118 三番目の師 21
●リー=テルドシウス
元王国八星騎士"剣静"。【危機感知】スキルを持つ。ムルマンスクで金貸しデアンソの護衛をしていた元傭兵。"ロードビルダー"討伐戦の際、クサモで指揮をとった。現在は蟻喰いの軍団の副団長。階級は中佐。
●ケルスティン=アッテルベリ
元王国八星騎士"不死"。王国の"魔女"。レナを攫ってグレアムをオルトメイアに誘う。現在は蟻喰いの軍団の客将。
「は? 消えた?」
リーはクサモからの緊急連絡に思わず声を上げた。
通話相手はリーが私的に雇っている傭兵だった。クサモにある自分の屋敷の警備を任せている熟練で、屋敷の地下で飼っている翼竜の存在も知っている。
その翼竜が昨日突然、消えたというのだ。地下から抜け出た形跡なし。まるで煙のように忽然と消えたとしか思えないという。
「付近の捜索、目撃者は? …………そうか、わかった。俺が戻るまで待機だ」
リーはそう返答して通話を終えた。
「トラブル発生ですか? リー君」
カタカタとキーボードに何かを打ち込みながらケルスティン=アッテルベリが訊いてくる。
「私事だよ」
「翼竜がどうとか聞こえましたけど」
リーはポリポリと頬を掻いた。
(まあいいか)
勘だが、翼竜が消えたのは自分の役割が終わったからなのだろう。おそらく、話しても問題ない。それに、ケルスティンは王国の元監督官で、なぜか軍団の客将となっている。痛くもない腹を探られるのは勘弁してもらいたい。
「サウリュエルっていう天使様がいただろう」
「ええ。最近は見ないですが」
何かの作業を続けながらケルスティンは答える。
「その天使様に頼まれたんだよ。ある場所に死にかけの翼竜がいるから保護して匿ってくれって。グレアムには内緒でってな」
「はあ。また妙な頼み事ですね。リー君はよく承諾しましたね」
「そりゃ天使様の頼み事だからな」
「ああ、断ったら死後、怖そうですもんね」
「まあな」
リーとしては死後よりも"グレアムには内緒"という点にメリットを感じたから承諾したのだ。薬裡衆とかいう諜報部隊を抱えるグレアムに対し、秘事を露見せずどの程度進められるのか。天使様からの頼み事をそのバロメーターとするつもりだった。仮にバレたとしても「天使様の頼み事で断れなかった」と言い訳ができる。リーにとっては良い機会だったのだ。
「彼女は他に何か?」
「たまに肉を持ってくるから、それを豚肉や牛肉と混ぜて食わせてくれって。
あと、その翼竜をネイサンなんとかって呼んでたな」
そこでケルスティンの指がピタリと止まった。
「ネイサン? まさか、"ネイサンアルメイル"ですか?」
「ああ、そうそう。で、そのネイサンアルメイルが消えたっていう連絡がさっきあったわけだ」
「……なるほど。そういうことですか」
少し考えた後、何かを納得した様子のケルスティンは再びキーボードを打つ作業に戻る。
「天使様の頼み事とか翼竜が消えた理由がわかったなら教えてくれよ」
「私がやろうとしていた事を代わりにやってくれようとしているんですよ。正直、すごく助かります」
「代わり? 何をやろうとしてたんだ?」
「グレアム君の強化計画ですよ」
リーは内心でゲッソリした。いまでさえ強いヤツが余計に強くなるっていうのか。
「いえ、それは誤解です。グレアム君は弱いですよ」
リーはケルスティンを胡乱な目で見つめた。
「何言ってんだおまえ?」
上級竜を倒せるようなヤツが弱いわけがないだろう。
「"ロードビルダー"を倒したのはグレアム君ではなく蟻喰いの戦団ですよ。
単独ならグレアム君は負けてました」
「その戦団を組織したのはアイツだろう」
「単独の戦闘力の話です。グレアム君だけならティーセちゃんどころか、リー君にも勝てませんよ。グレアム君は」
「…………」
大いに異論があるが、リーはそれを口に出したくなかった。リーはムルマンスクでグレアムに負けている。
「グレアム君だけといったでしょう。もし、グレアム君がスライムを使役できなかったら負けなかったでしょう」
「そりゃそうだが……」
そんなことがありえるのかとリーは思った。ヒューストームは大陸屈指の魔術師だが、王国は体内の魔力を封印することで、ほぼ無力化したというがスライムを使役することに魔力は関係ない。
「グレアム君の強さは多様なスライムを扱えることです。聖国はグレアム君が使うスライムを殺し尽くしてスライムを使えないようにしようとしていますが、実はそれ以外にも方法がありましてね」
「……【強奪】か」
少し考えてリーは正解に辿り着く。この国の王族の一人が持っていたというそのスキルは文字通り他者が保有するスキルを強奪するぶっ壊れスキルだ。かつて王国はグレアムを王都近辺まで誘い出し、罠に嵌めて捕らえようと計画していた。おそらく【強奪】を使うつもりだったのだろう。その計画自体はグレアムが王国の誘いに乗らず、また、【強奪】スキル保有者の死亡で失敗したそうだが。
「聖国にも【強奪】持ちが?」
リーはグレアムが単独で聖国に潜入中であること知る数少ない人間の一人だ。
「【強奪】はレア中のレア。百年に一人の割合です。同時代に二人もいると思えません。それに【強奪】は本人が死ぬか保有者の意思で元の保有者に戻ります。スキルを使えなくする方法としては不確かですね」
それを聞いてリーは複雑な思いを抱く。安心したような残念なような……。
「ですが、それ以外にも方法がありましてね。まあ、まともな方法ではありませんが――」
(本当かよ。っていうか、こいつ何でそんなこと知ってるんだ?)
