25 ソーントーン伯爵8
「ソーントーン!!」
ティーセの怒声が響き渡る。
それでも、ソーントーンの剣は止まることなく、リーの鎧を貫き、皮膚を斬り裂いて胸に食い込んでいく。
「ぐっ!」
リーが呻く。
あと指先半分、食い込ませれば致命傷だ。
だが、ソーントーンはそこで剣を引いた。
視界の隅で、ティーセが腰の剣に手をかけるのを見たからだ。
貴族に向けて王族が剣を向ける。
その意味をティーセはわかっているのか。
最悪の場合、お互い破滅する。
ソーントーンは短距離転移でティーセの目の前に飛ぶと、ティーセが抜く前に、鞘の先で妖精剣アドリアナの柄頭を抑えた。
「くっ!」
ティーセは力づくで抜こうとするが、力はソーントーンが上だ。
ならばとティーセが半歩後ろに下がるが、ソーントーンも半歩、前に出る。
どう足掻いてもソーントーンの前で剣を抜けないと悟ったティーセはソーントーンを睨みつけた。
ガッシャァァン!
その時、ソーントーンの背後でガラスが盛大に割れる音が響いた。
刺された胸を押さえながらリーが窓から脱出したのだ。
「なんと、思い切ったことを」
この部屋の出入口は一つの扉と窓だけだ。
その扉にソーントーンがいる以上、唯一の脱出口は窓しかないのだが、外は断崖絶壁の海だった。
ドッボーン!
案の定、海に飛び込む音がソーントーンの耳に届く。
島の周囲は常に強い海流が流れ、二呼吸する前に海底に引きずりこまれる。
身体能力の高い獣人たちでさえ、泳いでこの島から脱出することは不可能だった。
「今のはリー!? それにシャーダルクも!」
ティーセが驚きの声を上げる。シャーダルクを呼ぶ声には怒りが多分に含まれていた。
「お、お久しぶりです。姫様。ご機嫌麗しくーー」
「黙りなさい! こんな馬鹿げた政策を提案して!」
ティーセはシャーダルクに詰め寄るも、窓から落ちたリーを気にしてか、先ほどの勢いはない。
ティーセの剣を抜こうとするほどの激情はおさまったと見て、ソーントーンもゆっくりと鞘に剣を収めた。
八星騎士"剣鬼"グスタブ=ソーントーン。
元王太子ーー"双剣"アシュターの剣術指南役も務めた王国屈指の剣士である。
ソーントーン視点の話はこれで最後です。(途中、リー視点の話もありましたが……)
パッとすませるつもりが予想以上に長くなってしまいました。