128 傾国の美姫 10
シュン!
第二回月末実技試験、その会場となるオルトメイア大迷宮第六層――"曲芸団の教練場"に遅ればせながらユリヤは入った。
(さて、レビイはどこかしら?)
レイバー・ロールの点数を上回るため、長時間、試験会場に籠るという作戦は事前に聞いていた。結局、まだ、レビイ・ゲベルの処遇について結論は出ていない。なので、とりあえず自分と一緒にオルトメイアを出ることにした。
彼が本当にグレアム・バーミリンガーならば、ここは敵地。
(っていうか、何でこんなところに来てるのよ!?
頭おっかしいんじゃないの!?)
Mルートにおいてマイク・レイナルドはオルトメイアの攻略に苦労していた。その反省を生かし、内部からオルトメイアを攻略しようとでもいうのか?
(でも、それだと彼もMルートの記憶を持っていることになる)
いや、そもそもマイクとグレアムでは事情が違う。マイクのそれは侵略戦だが、グレアムの場合は防衛戦だ。オルトメイアの攻略まで考えるだろうか?
あれこれ考えてみるが、グレアムが偽名を使ってオルトメイアに潜入する理由が思いつかない。なので――
(もう事情なんて知るか!
無理にでも連れ帰る!
強制帰国命令よ!)
"おい、あれ"
"え?"
"だれ? だれ?"
レビイに怒りを覚えながら広い迷宮を歩いていると、周囲からざわめきが聞こえてきた。
(? …………あ!)
しまった。
着ぐるみ型生体魔導人形のルビアスを着てくるのを忘れた。
身につけているのは薄手のドレスだ。
(まあ、いいか。どうせ明日明後日にはオルトメイアを出ていくんだから)
以前のユリヤならルビアスを着るのを忘れるなんてありえなかった。たぶん、自分の外見に頓着しないレビイと過ごしたせいだろう。
(まあ、生徒の皆さんは気にせず試験に集中して)
飛び掛かってきたブラッドクーガーを軽く迎撃しながらそう思った。
その光景に目撃したことで、より大きくなった喧騒に特に関心を示すことなくユリヤはスノウと名付けた白ゾウ型生体魔導人形を召喚した。
ユリヤはスノウの大きな前脚に手を触れると<聴力強化・改>を発動した。<聴力強化・改>は体内の音を聴くことを目的に<聴力強化>を改良した魔術だった。心臓の音や肺の音を聴くことで、さまざまな病気や異常の兆候を捉えることができるという。
もちろん<聴力強化・改>は医療目的以外にも使える。というより、聞き取れないほど遠くの小さな音を拾い聞き取れるようにするのが本来の<聴力強化>の機能で、<聴力強化・改>は<聴力強化>の持つ欠点を改善したもの。
ゆえに、遠くにいる人の声も探すことができる。
本来、ゾウの耳は体温調整に使うものらしいが魔導人形のスノウの耳は遠くの音を拾う集音器の機能を持たせている。スノウが拾った音を増幅し、目的の人物の声を探していく。
『回り込め! 右だ、右!』
ガキン!
『うわっぁ!』
ゴウッ!
『バカヤロウ! ボッーと――』
シュッ!
『よし! いいぞその調子だ!』
(……)
声以外の音はノイズとして除去。ノイズ・キャンセラーも<聴力強化・改>に加えた機能の一つだった。
純粋に声だけ拾うようになると、運のいいことにすぐに目的の人物の声を拾えた。
『――計画ガバガバすぎだろ』
(いた! ……誰かと話している?)
『レイバーも気の毒だな。男の純情を弄ばれて』
『男の純情!? そんなものクソの価値もないわ! あの早漏野郎! 一度やらせただけで冷たくなりやがって! 婚約を解消できたから私は用済みってわけ!? 白狼にでもハラワタ喰われて死んじまえ! クソ野郎!』
(え? リンゼイ・ポルム?)
かなり口汚いが、間違いなく件の男爵令嬢の声だった。
(完全に騙されたわ。これが彼女の本性だったのね)
それなりにショックを受けながらも、なぜ彼女がレビイと話しているのか?
『あんたも孫バカが過ぎるだろ。本当は無理な計画だとわかっていたんじゃないか?』
『バカな子ほど可愛い。可愛がるには同じくらいバカになるのは当たりまえだろう』
『お、おじいさま!?』
(もう一人の声はグラマス・シャマラン? おじいさま? 計画?)
