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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
四章 オルトメイアの背徳者
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124 ジオリム 4

 ジオリムの抵抗がなくなりグッタリと脱力してもなお、グレアムは光のない瞳でジオリムの首を絞め続ける。心の中でゆっくり数を数え、百に達したところでようやく左腕の拘束を解いた。


「はあ」


 大きく息を吐くグレアム。


(疲れた)


 アドレナリンが切れたのか、どっと疲労が押し寄せてくる。さらに極度の負荷で左腕が痙攣していた。無理もない。片手だけでジオリムの猛攻を長時間しのぎきったのだ。しかも非利き手で。


(本来、俺は左利きだったんだろうな)


 前世が右利きだったので意識していなかったが、幼い頃、左手で持っていた匙を右手に持ち替えさせられた記憶がある。孤児院のような集団生活では左利きだと何かと不便だ。右に矯正することは理に適っていると思う。だが、それでも――


(我ながらよくしのげた)


 一時間前のグレアムの剣の技量なら五分ともたなかっただろう。それが戦ううちに変な記憶と共に技量が上がっていった。


(あれは何だったんだ?)


 "秘められた力が突然目覚めてピンチを脱する"


 いわゆる「覚醒イベント」というやつだが、それが自分の身に起こったとでもいうのか。


(まさかな)


 そうまさかだ。自分が『ソーントーン先生』と敬愛を込めて呼ぶなどありえない。なんだか背筋が寒くなる。


 ただ、その記憶の中で自分は「マイク」と呼ばれていた。それは、レイナルド家に捨てられていなければ名乗ることになった名前だ。そこでグレアムは一つの仮説を立てた。


(あれは、別世界線の自分)


 上級竜(エルダードラゴン)が使う"奇蹟"<世界線移動(ワールドディシジョン)>によって、世界は人知れず何度も書き換わっているという。左利きで剣を修めた"マイク・レイナルド"、その世界線の記憶が突如蘇った。


(だが、なぜ今思い出した? いや、そもそも前世の"田中ジロウ"としての記憶はあるのに、書き換わった前の世界の記憶がないのはなぜだ?)


 前世と今世の世界。

 書き換わる世界。

 その違いは何か?


 そこでグレアムはそのことについて考えることを止めた。今、考えても結論は出ないだろうし、あまり意味がない。何より本当に疲れていた。


(脱出しよう)


 逃げたローリーに、ユリヤの名誉をかけたレイバーとの試験勝負。気になる事柄は残っていたが、体は限界を迎えていた。度重なる酷使で体内でのポーションの生成が難しくなっている。


 グレアムはジオリムの右腕から腕輪を抜くと、自分の左腕に装着しようとするが、疲労で震える片手ではうまく嵌められない。


 腕に嵌めるのを諦め、そのまま宝石を押し込んでみるが脱出機能は発動しなかった。ジオリムの<魔術消去(マジックイレイサー)>で壊れたのか、それとも腕に嵌める必要があるのか。リンゼイの腕輪は発動していたので、おそらく後者だろう。腕輪は魔物素材魔道具(マテリアルギア)か、ジオリムが言っていた<対魔術消去アンチマジックイレイサー>が施されているのかもしれない。


(<対魔術消去>か)


 当然、<魔術消去>もあるだろう。驚くべきことではない。ヒューストームは古代魔国にも、この魔術が存在していた可能性を示唆していた。聖国が何らかの手段で<魔術消去>の魔術式を手に入れ、切り札として秘匿していたとしてもおかしくない。


(これも今、考えることじゃない。戻ってから――)


 ピピッ!


『重大なレギュレーション違反が発生しました。

 至急、個体名"ジオリム・クアップ"の蘇生措置を行ってください。

 サポートエージェントが停止します。

 抑制プログラムが停止します』


「?」


 足元のジオリムの死体から、ジオリムの声でない声で(おそらく)警告される。


『実験体11号個体名(コードネーム)"リッパー"が起動します』


(……"リッパー"? まさか、ジオリムが生き返る――)


 そこでグレアムはユリヤ・シユエの研究論文『進化型魔物の攻撃行動と討伐戦略Ⅰ:"マンハント・スーパースター"の危険度評価』の内容を思い出した。そこで第二形態について言及していた。しかも、第二形態がもたらした被害は人型の第一形態の比ではなかったとも。


 猛烈に嫌な予感がしたグレアムは自分のロングソードを探した。


(あった!)


 重い脚を無理に動かして、取りに走る。


 ビュッ!


 剣の柄に触れたタイミングで鋭い風切り音。

 直感に従い、ロングソードを盾にした。


 バキン!


