117 NOBODY 3
※アルベール視点
「キュァアア!」
15体目のテラーイーグルがシリウスの雄叫びとともに鉤爪で引き裂かれた。完全に息の根が止まり落下していくテラーイーグルをハイグリフォンの背中から見下ろすアルベールはホッと息を吐いた。
オルトメイア大迷宮第六層――通称"曲芸団の教練場"の天井には黒い大穴がいくつか開いている。下から上から昇っていくこの迷宮では、この階層のように上から魔物が降ってくるケースがある。もちろん、階層の各所にある階段を使って降りてくる魔物もいれば、地面から生えてくる魔物もいる。だが、人の真上は死角であり最も警戒しにくい領域だ。真上からの急襲で毎年犠牲者がでる。
だからこそ、アルベールはハイグリフォンのシリウスに乗って降ってくる魔物を積極的に狩ることにしている。レイバーをはじめとした学生自治会役員とティーセもそれに協力してくれていた。
アルベールが担当する大穴から新たな魔物が降ってくる。だが、後続はない。おそらくこれで打ち止めだろう。少なくとも、今後数時間は新たな魔物が降ってくることはあるまい。
(コカトリス。それとテラーイーグルとミノタウロスか)
コカトリスは羽ばたきながらゆっくりと落下し、ミノタウロスは片手でテラーイーグルの足につかまって、ハンググライダーのように滑空している。アルベールは危険度の高いテラーイーグルから始末することにした。うまくいけばミノタウロスは墜落死するだろう。
ブォン
ミノタウロスが巨大な斧を投げつけてきた。
「キュア!」
当たりはしなかったがシリウスのカンに障ったようで怒りの声をあげてターゲットをテラーイーグルからミノタウロスに定める。
「よせ!」
「キュ」
それをアルベールが窘めるとシリウスはターゲットをテラーイーグルに戻した。重い荷物を抱えるテラーイーグルは簡単にハイグリフォンの餌食となって、荷物もろとも落下していった。
「よくやった」
「キュッキュッ」
腕輪が二度光るのを確認したアルベールは首を撫でて誉めた。今日のシリウスはなぜかやたら気が立っている。予定より早いが休ませてやるべきかと思案した。ヒナの頃から馬肉を与えて世話をしているアルベールから見てスタミナはまだ大丈夫そうだが、鳥は体調不良を隠す習性があるという。
(よし。あのコカトリスを仕留めたら一度降りよう)
大好物の馬肉を与えて、それでも落ち着かないようなら<精神異常回復>をかける。そう決めてコカトリスを探すと、レイバーを乗せた暴君竜が向かっていた。
(ああ、レイバーに取られたか…………?)
なぜかコカトリスをスルーしてこちらに向かってくる。
レイバーはなぜか焦っているようだった。
「パララフィン! とまれ! とまるんだ!」
レイバーが必死に叫んでいる。
(まさか、暴走しているのか!?)
なにかのきっかけで眷属が暴走するのはたまにあるが、誰よりも<眷属召喚>を習熟しているレイバーが起こすとは意外だった。
「クワッ!?」
「どうしたシリウス?」
シリウスが命じてもいないのに迷宮の奥のほうへ向かう。
…………いや、違う。
シリウスは羽ばたいていない。
何かに引き寄せられている。
パララフィンも異常なことに、必死に前に羽ばたきながら後退していた。
本能的な危険を感じたアルベールは地上へと逃げるように命じる。だが、強力な正体不明の力がそれを許さない。
「キュアアア!!!」
「!?」
突然、シリウスが大きく体を震わせた。アルベールを背中に乗せるようになって初めてのことだ。アルベールはバランスを崩し鞍から落ちた。その直後だった。
「キィィイイイイ!!!」
シリウスの断末魔が迷宮に響き渡った。
「シリウス!!!」
ハイグリフォンの優美な体が、まるで不可視の巨大な手で握りつぶされたかのように醜く破壊されていく。ゴキゴキと全身の骨が砕かれ血を吹き出しながら肉団子となっていく愛騎の姿を、アルベールは落ちゆく中、半ば呆然と見ていた。
「アルベール!」
その声に我に返る。振り返ると、単身のレイバーが空中で手を伸ばしていた。
「レイバー!」
その手を掴み、<飛行>を――いや、間に合わない!
