115 三番目の師 20
「動機が学生自治会に入ってアルベールに近づきたいからっていうのはわかるが、それにしても計画ガバガバすぎだろ」
<マジック・ロープ>で簀巻きにしたリンゼイに向かって、グレアムはため息を吐いた。リンゼイの計画は運任せの穴だらけだ。実際、グレアムという異分子が介入しただけで簡単に破綻した。計画というのは多少の問題が発生しても修正できるように立てるものだ。
「うるさい田舎猿! あんたが余計なことしなけりゃ、今ごろ私は役員になってたのに!」
グレアムは肩を竦める。そもそも役員はそんなに簡単になれるものじゃない。ケルスティンにブルーガーデン入りを要求されて少し調べたが、現行役員の複数の指名が必要でレイバーだけの指名でブルーガーデン入りは無理なのだ。
それにたとえ宿舎からフレッシュゴーレム製造の証拠が見つかったとしても内々に処理されたことだろう。なぜなら数カ月後に"自分討伐"という大事が控えている。この時期に友好国とゴタゴタしたくない。ユリヤとレイバーの婚約が極めて穏便な形で解消されたのも、それが理由だろう。つまりリンゼイがユリヤ告発の功績を声高に訴えても黙殺される可能性が高い。
「レイバーも気の毒だな。男の純情を弄ばれて」
「男の純情!? そんなものクソの価値もないわ! あの早漏野郎! 一度やらせただけで冷たくなりやがって! 婚約を解消できたから私は用済みってわけ!? 白狼にでもハラワタ喰われて死んじまえ! クソ野郎!」
「……」
レイバーの後ろで子犬のようにプルプル震えていた愛らしい姿は見る影もない。あらためて女の怖さを思い知ったグレアムだった。とりあえず<マジック・ロープ>を追加しておく。
「ぐふっ!」
さて、狂犬リンゼイに比べ、ホワイトファングとブラックホークは<プラント・バインド>で作った檻の中で大人しくしていた――というより怯えている?
檻の中の白狼二頭はローリーを襲おうとしていたらしい。"らしい"というのはリンゼイの命令を聞かずに逃げ出したからだ。仕方なくターゲットをグレアムにしたら喜び勇んで戻ってきた。武装した人間よりも恐れられる翼竜"ロードリサーチャー"は岩の上でじっとこちらを睥睨していた。本竜曰く、自分は"ネイサンアルメイル"だという。それはサウリュエルから聞いた"ロードビルダー"の真名だ。
(まさかな)
そう思いつつも使役魔術の鎖がしっかり繋がっていることを確認する。ローリーが本当にあの白銀の人型ドラゴンだとしたら……。
『まあ、騙されたと思ってやってみて~』
語尾を伸ばす追憶の天使の言葉を思い出す。
本当に騙されたのかもしれない。
(あの天使、いつか覚えてろよ)
使役魔術の拘束がしっかり効いている以上、ローリーは大きな問題ではない。とりあえず保留にしておく。だが、たった数分後にグレアムはローリーを殺さなかったことを後悔することになる。
グレアムはローリーから視線を切ると、これまた<マジック・ロープ>で上半身を縛られ胡坐をかいて座るグラウス・シャマランに目を向けた。こいつが操っていたストーンゴーレムは徹底的に粉々にしてある。孫を人質に取られ使役魔術も封じられたグラウスは完全に諦めているように見えた。
「あんたも孫バカが過ぎるだろ。本当は無理な計画だとわかっていたんじゃないか?」
「バカな子ほど可愛い。可愛がるには同じくらいバカになるのは当たりまえだろう」
「お、おじいさま!?」
敬愛する祖父にバカな子認定されたリンゼイは戸惑いの声を上げる。ちなみにリンゼイだけ簀巻きにしているのはなぜか<マジック・ロープ>の効きが悪いからだった。身体に作用するような魔術は減衰するスキルか魔物素材魔道具でも持っているのかもしれない。
(そういえばこいつを蹴ったとき、変な音がしたな)
物理的な攻撃も自動で防ぐのかもしれない。それはともかく、リンゼイを蹴った足がだんだん痛くなってきた。もしかすると捻挫でもしたのかもしれない。ヒーリング・ポーションを生成したいが、それをやると魔術が使えなくなる。今は我慢することにした。
「バカをやるのはいいが、他人を巻き込むなよ。……そういえばジョスリーヌ型魔導人形を外に持ち出したという従僕がいたな。そいつは生贄の羊か? まさか、白狼のおやつになってたりしないよな?」
幻獣に人の肉の味を覚えさせるのは禁忌と授業で教わったので、それはないと思いつつも聞いてみた。ちなみに最初にグレアムに噛みついたホワイトファングは地面に横たわったままだ。魔物にしろ幻獣にしろ人間にしろ、死んで動かなくなった生物は地面から生えた蔦によって絡めとられ迷宮に取り込まれるそうなので、おそらくまだ死んでないと思う。
