表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
四章 オルトメイアの背徳者
421/441

123 ジオリム 3

 ※グレアム視点


「――こんなに楽しいのは、シユエで殺しまくって以来だあ!」


 この言葉を受けて、グレアムはジオリム・クアップを殺すことにした。


(楽しい? そうか、そりゃよかったな。

 楽しめる心があるなら、なぜ人を傷つける以外の方法で楽しまない?

 人を傷つけることが一番楽しいことなら――

 死ぬしかないじゃないか)


 嫉妬と嫌悪と憐憫と慈悲。

 ジオリムへ抱く感情は複雑だった。

 その感情の汚泥を、腕の痛みすら忘れさせる殺意の奔流で押し流す。


 ジオリムの剣を受け流し、時に躱しながらその方策を考えていく。


『なあに、人を殺すことなんか簡単だ。

 花瓶で頭を殴ればいい。

 包丁で腹を刺せばいい。

 電気コードで首を絞めればいい。

 殺しなんてバカでもできる。

 訓練なんか必要ねえ。

 むしろ訓練なんかしたら目をつけられるぜ。

 "あ、こいつ、何かやってんな"ってな。

 素人の動きと歩きでターゲットに近づき仕留めるんだ』


(うるせえ。黙れボトム)


 かつての養い親の言葉が脳裏を掠める。

 前世で自分に殺しを教えた0番目の師ともいえる存在。

 人を殺すと決めた時、現れる"呪い"――つきまとう"影"だった。


 ガキィン! ピシッ!

 ジオリムの袈裟切りを受け止める。


「なんか別のこと考えてる!? おいらに集中してよ!」


「……そうだな。悪かった」


 ボトムに向かった殺意を改めてジオリムに向け直す。


(……剣で殺すのは無理だな)


 そう結論づける。

 先ほどの受けでロングソードのヒビが大きくなった。

 あと数合、まともに撃ち合えば根本から折れる。


(剣で殺せないなら――格闘戦)


 白兵戦からの移行。

 そのために必要な筋道を立てていく。

 布石を置いていく。


(ダメだな。二手、足りない。確実に仕留めるなら三手必要。手を補うには――)


 ジオリムの攻撃はより苛烈になっていく。

 剣にあまり負担をかけない受け流しと躱しだけでは、あと数分で斬られる。


 それでもグレアムは焦りを見せない。

 躱しきれなかったジオリムの左手剣がグレアムの頸動脈を切り裂いた時も、右手剣の追撃を冷静にさばいた。


「ははっ! すごいな!

 ホントにどうなってんの!?

 今の、普通なら致命傷だよ!」


 切り裂かれた頸動脈はほとんど血を流すことなく塞がっていた。<怪我治療(ヒーリング)>によるものではない。なぜか、ジオリムの前では魔術が使えない。


「教えてやろうか?」


 時間稼ぎのつもりでそう提案する。

 グレアムは必要な"手"を得るために時間が必要だった。だが――


「ん~。いや、いいや! おいら教えてもらってもたぶん分かんないと思うし!」


「そうか残念だ」


 普段のグレアムなら舌打ちの一つもしただろう。

 殺意に塗りつぶされた心はフラットだった。

 グレアムは辛抱強く待ち続ける。


 剣がいよいよ限界を迎えそうになり、一か八かの勝負をかける決断をした時、それがきた。


「グォオオオ!」


「!?」

(きた)


 ジオリムは驚き、グレアムは冷静に受け止めた。

 魔物達の襲来を。


 ◇


 そして、今、グレアムの左腕がジオリムの首を締めあげている。


 ジオリムは激しく暴れた。


 プシュ!