なるほど。なんとなく絵図が見えてきた。
リンゼイとグラマスは孫と祖父の関係なのだろう。グラマスが怪しいと思っていたが動機がわからなかったが、孫のためにユリヤを裏切ったのだろう。
そして、この実技試験でレビイに高得点を取らせないために襲ったが返り討ちにあったというところか。
『バカをやるのはいいが、他人を巻き込むなよ。……そういえばジョスリーヌ型魔導人形を外に持ち出したという従僕がいたな。そいつは生贄の羊か? まさか、白狼のおやつになってたりしないよな?』
『そいつなら迷宮に取り込まれたよ。……ああ、そういえばさっき会ったな。どこかで見た顔だと思ったが、グールになって土の中から這い出してくるとはな。大人しく養分になっていればいいものを』
(……)
王族を裏切ったグラマスだが、長年の功績を鑑みて温情をかけてもよいと思っていた。だが、人死にを出した以上、甘い処断は許されない。実際に処分を決めるのは父だが、ユリヤの証言があれば重い刑罰が課されることは間違いない。
とりあえず音声だけでなく、実際の状況を映像でも確認しようと小鳥型魔導人形を召喚し、レビイ達がいると思われる方角に飛ばす。
小鳥型魔導人形が見ているものとリンクすると、眼下に花の光に照らされたダンジョンの姿が脳裏に浮かんだ。分割意識に小鳥型魔導人形の制御を任せて、自分が眼で直接見ている映像情報と並列に並べる。手元の本を読みながら、時折、窓の外を眺める感じだ。これができるようになるまで、何度、混ざった映像に気持ち悪くなって吐いたことか。
そうして小鳥型魔導人形でレビイの姿を捜していると、手に本を持った眼鏡の男性が近づいてきた。
「あなたは誰です?」
確か学生自治会のヤン・インクヴァーだ。
「お気遣いなく」
「そういうわけにはいかない。ここは神聖なる試験の場。部外者の立ち入りを見過ごすわけにはいかない」
「部外者ではありません。私はユリヤ・シユエです」
「……………………ご冗談を」
「冗談ではありません」
「……何か証明できるものは?」
「証明?」
ルビアスでも召喚しようかと考えていると――
『油断したなクソガキ! 覚えておけ! 老練の魔術師は切り札の一つや二つ、隠し持っているものだとな!』
向こうの状況が動く。どうやらグラマスが反撃に出たようだった。
「どうしました?」
「ちょっと黙って!」
「……下手な誤魔化しを」
ヤンが溜息を吐いた。
「とにかく、ここから出て行ってください!」
「ちょっと待って!」
ヤンとユリヤが出ろ出ないで揉めていると、衝撃的な言葉が飛び込んでくる。
『"マンハント・ザ・スーパースター"』
「え?」
『こいつの前ではありとあらゆる魔術が無効化されてしまう! 炎槍も魔盾もバインドも使役魔術もだ!』
グラマスの切羽詰まった声。
(どうなってるの? 本当にあの"災厄"が?)
小鳥型魔導人形はまだレビイ達の姿を捉えられていない。
「いい加減にしてください!」
業を煮やしたヤンが強硬手段に出た。ユリヤの二の腕を掴みスノウから引き離す。するとレビイ達の声が拾えなくなった。
「ちょっと! 邪魔しないで!」
「邪魔をしているの――」
「ヤン! 何してるの!? それにユリヤ殿下も!」
上から"妖精王女"が降りてくる。揉めているヤンとユリヤを見つけたのだろう。
「ティーセ殿下!? え、ユリヤ殿下?」
「ティーセ様。この方に私がユリヤ・シユエだと説明して」
ヤンが信じられないものを見るような目で見てくる。というか、いい加減、手を離して欲しいのだが。
「!」
その時、小鳥型魔導人形が一瞬、レビイの姿を捉えた。だが、その直後に何かが小鳥型魔導人形にぶつかり破壊された。
(テラーイーグル? いえ、もっと大きかったような)
いずれにしろレビイの場所は分かった。もう一度小鳥型魔導人形を召喚しようとして、まだヤンが自分の二の腕を掴んでいることに気づく。
「いい加減に離してちょうだい」
「は、はい。……本当にユリヤ殿下なのですか?」
「ええ、そうよ。ヤンの気持ちはわかるけど」
「……」
まだ納得いってない様子だったが、王国の王妹が保証している以上、認めるしかない。
「てっきり欠席したものかと。筆記試験の時にも居られなかったようですし」と言い訳するヤン。
「事情があって帰国を早めることにしたのよ。ただ、実技試験くらいは受けとこうかと思って」
本当は寝坊しただけなのだが、それをおくびにも出さず、しれっと騙るユリヤだった。
「しかし、そのお姿は?」
「いい入浴剤が手に入ってね」
「入浴剤?」
"冗談よ"
そう語る前に、迷宮に獣の叫びが轟いた。
「GOAAAAA!!!」
「なに!?」
「こんな叫びをあげる魔物が――」
ズンッ!