「そいつなら迷宮に取り込まれたよ。……ああ、そういえばさっき会ったな。どこかで見た顔だと思ったが、グールになって土の中から這い出してくるとはな。大人しく養分になっていればいいものを」
「……そうか」
グレアムはリンゼイを見た。祖父の非道にショックを受けた様子はない。自分の幸せのためなら他人の犠牲は当然と思う家系なのかもしれない。
「なんだクソガキ。説教でもする気か?」
「いやまさか。俺は善人でも正義の味方でもない」
顔も名前も知らない従僕だ。怒りの炎を燃やす筋合いはない。もしかすると従僕がとんでもない悪人だった可能性もあるしな。
「むしろ助かるよ。他人の命に配慮しない輩なら、こちらも配慮しなくてすむ」
「?」
グレアムはグラウスの荷物から水筒を取り出した。ストーンゴーレムに四リットル分の水筒をダメにされたので代わりにもらっておくことにした。唇の端を噛み切ると水筒の水を口に含む。そして、グラウスの顔に含んだ水を吹き付けた。
「ぶっ、何をするクソガキ!」
激昂するグラウスを意にも介さずじっと観察する。
(……このやり方だと時間がかかるか)
かといって、こんな老害と傷口をこすり合わせるような不衛生なことをしたくない。
しばらくして、ある程度の結果に満足したグレアムはグラウスへの警戒を解いて離れた。
(背嚢を拾いに……、いや、その前に足の治療だな)
グレアムは油断なく構えていた右手の魔杖を自分の右足首に向けた。<怪我治療>で捻挫を治そうと思ったのだ。
だが、その隙を熟練の魔術師であるグラウスは見逃さなかった。
ボコッ!
「っ!?」
グレアムの周りの地面が一瞬窪み、そしてグレアムごと持ち上がった。
「油断したなクソガキ! 覚えておけ! 老練の魔術師は切り札の一つや二つ、隠し持っているものだとな!」
迷宮の地面から生えてきたのは巨大な岩の手。先ほど戦ったストーンゴーレムの五倍はありそうな大きな指から掌、手首、前腕部と現れる。巨大な手に持ち上げられたグレアムは握りつぶされる前に<飛行>で宙に逃れた。
その間にグラウスは自分を拘束する<マジック・ロープ>に噛みつく。通常、そんなことで解ける魔術ではないが、<マジック・ロープ>は千切れ飛んだ。
「入れ歯型の魔道具か」
地面から突如生えたゴーレムを使役し、<マジック・ロープ>を解除したものの正体をグレアムは看破した。おそらく、義歯の一つ一つが毒や麻痺を解除する魔道具で、その中に拘束を解除する魔道具や魔杖があるのだろう。実は魔術をサポートする魔杖が必ずしも杖の形をしている必要はなかったりする。
解放されたグラウスは両手の十本の指に魔力塊を宿らせた。通常の魔術発動とは異なる尋常ならざるその振る舞い。これも切り札なのだろう。
腕型ゴーレムを盾に、完全な臨戦態勢のグラウス。だが、それに対するグレアムはどこか余裕があった。グラウスはそれを不審に思いつつも、ただのブラフと断じる。いずれにしろ、やつを生かして帰せばグラウスは終わるのだ。レビイ・ゲベルを殺すべく、ゴーレムを動かす――
「「…………?」」
その前に、"異形"が、二人の間に音もなく降り立った。
舞台に立つバレリーナのようなスマートなシルエット。両手は淡い光を放つ剣の形。
(魔物? 見たことない種類だ。頭部の形状からリザードマンの亜種か進化型か?)
頭部はトカゲのような小さな逆三角形だが、鱗はなく目も口も鼻の穴もない。
「邪魔だ」
グラウスが魔力塊を宿らせた指を一本振ると、<炎槍>が顕現し異形のリザードマンに迫った。
「「!?」」
燃え盛る炎の槍は、まるでそんなものが初めからなかったかのように、リザードマンに迫る軌道の途中で消え失せた。
(なんだ? 失敗? いや、それなら発動自体しないはず。今のはまるで<魔術消去>のような――!?)
突然、浮力を失い三メイル近い空中から地面に落ちた。
「ぐっ!」
両脚で着地して怪我した右足に激痛が走る。さらに異形のリザードマンがヌラリと音もなくグレアムに迫り右手の剣を振るってきた。
グレアムは右手に握った魔杖を前に突き出し<電撃魔盾>を発動したが、<炎槍>と同じように消えてしまう。逆袈裟に振るわれる剣を身体強化した左脚一本で飛び躱そうとしたが――
(!? <飛行>だけじゃない!? 身体強化魔術も解除されて――っ!!!)
ザンッ!
グレアムの右手が斬り飛ばされた。