そう判断してすかさず<落下制御>に切り替えた。
直後にパラシュートを開いたような衝撃が全身を襲い、その一秒後に二人は地面に激突した。
「ぶ、無事か、レイバー」
「あ、ああ」
背中をしたたかに打ったが、大きな怪我はない。
「パララフィンは?」
「……肉団子になった。シリウスがひき潰されるのを見て飛び降りたんだ。
その直後に……ちくしょう!」
ダン! とレイバーは拳を地面に打ち付けた。
そしてレイバーは涙を流す。
パララフィンはレイバーが卵から孵し育ててきた愛獣だった。
レイバーの悲しみはアルベールにもよくわかる。シリウスもアルベールが弟のように大切に世話してきた愛獣だった。しかも最後の瞬間、シリウスはアルベールを巻き込まないようにわざと自分を振り落としたのだ。アルベールを守るために……
「ちくしょう! ちくしょう!
パララフィンをあんな目にあわせた奴を俺は許さねぇ!」
「それなんだが、レイバー。お前は見なかったか?」
「? 何をだ?」
――無残な姿となる愛騎の背後で、アルベールは試験開始直前に見た翼竜を見た気がするのだ。
あのレビイ・ゲベルが連れていた幻獣だ。
「それは――」
「GOAAAAA!!!」
上空で、迷宮全体に響き渡るような獣の咆哮。
見上げれば、白銀の人型ドラゴンが現出していた。
■
※ローリー視点
(まあ、こんなものか)
グリフォンの上位種と下級竜、そしてガウの肉体を素材に創造魔法で作り上げた肉体は元の十分の一のサイズ。素材の質は問題ないが量が足りていないのだ。
(仕方あるまい。眷属を増やしていずれ……)
それよりも今は別に気になることがあった。重力魔法を久々に使ったが、妙な違和感があったのだ。
(ガウの肉体だったからか?)
それを確かめるためにネイサンアルメイルは地上に向けて重力魔法を展開する。
(重力魔法――重獄圧殺陣)
ズンッ!
不可視の圧力が上から下へと広範囲に生じる。地上で蠢いていた数多の魔物、幻獣、命無きもの、そして"虫けら"がその影響を受けて押し潰されていった。
(!? やはり! 気のせいではない!)
魔物も幻獣も命無きものも次々と押し潰されて地面のシミとなるが、なぜか"虫けら"だけが四つん這いで苦しそうにしながらも生き延びている。その苦しさに耐えかね"虫けら"どもは劣化魔法か魔法擬きかの転移で次々と消えていった。
(どういうことだ? なぜ"虫けら"を潰せない?)
『それは~サウリュエルのせいだよ~』
(!? なんだ!?)
突如、頭に響いた間抜けな声にネイサンアルメイルは困惑する。
『自分で食事をするのは数十年ぶりだった~?
それとも数百年かな~?
一年半、君は~自分が何を食べていたのか気にするべきだったね~』
(なんだ貴様は!? 何のことを言っている!?)
『君が~リー=テルドシウスに供されていたものは~
サウリュエルの血肉だよ~』
(!!??)
なんだ!? いったいこいつは何を言っているんだ!?
『バールメイシュトゥアシアは~君の左腕を消化できなかったけど~
君は見事に消化したね~サウリュエルの血肉を~
おかげで君の肉体と~霊体の一部は~サウリュエルとリンクしている~』
(!?)
『だから~サウリュエルの影響は~君にも影響する~
そしてサウリュエルは~"人類不殺"の誓いをたてた~』
(!!!)
『もうわかったよね~人を殺せない理由を~
ぼくたちにとって~誓いは霊体の構成に直結している~
これを破ることは自死に等しい~
君の霊体が~絶対に生きるという意志が~
人を殺すことを無意識に忌避したのさ~』
(GAAAAA!!!)
怒りに震えるネイサンアルメイル。
(殺せないだと!?
あの"黒い羽虫"を!?)
ふざけるな!
ふざけるな!!
そんなことあっていいわけがない!!!
地上に残った"虫けら"どもを地面のシミとすべく、重力魔法にさらなる魔力を注ぐ――その前に――
「!?」
銀閃が目の前を通り過ぎたと思った瞬間、袈裟懸けにネイサンアルメイルの体が切り裂かれていた。
「GUAAA!」
激痛の咆哮を上げる。回復魔法を使う間もなく、直後に黒い閃光が体を貫きネイサンアルメイルを中心に大爆発が起きた。
ネイサンアルメイルを切った銀閃はティーセ
<破壊光線>はアルベール
<大爆発>はヤンです