 固定していた剣を外して両手を自由にし、頸部を圧迫するグレアムの左腕に手を伸ばす――が、ミノタウロスの両手斧を受けた際に負傷したのか右手が動かないようだった。左手だけでグレアムの左腕を掴み解こうとするが、身体強化している腕はビクリともしない。


 ジオリムの顔は赤から青くなりつつある。


 振り解くことを諦めたのかジオリムは左手を自分の右手首に伸ばす。


(腕輪か)


 腕輪の機能で脱出しようとしている。それを悟ったグレアムはジオリムの体に巻き付けていた脚を使ってジオリムの左手を抑え込んだ。


 その瞬間、最後の抵抗と言わんばかりに一層激しく暴れ回る。それでもグレアムの左腕は外れない。決して外さない。


「が……はっ」


 やがてジオリムの顔は白くなり、そしてパタリと動かなくなった。


 ◇


 ※ジオリム視点


 レビイ・ゲべルの左腕が頸部を圧迫する。振り解こうとするが、巌のようにビクともしない。


(ああ、おいら負けちまった)


 そう悟り脱出しようと腕輪に手を伸ばすが、それも封じられる。


 ジオリムが窒息死する直前、考えたことは――


(ああ、綺麗だ)


 見上げた空に無数の星が瞬いていた。もちろん、それは迷宮の天井に生えた光る花を朦朧とする意識で見間違えただけ。それでも、その偽りの星はジオリムの消去されたはずの記憶を呼び起こした。


(ずっと昔も、こんな夜空を見上げたことがあるような)


『見てごらん、シオ』


(……誰?)


 手を繋ぐ壮年の男性の声。

 それが父と呼ばれる存在だとジオリムはすぐに思い出した。反対の手に繋がる優しい顔で微笑む女性が母であることも。


『あれが、"スーパースター"だよ』


 父の右手が指し示すのは夜空にひと際輝く一等星。

 聖教の戦巫女イスカリオ・ウェバー。

 その波乱の人生を描いた演劇『イスカリオ・ザ・スーパースター』を親子三人で鑑賞した帰り道。

 シオの"スーパースターってなあに?"という疑問に父が答えた。


『夜空を見上げると、たくさんの星がチカチカって光っているよね。

 小さい光もあれば、ちょっと明るい光もある。

 スーパースターはその中でもひときわ明るく輝く特別な星なんだ。

 まるで夜空の王子様みたいにパッと目を引くんだよ。

 そういう人をスーパースターって呼ばれるんだ。

 その人たちは今日観たイスカリオ様のように剣が得意だったり魔術がすごく上手だったりするんだ。

 みんながその人の才能にビックリして「わあ、すごい!」って夢中になる。

 お空のスーパースターみたいに、その人もたくさんの人をキラキラした気持ちにさせてくれるんだ。

 たくさんの人から「かっこいい!」「憧れる!」って思われるんだね』


『あなた。そんなに一度に言ってもわからないわ』


『うーん、そうかぁ?』


『よくわからなかったけど、なんだかすごい人ってわかるよ』


『おお、そうか! シオは天才だな!』


『シオ、すごい? シオもスーパースターになれる?』


『もちろんなれるさ』


『おかあさんも? おかあさんもシオがスーパースターになれると思う? ……おかあさん? ……え?』


 ドサッ!