突然、三人に不可視の力が襲い掛かる。まるで大量の土砂が降りかかったかのような重圧感。
「なっ!?」
「こ、これは!?」
「ぐぅ!」
ダメ。立っていられない。地面に縫い付けられたかのように身動きが取れなくなる。
(一体なに?)
首が動く範囲で周囲を見回してみると、他の生徒も同じように不可視の力で地面に抑えつけられている。幻獣も魔物もゴーレムも、否、巨大なハンマーに叩きつけられたかのように、原形を止めず地面の染みとなっていた。
(はっ!? スノウ!)
白ゾウ型生体魔導人形も同じように破壊されているかと思ったが、なぜか健在だった。不可視の力の影響を受けていないように見える。
(理由は、分からないけど)
何とかスノウの近くに這っていく。すると、フッと体が楽になった。スノウを構成している何かが、この不可視の力を遮っているのかもしれない。
「ああっ!」
「つ、潰れる!」
ティーセとヤンの悲鳴。
「スノウ!」
二人の近くまでスノウを歩かせる。やはり、スノウは不可視の重圧の影響を受けていない。スノウがティーセとヤンの近くに寄ると二人は重圧から解放された。
「な、何なの?」
「はっ!? アルベール殿下!? 殿下! ご無事ですか!?」
ヤンは小型の通信用魔道具を取り出すとアルベールの安否を確認する。
『や、ヤンか? 君は無事なのか?』
スピーカーモードにしているのか、苦しそうなアルベールの声がユリヤとティーセにも聞こえた。
「はい! ご無事なのですか!?」
『ああ。動けないが、聖剣と勇者の加護のおかげでなんとか。レイバーは腕輪の機能で脱出させた。他の者は?』
「ここにティーセ殿下とユリヤ殿下がおりますが、他の者は不明です! それよりも殿下、今、どちらに!? すぐ助けにむかいます!」
『いや、それよりも、あれを何とかしよう』
「あれ?」
『上だ。銀色の人型ドラゴンだ』
「あ! あそこ!」
ティーセが指し示した空の一角に、白銀色の人型ドラゴンが空中に浮かんでいた。
『おそらく、あのドラゴンがこの現象を引き起こしている。重力圧だ。合図とともに同時に攻撃しよう。ティーセ、ユリヤ殿下。ご協力をお願いします』
「悪いけど私では無理だわ」
ここから人型ドラゴンに届かせる攻撃魔術をユリヤは持っていなかった。というより距離がありすぎる。普通の魔術では届かない。たぶん、最高級の魔杖の補助があっても難しい。
『ヤン、いけるか?』
「問題ありません」
眼鏡をクイッと上げ、手持ちの本を開いた。
「私の魔術転移の有効射程範囲内です」
そういえば、ヤン・インクヴァーは魔術の射程距離を伸ばす研究を行い一定の成果を上げていると聞いたことがある。あの本は魔術の飛距離を伸ばすための魔道具――魔導書の類だろう。
『ティーセは?』
そう問われティーセが少し考えた後、ユリヤに質問する。
「この魔導人形、アダマンタイトを使ってます?」
「ええ。フレームの一部と砲弾にアダマンタイト合金を」
質問の意図が分からなかったが素直に答えた。
「あいつに向かって撃っていただいても?」
「届きませんよ!?」
「問題ありません。アルベール、ヤン、私があいつを斬りつけたら最大魔術で攻撃をお願い!」
『わかった』
「承知しました」
スノウの背中から砲身を引き出すと砲口を人型ドラゴンに向ける。ティーセはその砲身の下に位置取って剣を腰だめに構えた。それでティーセがやろうとしていることを察した。本当にできるかは疑問だが。
「スリーカウントでお願いします! スリー、トゥー、ワン、今!」
ドォン!
アダマンタイト合金製砲弾が人型ドラゴンに向けて撃ち出される。その瞬間、ティーセも飛び出した。砲弾が空気と重力圧を切り裂くように飛んでいき、その砲弾の後ろをティーセがついていく!
(すっご! 噓でしょ!?)
砲弾の初速は正確に測ったことはないが、おそらくは100m/sを超えている。
それと同じスピードで、ついていくなんて!
ユリヤの目測通り、砲弾が勢いを失って失速する。それでもティーセのスピードは落ちていない。自分自身が砲弾となったティーセは人型ドラゴンの下斜めから剣で斬りつけた。
「GUAAA!」
人型ドラゴンが苦痛の咆哮を上げる。アルベールの<破壊光線>がティーセが斬りつけた傷口から入り人型ドラゴンを貫く。最後にヤンの<大爆発>が止めを刺したのだった。