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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
四章 オルトメイアの背徳者
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113 三番目の師 19

 右手の魔杖から発した<魔術消去(マジックイレイサー)>は60度の扇状に放出された。狙いはグレアムに噛みついたホワイトファングが苦しんだ時に聞こえた何者かの声――その発声地点だ。


「っ!?」


 不可視の魔力波が何者かの姿をあぶり出す。


(幻影魔術! やはり姿を隠していたか!)


 赤い肩掛けローブを羽織った小柄な人物に向かってグレアムは猛然と駆け出した。


 距離はおよそ30メイル。だが、強化された身体によって2秒で距離を詰めた。地面を蹴った脚を槍のように前に突き出す。


 ガキィン! ズキッ!


「っ!?」


 グレアムの前蹴りが謎の人物の腹にめり込むと、甲高い音が響いた。


(何だ? 衣服の下に腹当てでも着込んでいたか?)


 それがグレアムの鉄板入りブーツとぶつかって金属音を起こしたのだろう。だが、衝撃は防げなかったようで、小柄な人物は吹き飛ばされ回転してうつ伏せに倒れた。


「うぅ。ぐふっ!?」


 顔を上げようとしたその人物の後頭部を踏みつける。


「出てこい! こいつの頭を踏み潰すぞ!」


 周囲を見回しながら叫んだ。頭を踏みつけられた小柄な人物は何とか頭を上げようするが、身体強化されたグレアムの足は微動だにしない。


「ゴーレムと幻獣を動かしても殺すぞ!」


 グレアムは魔杖を、顔を地面に押し付けられて苦しそうに藻掻く人物に向けた。


 脅しが効いたのかストーンゴーレムは電池が切れたように動かないままだ。二羽のブラックホークはどこかに飛び去り、最初のホワイトファングは死んだのか横たわったまま。新たに向かってきた二頭も戸惑ったように動かないでいた。


「…………」


 グレアムが殺すと宣言してから十秒。

 未だ動きなし。

聴力強化(リスニング)>の耳にも不審な音はなかった。


「うーうー」


 グレアムに頭を踏みつけられた謎の人物の呻き声と手足をバタバタさせる音だけが空しく響く。


 本当に仲間はいないのかと少し不安になった頃、ようやく動きがあった。


「足をどけろ下郎。孫が窒息する」


 そう言って姿を現したのは見覚えがある老人だった。


「あんたは確か、公国が借り受けてる宿舎の管理責任者だな。……孫?」


 グレアムが足をどけると、踏みつけられていた人物が勢いよく、頭を上げた。


「ぶはぁ!! ――はぁはぁ。……あ、あんた! バカじゃないの!!??」


 そうグレアムを罵倒するのは、これまた見覚えのある少女。

 今回の騒動の発端。

 ユリヤに虐待されたと主張する男爵令嬢リンゼイだった。


 ★★★


―― 第二回実技試験 開始十分前 ――


(ああ! もう! ジャマよ! 邪魔!)


 リンゼイは密集する学院生をかきわけて進んでいく。今、この広場にはこれから実技試験を受けるAクラス生徒が集まっていた。現時点でのAクラス生徒数は四〇名ほど。広場はそれほど狭いわけでもないのに混雑しているのは生徒が試験で使う幻獣やゴーレムが召喚されているからで、さながらメナジェリー(王侯貴族の娯楽用動物園)のようだ。


 リンゼイもホワイトファング二頭を魔力の節約のため前夜から召喚して、後ろについてこさせている。本当はペガサスのような優美な幻獣のほうが良かったのだが、オルトメイアの森にペガサスは生息しておらず外から調達する必要がある。


(近いうちに手に入れてやる!)


 ペガサスの背に乗る伯爵令嬢を憎々し気に睨みつけ、そう決意するリンゼイだった。


(あっ! いた!)


 視線の先には銀髪に浅黒い肌を持つ好青年――レイバー・ロール。


「ああん、レイバー様! こんなところにおられたのですね!」


 そこそこある胸を押し付けるようにレイバーの腕に抱きついた。


「……ああ、ポルム男爵令嬢か」


「いやですわ、いまさら水臭い。リンゼイとお呼びください。

 今日の試験、がんばってくださいね!」


「ああ、うん」


 リンゼイの成績は中の上だが、容姿は上の上だと思っている。綺麗さではどうあがいても敵わない存在がいるので可愛さを前面に押し出すようにしたところ、男性陣からの視線とアプローチは増えた。ちょっと涙を見せれば、ガキの男なんてイチコロ。レイバーも例に洩れなかった。


 だというのに、最近のレイバーは少しおかしい。リンゼイがどんなに媚を売っても反応が悪いのだ。今もパララフィン(レイバーが使役する暴君竜のこと)の様子がおかしいから後でねと突き放されてしまう。


(一度抱くと冷たくなるタイプかしら)


 リンゼイの本命はアルベールだ。レイバーも悪くないのだが、金髪緑眼の容姿に王太子という地位は魅力的だ。リンゼイは学生自治会(ブルーガーデン)に入り、ジオリムやヤンといった役員とお近づきになり、ぶっちゃけ、いい男たちを侍らせたい。


 その野望のための足掛かりとしたのがレイバーで、利用したのが汚らわしい豚(ユリヤ・シユエ)だった。リンゼイの計画ではレイバーによってユリヤが断罪されたあの日にすべては始まるはずであったのに、野卑な田舎猿によって思わぬ妨害にあってしまったのだ。


(レイバーと寝るのは早まったわね。やっぱりキスぐらいに――……?)


