127 傾国の美姫 9
「やらかした~」
目を覚ました瞬間、ユリヤは遅刻を確信した。
レビイ・ゲベルの正体がグレアム・バーミリンガーである可能性が高い。彼の処遇をどうするか、結論が出ぬまま朝になり、少し仮眠を取ろうとしてベッドに横になった。
目覚めたのは、とっくに筆記試験が終わった時間だった。なんなら実技試験も始まっているかもしれない。
「ジョスリーヌ、なぜ起こしてくれなかったの!」
『……無茶を言いますね』
ジョスリーヌを操作しているのはユリヤの分割意識。ゆえに、ユリヤが眠っているとジョスリーヌも動かない。
『私室への使用人の立ち入りを禁止するからですよ』
「仕方ないでしょう。信用できないんだから」
宿舎の一室に安置していたジョスリーヌを持ち出したのは、いくつかの状況証拠から宿舎の管理責任者であるグラウス・シャマランであることは確信していたが、他に共犯者がいる可能性もある。誰も信用できないユリヤは、元より立ち入りを禁じていた寝室に加えて隣の書斎兼研究室も立ち入りを禁じていた。もし、禁じていなければ使用人の誰かが隣室から扉を叩いて起こしてくれたことだろう。
『やらかしたことは、もうどうしようもありませんよ』
「一応、これでも公国の看板、背負ってるんだけど」
『確かに公国の王族がCクラスでは立つ瀬がありませんね。いっそのこと、その看板はレビイ・ゲベルに任せて帰国を早めては。テスト結果が出る前に』
「……要は見て見ぬ振りをしろと?」
もちろんレビイ・ゲベル――否、グレアム・バーミリンガーのことである。
『どうせ殺せないのでしょう?』
「そんなことはないわ! もし、彼が本当に世界を滅ぼすつもりなら――」
『レビイ・ゲベルが本当にそんなことをする人間に見えましたか?』
「……」
そう指摘されユリヤは反論できなかった。実際のところ、Mルートでマイク・レイナルドが世界を滅ぼした瞬間を直接、目にしたわけではなかった。マイクが世界を滅ぼしたと思ったのは、尊敬する師ヒューストームと、盟友ウルリーカの言葉だけだった。
師も親友も家族も殺され公国が滅びた一ヶ月後、ユリヤはムルマンスクにいた。ボロボロになって倒れていたところを偶然にもウルリーカ・ラビィットに保護される。
彼女とはなぜかウマがあった。ひょんなことから、お互いに子供の頃はとんでもないお転婆だったと知って、より親しくなった。
裏切者達の追っ手は、なぜか来なかった。祖国を裏切ってでも欲していたユリヤを捜している様子もない。不思議に思っていると、彼らはマイクの怒りを買って殺されたという情報が飛び込んできた。マイクが敬愛する師を暗殺したことが理由だった。
仇を討てなかったことに、慚愧の念に堪えない思いを抱えながらも、ユリヤは今後のことを考えた。公国を復興すべく動くことを。
(いや、やめよう)
マイク・レイナルドによる天下統一は目前だった。今更、公国一つを復興させたところで何だというのか。それができるとも思えない。何より、ユリヤが愛した父と母と弟は、もういないのだ。
(私には、何もできない)
それを自覚すると体中から力が抜けた。何もする気が起きなかった。ラビィット家の客室でユリヤは一日中、毛布に包まって過ごすようになる。その期間、実に一年。ユリヤを見捨てなかったラビィット家には感謝しかない。だが、流石に見かねたウルリーカが自分の助手として働くように提案してきた。
手を引かれて連れていかれた彼女の工房で、最初は魔物素材の洗浄から始めた。
「……」
黙って何も考えずに手を動かしていると、不思議なことに気づいた。
「ウルリーカ。これとこれ、同じ魔物だけど別個体から取った素材よね? まるっきり同じものとしか思えないんだけど」
「ああ、瘴気から生まれたばかりの魔物は同種だと同じサイズなのよ。まるで鏡に映したようにね。繁殖したり成長した魔物は差異があるんだけど」
「……どうして?」
「さあ? でも、魔道具作りとしては助かってるわ。素材の規格を揃える苦労が少なくて」
「そうなの」
不思議なことがあるものだ。それを切っ掛けにユリヤは魔道具作りに興味を持った。そして、魔術とはまた違った面白さを魔道具作りに見出した。同じ手を動かすにしても魔術式を編むより魔物素材を組み立てる方が性に合っていたのかもしれない。ウルリーカが不器用なのもあって、三年後にはユリヤはウルリーカ工房に、なくてはならない人材にまで成長していた。
