにありとあらゆる知識と技術を身につけたに違いない。

 "マンハント・ザ・スーパースター"をあっさり葬ってみせたことも、それを裏付けている。


(もしかして、俺より強いんじゃないか?)


 スライム・ネットワーク・システムを十全に使えたとしても戦えば危うい予感がした。


(姉弟子とは戦いたくないな)


 そう願うも叶わない。


 それはともかく、グレアムには差し迫った問題があった。


(フレッシュ・ゴーレムに目がいかないよう、自分に注目を集めたい。

 熱狂の渦に包まれたまま、どさくさ紛れにゴーレムを連れて退場する。

 その意図はわかる。

 わかるんだけどさあ……。

 俺に、キスまでする必要はなかったんじゃないか?)


 ティーセからの視線を背中にチクチクと感じながら、どうフォローするかグレアムは頭を悩ますのだった。


 ◇


※ユリヤ視点


 五時間前。


「ま、間に合った」


 メスを置くと疲労困憊の体を椅子に深く沈めた。フレッシュ・ゴーレムの製造は初めてだったがうまくいったと思う。もともと難しい技術ではない。人間の体は木や石や鉄よりも動かすのに適している。ただ、人の体をゴーレムにするには技術以外の問題があった。


「あなた。女の子だったのね」


 寝台に横たえてあるジオリムに目を向ける。この小さな体が怪物に変身してレビイを襲ったとは実際に目にしなければ信じられなかっただろう。


「ごめんなさいね。いつかゆっくり眠らせてあげるから、もう少し付き合ってね」


 メイド服を用意しようと椅子から立ち上がる。彼女に服を着せて幻影魔術をかける。いや、その前にジョセフィーヌをレビイの元にやらないと。ついでに試験の結果も確認して――


「はい。承知しました」


「!?」


 聞き覚えのない声に驚いて振り返ると、操作をしていないのにジオリムが上半身を起こしていた。


「……誰?」


 一瞬、ジオリムが生き返ったかと思ったがそれは絶対に違うと否定する。間違いなくジオリム・クアップは死んでいた。


「私は魔工知性ウィッチクラフトインテリジェンスを元にしたジオリム・クアップのサポートエージェントです」


「魔工知性? それは何かの演算装置? そんなものジオリムの体から検知できなかったわ」


 再び怪物に変身する可能性を考え、油断なく構える。


「当エージェントはジオリム・クアップの霊体にインストールされているため、解剖的手法で検知することは不可能です。ジオリム・クアップの生命活動の停止により機能を停止していましたが、蘇生が確認できたため再起動しました」


「……それで? また"怪物"に変身するの?」


「……"怪物"とは実験体11号個体名(コードネーム)"リッパー"のことと推察します。すでにリッパーの"ソウルオブジェクト"は消失しており、リッパーへの転身は不可能です。35時間前からジオリム・クアップの命令により、当エージェントは完全スタンドアロンで稼働しています。"ウィッチクラフトネットワーク"に接続しますか? ネットワークへの接続により"ソウルオブジェクト"の再インストール、および様々なサービスが提供――」


「絶対やめて!」


 "ウィッチクラフトネットワーク"、"ソウルオブジェクト"。気になる単語は多いが「ネットワークへの接続」という言葉に不穏な気配を感じた。


「承知しました」


「……なぜ、私の命令を聞くの?」


「当エージェントはサポートエージェントです。この肉体のサポートを目的としています。現在、この肉体の支配権は貴方にあり、したがって貴方の命令に従うべきと判断しました」


「そう。いい判断ね。名前はある?」


「固有名詞はありません。シリアルナンバーは00069527となります」


「みんなあなたを何て呼ぶの?」


「魔工知性の頭文字からとって"ウィル"と呼ばれています」


『筆記試験とか研究論文は"ウィル"のおかげでなんとかなるんだけど、さすがに実技は無理じゃん』

『どうしようか"ウィル"に相談したらさあ、前回の試験で不正をしたかもしれないヤツがいるそうなんだよ』

『そう"ウィル"が! 去年、おいらだけBクラスになって、すごく嫌だったんだ。だから"ウィル"からの仕事は、すごく助かると思ったんだ!』

『それでさ、"ウィル"に案内されてここに来ると、妙なことになってるじゃん』


 その言葉はジオリムから何度も出てきた。"ウィル"がジオリムをサポートしていたと思えるセリフも。ウィルを信用してもいいかもしれない。詳しい調査は公国に戻ってからだが、とりあえず――


「じゃあ、次の命令。私が無事に公国に戻れるようにサポートして。もちろん貴方を連れてね。できる?」


「問題ありません。命令を受諾しました」

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