 緑色の鞭のようなものが剣の腹にあたり、ロングソードを粉々にする。それでも鞭の勢いは止まらず、グレアムの胸と腹をしたたかに打ち付けた。


「っ!」


 吹き飛ばされ、岩壁に背中が叩きつけられる。

 呼吸が止まり、意識が遠くなる。

 意識を手放さなくて済んだのは、皮肉にもジオリムに切断された右手の痛みだった。


(何が?)


 グレアムを打ち付けた鞭のようなもの、それはジオリムの背中から生えた尻尾だった。それが意志持つ大蛇のように、空中でとぐろを巻いて揺れていた。


 ジオリムの体も異形の怪物へと変貌していく。

 着ていたスーツが膨れ上がり、首と両腕が五倍以上に肥大する。その腕で地面に這いつくばると、体全体も膨張した。その姿はまるで巨大な鰐のよう。背中から複数の関節を持つ手がいくつも生える。両肩からから生えた手には両刃の剣が、脇腹からはブルドーザの爪のようなものが生え、鰐とムカデのキメラのようだった。


「GA、AAA!!」


(こいつが、本物の"マンハント・ザ・スーパースター"!)


 激しい危機感にグレアムは左手の人差し指に血をつけて<魔矢(エナジーボルト)>を放つ。


 だが、<魔術消去>は健在のようでジオリムの体に達する前に消え失せてしまった。


 グレアムは自分の失態を悟った。<魔矢>を放つよりも<飛行(フライ)>ですぐに逃げるべきだったと。あるいは、異変を感じた瞬間、無理矢理にでも腕輪を嵌めて脱出すべきだったと。


 殺意の余熱がグレアムの判断を誤らせた。腕輪は地面に転がっている。そこにジオリムの長大な尻尾が叩きつけられ腕輪は粉々になった。


「っ!?」


 さらに尻尾は素早くグレアムの片足にからみつくと、グレアムを宙に吊り上げる。


(!?)


 ブン! ドガッ!


 それに対処する間もなく、グレアムは振り回され地面に叩きつけられる。


「がはっ!」


 血反吐を吐く。


 休む間もなく、再び吊り上げられ今度は岩壁に叩きつけられた。


 ドゴォ!

 ビキッ!

(!?)


 体のどこかの骨が折れる音を聞いた。

 それがどこかを確かめる前に、また地面に叩きつけられる。

 そして、また岩壁。

 眼鏡が吹き飛び、コンタクトレンズも片方が外れた。

 また地面。

 岩壁。

 地面。

 岩壁。

 地面。

 岩壁。

 地獄の往復を何度も繰り返された後、逆さ吊りにされたグレアムはズタボロになって全身血塗れだった。


「GURUU?」


 変態を終えて、本物の怪物となったジオリムが近づいてくる。


 スンスン


 死んだかどうかを確かめるためだろうか、匂いを嗅いでくる。


 そこにグレアムは「ブッ!」と口に含ませていた血を吹き付けた。


「バカ、が。二度も、かかるかよ」

「GUOOO!!」


 激痛を感じ、のけ反るジオリム。

 だが、驚くべきことに、両肩の剣が、血が付いた顔を首からスパッと切り落とした。


「な、に?」


 朦朧とする意識で、"自殺"ではないと直感した。

 グレアムの血が全身に回りきる前に、危険を感じて自ら切ったのだ。

 トカゲの尻尾切りのように。


 その直感は正しかった。

 ジオリムは死んでいない。

 胴体から新しい首が生えてきている。


 首が再生する前にグレアムは逃げようとするが、まだ尻尾が足に絡みついていた。

 ズボンを脱いで尻尾から抜け出そうとするが――


「……」


 あらぬ方向に曲がった左腕を見て、不可能を悟る。


(くそっ、たれ)


 もはやポーションの生成もできず、流れ出す血を止められない。

 "戦えば死ぬ"

 その最初の予感は正しかった。

 なのに息の根を止めただけで終わった気になっていた。

 一国を滅ぼしかけた怪物が、それぐらいで退治できるわけがなかったのだ。

 詰めを誤った代償を、今、払わされようしている。


(ごめん。レナさん)


 首の再生が完了する。

 同時に無数の剣先がグレアムに向けられた。


 全身を刺し貫かれて斬り刻まれる。


 その直前に――


「へ、ん――」

 ヒュッ! ドガァアア!

「GAAAAA!」


 何かがジオリムに直撃し、吹き飛ばした。


(?)


 逆さ吊りにされていたグレアムは宙に放り出される。だが、地面に叩きつけられる前に大蛇のような何かが胴体に巻き付いた。また、ジオリムの尻尾かと思えば、今度の"大蛇"は白い。


 その大蛇の先には牙を生やした白い獣の顔。


(……"スノウ"?)


 それは白ゾウの動物型生体魔導人形。


 周りには白カバの"クリーム"と白サイの"ミルク"もいる。


 そして、"ミルク"の背には、長く艶やかな黒髪をなびかせた美しい女が立っていた。

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