その間、マイク・レイナルドは帝国を完全に併合し、聖国攻略に取り掛かっていた。だが、遅々として進んでいない。聖国女王リュディヴィーヌがほぼすべての戦力とともにオルトメイアに籠城したからだ。しかもオルトメイアには秘密の出入り口がいくつもあるようで、散発的にゲリラ戦術を仕掛けてくる。
オルトメイア攻略の打開策を講じるため、マイクは多くの学者と技術者を招集することにした。その中に、既に天才魔道具師として名を馳せていたウルリーカも含まれていた。
「本当に行くの? 何だか嫌な予感がするわ」
「きっと大丈夫よ。いい機会だから婿養子の一人か二人、ゲットしてくるわ。このままだと、父の愛人の子供に家を継がせることになるもの」
ラビィット家の三姉妹は未だ独身だった。三人とも、そこらの男より優秀な上に女腹(女児ばかり産む女)の血統と思われて忌避されている。しかも、本人達も男性不信の気があるので、なかなか合う相手が見つからないのだ。
「それよりも私がいない間、工房は任せたわよ」
「そういわれても、私に経営に関わる重要な判断なんてできないわ」
「それなら出立までまだ時間があるからこれを作りましょう」
ウルリーカが差し出したのは通信用魔道具の設計図だった。
「!? まさか、古代魔国の魔道具を再現したの!?」
「流石に大陸の端から端まで通信は無理だけど、ここから聖都までなら問題ないわ」
「それでもすごいことよ! 本当にあなたは天才ね!」
そうして、試作品が二つ完成したタイミングで、ウルリーカは旅立った。『珍しい素材を見つけた』とか、『ムルマンスクより寒いわ』とか旅の途中では他愛ない話が大半だった。聖都についてからは話題の九割がマイク・レイナルドのことになった。
『マイク様がすっごくカッコいいの!』
ウルリーカはすっかりマイクのファンになったようだ。対して、ユリヤの心中は複雑だった。友人を取られたようで。マイクはユリヤにとって兄弟子にあたる。ヒューストームはユリヤに何でも教えてくれたが、マイクのように共同で何かを開発するということはなかった。ヒューストームにとってユリヤは弟子でしかないが、マイクは弟子であると同時に信頼できる仲間でもあったのだろう。思えばヒューストームは決してマイクのことを悪く言わなかった。ただ、ドラゴンに対する方針の違いで袂を分かっただけという。
『世界を思うがままに改変し、時すら操る人類の天敵たる上級竜。その数は千を超え、今なお増殖している。こやつらをどうにかせねば人類に未来はない。それはわかっておる。わかっておるのだが……あやつのやり方では世界を滅ぼすことになる』
その詳細をヒューストームは語ってくれなかった。そして、二度と語ることはない。裏切者達の達の謀殺によってジョスリーヌと一緒に城の堀に浮かんだ。
結局、マイクは聖国の完全攻略を諦め、オルトメイアに一部の軍を残して本隊はイリアリノスに向かった。ただ、それは偽計で本当はエルフに協力を求めるため本隊からさらに少数精鋭の部隊でエルフの隠れ里に向かった。
ウルリーカも同行するという。オルトメイアの攻略にこそ役に立たなかったが、その才能をマイクに認められ同行を希望されたのだという。
ウルリーカは喜んでいた。ウルリーカがムルマンスクを旅立って一年が経過していた。
そして、さらに半年が経とうとした頃、ある日の夜、東の空が血のように真っ赤に染まった。
ザザッ!
通信用魔道具から連絡が入った。
「ウルリーカ!? どうしたの!?」
『……――と――!』
「え? 何?」
『心無き神と契約して魔王になるなんて! ――逃げて!!』
「え!?」
その瞬間、世界が反転した。
空と地上がひっくり返る。
すべての建物が崩壊し、そして――繧「繝懊?繝医?繝√ぉ繝?け繧「繧ヲ繝医?∝イク螢√?∝娼縺阪??シ抵シ撰シ抵シ托シ撰シ呻シ撰シ暦シ托シ難シ包シ費シ難シ偵?√☆縺ケ縺ヲ縺ョ縺ァ縺阪#縺ィ縺瑚ィ倬鹸縺輔l縺ヲ縺?k繧「繧ォ繧キ繝?け繝ャ繧ウ繝シ繝峨↓螟ゥ鮴咲嚊莉」逅?い繧ッ繧サ繧ケ?昴ヱ繧ケ繝ッ繝シ繝会シ壹¥縺?ス偵▽縺?♀?撰シ?縺ゑス難ス?ス?ス?ス茨ス奇ス具ス鯉シ幢シ壹?搾ス夲ス?ス厄スゅs?阪?√?ゅ?繝サ?・
ユリヤは滅んだはずのシユエ公国の、焼け落ちた城の自室のベッドで目を覚ました。
幼い頃の姿で。
(過去に、戻った?)
後に、ユリヤはこの体験をMルートと名付け、日記に記述した。