 リンゼイを見つめる二対の視線に気づく。

 オル・リンチ。

 ネオ・リンチ。

 双子のブルーガーデン役員だ。


「ねえねえ、何で脱がないの?」

「ねえねえ、何で踊らないの?」


「はい?」


 双子が訳の分からないことを言う。


「オルちゃんオルちゃん。やっぱり関係あるのかな?」

「うん、ネオちゃん。【アイアンスキン】は物理以外にも効果があるのかな?」

「【アイアンスキン】は完全パッシブ型スキルだと思ったけど」

「うん。レイバー君に影響したのかもしれないね」

「それともスキルの代償かな」


(なに? 気持ち悪い双子ね。私のスキルがどうかしたっていうの?)


【アイアンスキン】はリンゼイが持つ自動防御スキルだ。どこかの令嬢の婚約者を遊びで寝取って刺されたことがあったが、そのスキルのおかげで命拾いをしたことがある。もちろん、その事件は醜聞としてもみ消されたので公にはなっていない。代わりにほとぼりが冷めるまでと【アイアンスキン】が魔術系スキルだったことを幸いにオルトメイアに放り込まれてしまったのだ。


「それにしても、ね」

「なあにオルちゃん?」

「"鉄皮"というより"鉄面皮"って感じじゃない?」

「あはは! いえてる!」


(……)


 双子が笑いながらどこかへ去っていく。

 自分がブルーガーデンに入ったらあいつら絶対にヤキ入れてやると誓っていると、俄かに周囲がざわついた。


(! きたな田舎猿!)


 野卑な田舎猿(レビイ・ゲベル)が試験開始直前に現れた。寝不足なのか覇気のない顔。安物のロングソードを腰に吊るし、何に使うのかダサい背嚢まで背負っている。しかも、連れているのは見たこともない翼竜。アルベールのハイグリフォンやレイバーの暴君竜に比べて貧相極まりない幻獣だった。


(これならレイバーの勝利は間違いなさそうね。……?)


 自分が連れている二頭の白狼が尻尾を丸めて蹲っていた。リンゼイの使役獣だけではない。レビイが現れた途端、幻獣は怯えたように嘶きレビイから遠ざかろうとする。おかげでレビイの向かう先に自然と道ができた。


 阻むもののいない道を進むレビイに二人の人物が近づく。


 一人はティーセ・ジルフ・オクタヴィオ。

 言わずと知れた"妖精王女"だ。(死ね!)


 彼女の笑顔はレビイの翼竜を見て、なぜか固まってしまう。

 そして、もう一人のアルベールは――


「グルルッ!」

「シリウス?」


 なぜか自分の使役獣に遮られた。そして、ハイグリフォンは翼竜に明確な敵意を見せて睨みつける。レイバーのパララフィンは落ち着かなげに足踏みしていた。


 そんな周囲のちょっとした混乱の中、当のレビイ・ゲベルは(どうしたんだろう? なんだか騒がしいな?)とでも言いたげに寝ぼけ眼で少し首を傾げただけだった。


 結局、その小さな混乱は実技試験が始まりレビイと翼竜が迷宮に姿を消すまで続いた。そして――


 ◆


『これより第二回実技試験を始める!

 貸し出した腕輪は迷宮に入る前に必ず着用するように!

 また、今回の試験では全員同じ場所に転移する!

 衝突事故を防ぐため、迷宮に入った者はすぐにその場を離れるように!

 それでは呼ばれた者から順に迷宮に突入せよ!

 レビイ・ゲベル!

 …………。

 アルベール・デュカス・オクタヴィオ!

 …………。

 ティーセ・ジルフ・オクタヴィオ!』


 試験官は一定の時間を置いて生徒の名を呼んでいく。


 レビイとアルベールはそれぞれの使役獣を連れて、ティーセは単身で広場に設置された転移用魔術陣に突入した。


『ユリヤ・シユエ! ユリヤ・シユエはいないか!』


 四番目に公女が呼ばれる。だが、その姿はどこにもなかった。試験官は無感情に手持ちのボードに何かを書きつけると呼びかけを再開した。


『ロナルド・レームブルック!

 …………。

 ヤン・インクヴァー!

 …………。

 アーノルド・クヴァンツ!

 …………。

 レイバー・ロール!

 …………』


 そうして一時間ほどかけ、すべてのAクラス生が迷宮に突入したのを見届けた試験官はその場を去る。


 誰もいなくなった広場に、黒く艶やかな長い髪を持った痩身の女性が現れ、そのまま転移用魔術陣へと入っていった。

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