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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
四章 オルトメイアの背徳者

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120 三番目の師 22

 "マンハント・ザ・スーパースター"


 二〇〇〇の公国民と、一〇〇の騎士と魔術師、一〇〇〇の兵士と複数の高位貴族を血祭りにあげ、シユエ公国を恐怖のどん底に陥れたという異形のリザードマン。それと目の前の個体が同一種かは不明だが、戦闘スタイルは非常によく似ている。


 あらゆる魔術を無効化し、瞬間移動したかのような速さで接近し、両手の剣で斬り刻む。


 非常にシンプル。

 だが、非情で強い。


 当時の名立たる騎士、傭兵、魔術師、狩人、特別なスキル持ちがこぞって討伐に向かうも、帰ってくる者はいなかったという。


 そんな悪夢のような魔物に、不慣れな左手で持ったロングソード一本でかろうじてグレアムが生き長らえている理由は、四つの偶然(幸運)が重なったからだ。


 まず一つは右脚の負傷が比較的軽傷であったこと。


 学院に入る前に自らの身体に施しておいた()()()()()。これにより、グレアムは魔術の使用と自己回復ができる。ただし、この処置は魔術と回復、同時にはできないという欠点があった。


 そこでグレアムは早々に魔術を捨て、回復に特化することにした。右脚の怪我は軽傷だったようで、強く踏み込んでも痛み無く動けるようになっている。


 そして、二つ目が前回の実技試験で自覚した身体強化。例の処置の副次効果だろう。理屈はわからないが、魔術を使わない場合に限りグレアムの身体能力を普段の数倍にも跳ね上げていた。おかげで片手で握った剣を取り落とさずに振るい、"マンハント"の両手剣を躱せている。だが、それでも――


 ピシャッ!


 グレアムの胸が横一文字に切り裂かれた。身につけていた革鎧は既にボロボロで用をなしていない。


(っ! 浅い!)


 皮膚一枚切れただけ。

 気にせずグレアムは剣を振るう。

 そうしなくては"マンハント"の左手剣がグレアムの首を切断したことだろう。


 カキン!


 グレアムのロングソードが向かい打ち、乾いた音を立てる。同時にマンハントの右手剣を振るわれた。グレアムはそれを躱そうとして、躱しきれず左の二の腕に傷を負った。


 そのようにしてグレアムの体にできた傷は既に二十数カ所にも及ぶ。その中には太い血管もある。普通ならば、とっくに失血死していてもおかしくない。それでも、貧血で倒れることもなく戦い続けられる。切り裂かれた傷は、例の処置のおかげで、すぐに塞がるからだ。


(骨まで断たれるような強い斬撃だけ防ぐ! 他は無視だ!)


 そう覚悟を決めて剣を振る左腕を加速する。


 マンハントの動きが時間が経つにつれ、鋭く速くなっていた。


(やはり、こいつ!)


 ローリーが去り際に放った重力魔法。


 これが三つ目の幸運。マンハントはそれをモロに食らっていた。そのダメージがあったのだろう。最初に見せたヌラリと消えるような動きが、戦い始めになかったのだ。


 だが、ダメージが抜けてきたのだろう、マンハントは徐々に精彩を取り戻していく。目の前にいたマンハントが予備動作無く滑るように前後左右に移動する。その速さは残像を発生させていた。


「っ! ふっ!」


 それでも、グレアムは左手の剣と体裁きでマンハントの双剣をしのぐ。

 とっくに斬り捨てられていてもおかしくない。

 だが、それでも生き延びているのは――四つ目の偶然。


(……なんだ?)


 グレアムは死地の中で、不思議な感覚を味わっていた。


 二十年も左手をメインに剣を使っていたような、馴染んだ感覚。


 剣を振るたびに、それが強くなっていく。


 やがて、マンハントが後ろに下がったタイミングで――


(は!? なんだ今の!?)


 グレアムは白昼夢を見た。


 それは、どこかの広い屋敷の庭で、ソーントーンに剣を教わっている光景だった。


 左手に、剣を持って。


 ガキン!


 一瞬で目の前に迫ったマンハントの双剣を受け流す。


 グレアムはマンハントの高速移動に対応した。目の前から一瞬で移動する斬撃への対応は、【転移】スキル持ちのソーントーンによって鍛えられている。


(……そうだっけ?)


 この半年で、そんな訓練を受けた覚えはない。だが、それでも、グレアムの体は動いていた。"覚えていた"というよりも、まるで"思い出した"かのように。


『円を描くような動きと素早いステップワークで常に有利な位置取りを』

『はい! ソーントーン先生!』


(誰だよ!? お前は!?)


 素直に返事する気持ち悪い自分に、頭で疑問に思いつつも体はその通りに動く。


 洗練さを取り戻していく。


『半身の構えで攻撃を受ける面積を減らしてください。攻撃範囲が広い双剣のメリットを潰せます』


 左手の剣を前に出し、体を斜めに構える。


 キン! カキン!


 マンハントの右手剣を打ち下ろし、左手剣を受け流した。


(守りは得意だよ! どんだけ叩き込まれたと思ってんだ!)


『牽制も忘れずに。実際に剣を振るえなくとも視線と気迫だけで足りる場合もあります』


「ふっ!!」


 グレアムの首を狙った一撃にマンハントは防御姿勢を取る。だが、それはブラフでグレアムは実際に剣を振ることなくマンハントの横に回り込む。


『そうです。守勢に回ったとしても常に反撃の精神を忘れてはいけません。主導権を取られても、辛抱強く守りに徹し、反撃の機会をじっと待つのです』


 それに対しマンハントはヌルリとした動きで正面を向いた。


『手数が多いことが必ずしも有利とは限りません。まず、両手の剣を振るには、体を正面に向けなくてはならない。そして――』


(そして、選択肢が多い)


 今度は牽制でもブラフでもない本気の一撃を、マンハントの首を狙って放つ。矢のような鋭い突き。


『選択肢が多いことは武術の世界においてメリットとはいえません。左手の剣で防ぐか、右手の剣で防ぐか、選択が発生する。それは刹那の瞬間、致命的な隙となりかねない』


 グレアムの剣がマンハントの首を斬る。


 だが、それは剣先だけで、皮一枚を浅く切り裂いただけに終わった。


 それでもマンハントにとって脅威と驚異の一撃だったようで、マンハントはグレアムから大きく距離を取る。グレアムは追撃せず、その場で半身の構えで呼吸を整えた。


「……」

「……」


 プシュ!


 マンハントが右手の剣を地面に突き立てると奇妙な音を立てて、固定されていた剣が外れた。


(?)


 現れたのは人の肌の手。五本の指を持つ右手が、グレアムが裂いた首の傷を撫でると、おもむろに傷口に指を突っ込んだ。


(!?)


 そのまま手を上げると、異形のリザードマンの顔が剥がれ、人の顔が現れた。


「すっげぇなあ! あんた!」


 そう紅潮し破顔して叫ぶ少年の顔にグレアムは見覚えがあった。


「……ジオリム・クアップ」


 学生自治会(ブルーガーデン)の役員の一人にして"剣聖"ヨアヒムの孫だった。

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