 それは母の首が地面に落ちた音。

 父の叫び。

 目の前が赤くなる。

 そして暗くなり、気づけばまた、赤くなって紅くなって、死体の山の上で笑っている自分がいた。


 再び、暗転。


 目覚めれば、大きなガラス瓶の中で何かの溶液に全身浸されていた。


『ったく。ヨアヒムの爺さんにも困ったもんだ。

 たかが公国の貴族様一人殺すために大惨事じゃねぇか』


 黒い鍔付き帽子の男が呆れたように呟いた。


『ゲハクトさんもボヤいていましたよ。おかげで例の計画を早めなくてはいけなくなったと』


 こちらはビア樽体形の丸眼鏡。


『ヴァイセ君の話では今、計画を実行しても最終的に失敗する可能性は76%だと』


『仕方がありません。公国が滅ぼされるわけにはいきません。彼らにはまだしばらく聖国の盾になってもらわなくては』


 僧服の男が二人を宥めるように言う。


『問題は今回の事件、我々の関与が疑われることですが』


『被害のほとんどは親聖国派貴族だ。その心配はないだろうさ』


『そうですね。念のため<魔術消去(マジックイレイサー)>と<対魔術消去アンチマジックイレイサー>はしばらく封印しましょう。作ってくれたヴァイセには悪いですが』


『ヴァイセ君は気にしないと思いますよ。それよりも彼女はどうします?』


 三人の男の視線が一斉にこちらを向いたことを感じ取る。


『処分が適当でしょう』


『爺さんから言わせれば"なかなかの成功例"らしい。孫にしたいってさ』


 僧服の男は大きな溜息を吐く。


『彼の道楽にも困ったものです。また暴走したらどうするのです?』


『暴走は爺さんの"薫陶"が効き過ぎたからだろうな。

 "魔工知性(ウィル)"のエージェントをインストールすれば暴走は抑えられる。爺さんには渋られたがな』


『シャルフ君も彼女の処分には反対のようですね』


『頑張ったガキには優しいんだ。俺は』


『……仕方がありませんね。ただし、十年以上はここで眠らせておくことが条件です。それと、公国への支援ですが――』


『それはタイバーの旦那とやっといてくれ。俺はこいつの調整やっとく』


 僧服とビア樽が顔を見合わせ、やれやれといった感じで部屋から退出すると、残った黒い鍔付き帽子が話しかけてくる。


『よう。大活躍だったな。殺しまくった相手が神敵だったら第二の"イスカリオ・ザ・スーパースター"だぜ』


(……スーパースター)

 なんだろう?

 その言葉がひどく気になる。

 誰かの笑顔を思い出す。

 その笑顔を思い出すと自分も嬉しくなってしまう。


『……どうした?

 もしかして観てくれたのか?

 あれ実は俺の演出なんだ。

 まあ、ほとんどパクりなんだけどよ』


 "スーパースター"

 そう呟くと胸のあたりが暖かくなった。


『……気に入ったのか?

 ……ま、頑張った子供にはご褒美が必要だな。

 "マンハント"や"リッパー"じゃ味気ないと思ってたんだ。

 "シオ・ザ・スーパースター"はさすがに無理だが、

 "マンハント・ザ・スーパースター"

 せめてそう呼ばれるように働いてやるよ』


 その言葉を満足そうに聞いて、シオの意識は闇に包まれていった。


 …… …… ……

 …… …… ……

 ピピッ!


『重大なレギュレーション違反が発生しました。

 至急、個体名"ジオリム・クアップ"の蘇生措置を行ってください。

 サポートエージェントが停止します。

 抑制プログラムが停止します。

 ……。

 ……。

 ……。

 実験体11号個体名(コードネーム)"リッパー"が起動します』

●ジオリム・クアップ

 学生自治会(ブルーガーデン)の役員。"剣聖"の孫。八重歯の活発少年? 双剣使い。剣を振ることが三度の飯より好き。ヤン曰く、『何も考えてないヤツ』。


●ヨアヒム・クアップ

 聖国の枢機卿。"三武聖"の一人"剣聖"。剣で幾度も聖国の危機を救った。


●タイバー・ロール

 聖国の枢機卿。"三武聖"の一人"騎聖"。中級竜を使役する。猛将。ビア樽体形の丸眼鏡。


●ゲハクト

 聖国の枢機卿。"三武聖"の一人"刻聖"。


●ヴァイセ・リンチ

 聖国の枢機卿。"三文聖"の一人"聖賢"。白衣を纏っている。聖結界や<対魔術消去アンチマジックイレイサー>の開発に携わる。


●ガイスト・インクヴァー

 聖国の枢機卿。"三文聖"の一人"聖者"。長髪で僧衣姿の美丈夫。武闘派。


●シャルフ・レームブルック

 聖国の枢機卿。"三文聖"の一人"聖人"。白のシャツに黒のズボンと上着に鍔付き帽子。転生者。"ボトム"と呼ばれていた二流の暗殺者。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