「だからこその強化計画なんです。グスタブ君を送って剣を学ばせているのも、計画の一環です」
「グスタブ? "剣鬼"ソーントーンか!?」
どこで何をしているのかと思えば、そんなことをしているとは。
「大丈夫なのかよ。一緒にして」
二人の元々の関係は主人と奴隷だ。その奴隷の行動は、ソーントーン破滅の切っ掛けになったといっても過言ではない。
「私の見たところ、相性は悪くないと思うんですけどね。まあ、ダメだったら聖都滞在時からダメだったと思いますよ。一緒にオルトメイアに入ったということはそういうことなんでしょう。結局、"なるようにしかならない"ものなんですよ。人の関係というものは」
「……」
投げやりなように見えるがケルスティンが持つ"人材を見抜く力"や"人材活用能力"をバカにできないものがあることをリーは既に知っていた。さすがに王国の中枢で百年生き抜いた魔女である。あれだけ苦労した軍団の編成もケルスティンが来てたった一週間でスムーズに動き出した。
「それで、あの翼竜がグレアムの強化にどう関係するってんだ?」
「それは天使様に聞くのがスジでしょう」
「まあ、それもそうか。で、あんたは一体何をしているんだ? 俺をこんなところに連れてきて」
ケルスティンとリーがいる場所は百人ほどが入れるほどの広間だった。その部屋は薄暗く、光る花弁を持つ花を光源としてた。そしてもう一つの大きな特徴は壁の一面に設置された何かよくわからない魔道具――ケルスティンは"コンソール"と呼んでいた――だった。
軍の仕事も一段落し、久々に休みを取れそうだったので高級娼館にしけこもうと画策していたリーのもとにケルスティンがやってきて――
『リー君。私と"ひと夏のアバンチュール"はいかがですか?』
『え? やだ』
『……』
黒い帯状の影に拘束されグリフォンに無理矢理乗せられて――おい、部下ども止めろ。なにうらやましそうな目で見てんだ、こんちくしょう――連れてこられてたのはクサモからおよそ北西数百キロメイルのどこかの山中の遺跡だった。
「”ウィル”って知ってますか? 人間の知性を魔術で再現した魔工知性です。疲れ知らずで人よりも正確に大量に仕事ができます。聖国の政務の八割を"ウィル"が担当し、軍の編成や学院の運営まで幅広く活用されています」
「ほう、何かよくわからんが、そりゃ便利そうだな」
「”ウィル”にはバックドア――つまり、不正に侵入するための入口がありましてね。この遺跡から”ウィル”にアクセスできるんですよ」
「…………はあ!? なんだそりゃ!? てっことは、ここから聖国の政治を好きなようにできるってことか!?」
「いえ、"ウィル"が出した処理結果は他の複数の"ウィル"の筐体に記録され相互に監視されています。改ざんしても即時に修正されますからそれは無理ですね。私たちにできることは処理結果を確認することと、処理結果にほんの少しの指向性を持たせることぐらいです」
「指向性云々はよくわからんが、聖国側の情報をここから安全に盗み見れるってことか?」
それだけでも聖国に対し圧倒的なアドバンテージだ。
なるほど、一昼夜かけて自分を連れてきた理由がわかった。
それだけの価値がある!
ここには!
「グレアムの状況もわかるのか?」
「……それなんですが、さすがとしか言いようがない結果になっています。まさか、ここまでやるとは思ってもいませんでした」
「期待通りってわけか。その割に満足してなさそうだな」
「早すぎるんですよ。私の計画している強化ペースよりもずっと。このままではグレアム君が弱いままで注目を集めてしまう」
「別にいいじゃねえか」
「よくありませんよ。彼には生きて戻ってもらわなければ困ります」
「強いやつが生き残り、弱いやつが死ぬとは限らねえぜ」
「それはそうですが……」
「あいつは死なねえよ。間違いなくな」
どんな絶体絶命の状況でも生き残る――リーは確信していた。
◇
ガキィイン!
グレアムの左手で握ったロングソードと異形のリザードマン"マンハント・ザ・スーパースター"の右手の剣が接触し激しい火花を散らした。
剣を交すこと既に数十合。全身のいたるところを斬られ血塗れになっていても、グレアムはまだ生き残っていた。