112 三番目の師 18
(っ!?)
ドガッ!?
背中を殴られ数メイル吹き飛ばされる。背負った4リットル分の飲料水が衝撃のほとんどを吸収、さらに衝撃を感じた瞬間に前方に自ら飛んだため大きなダメージはない。だが、グレアムは混乱する。
(殴られた!?)
(<敏捷増加>!)
(ローリーが喋った!?)
(<筋力増加>!)
(ネイサンアルメイル!?)
(<器用増加>!)
(武器は!? 魔杖はどこだ!?)
(<視力増加>!)
(尻が冷たい!)
(<聴力強化>!)
(ローリーが攻撃したのか!?)
疑問をいくつも頭に浮かべながらも身体強化系魔術を行使していく。魔力の衣がグレアムを覆い、動きをサポートする。身体強化系魔術とは、現代日本で言うならパワーアシストスーツだ。纏うのが魔力か機械かの違いでしかない。
ずざざざっ!
さらに数メイル地面を滑る。アシストされた左手の筋力だけで上半身を起こすと、そのまま横に飛んだ。
ドゴッ!
(腕!?)
腕の形をした石の塊が、1秒前までグレアムがいた地面を抉った。
(何だ!? 何が飛んできた!?)
周囲を見回す。
ローリーは岩の上に止まってこちらをじっと見つめていた。心なしか不機嫌そうだ。というか、不愉快の感情が<眷属召喚>で繋がるグレアムに直に届く。同時に"許可なく人間を攻撃するな"という使役魔術の縛りは生きていることを確信した。
(攻撃はこいつじゃない!)
ならばと、放置する。こいつの正体は後回しだ。
視線を横にずらすと、ローリーからさらに遠い位置に岩石魔導人形を見つけた。しかもゴーレムの右腕が欠けている。
(攻撃はこいつか! 腕を投げてきた!?)
幸い魔杖は右手に握ったままだ。<魔矢>で反撃しようとして――
(っ!?)
視界の隅に見えた石塊に反応して、身を捩らせた。
ぶぉっ!
グレアムの鼻先を、先ほどの腕の形をした石塊が通り過ぎていく。
石の腕は空中で大きなカーブを描き、ストーンゴーレムの右腕に接合した。
「このっ!」
今度こそ<魔矢>を撃つ。魔杖から発した閃光がストーンゴーレムの胸に直撃――したと思った瞬間、ストーンゴーレムはバラバラになった。
「っ!」
<魔矢>はゴーレムを通り過ぎ霧散する。バラバラになったゴーレムは空中を飛び――
「!?」
ドォン!
グレアムを押し潰さんと左脚が――
ドォン!
次に右脚が地響きを立てる。
かろうじて躱したグレアムの横で、両脚に腰が接合し、次に腹と胸、最後に両腕と頭があるべき位置に収まった。
「<爆砕>!」
バァン!
今度はゴーレムに直撃。土煙が舞い、ゴーレムはバラバラになる。
(!?)
予想外に大きく響いた爆音に戸惑いつつも、グレアムはゴーレムから距離を取った。
(しまった! <聴力強化>もかけてしまった!)
<聴力強化>は一種の集音装置で小さな音を聞こえやすくする魔術だ。だが、全ての音を大きくするため術師の鼓膜を破る事故が多発し欠陥魔術と言われていた。だが、この時はグレアムの命を救う。
(っ!?)
上空からの風切り音。
飛び退いた瞬間、頬に切り傷ができる。
(ブラックホーク!?)
体長は半メイル、翼長でも1.5メイルと比較的小型の鷹の幻獣だが、牡牛すら爪で掴んで持ち上げる力を持ち、翼は鋭利な刃物となる。急降下する音に気づかなければグレアムの首は飛んでいた。
「グヮフグガウ!!」
「!? ホワイトファングまで!」
迫りくる白狼に対し、グレアムは<電撃魔盾>を準備する。盾に触れた瞬間、雷撃を発するグレアムのオリジナル魔術だ。これを白狼にぶつけるつもりだった。
だが、先にストーンゴーレムが迫りくる。<爆砕>はゴーレムの表面をすこし焦がしたくらいで五体満足。<爆砕>の衝撃を逃すためにあえてバラバラになったのだ。
ストーンゴーレムの両腕が飛んでくる。
バチッ!
やむを得ず<電撃魔盾>をゴーレムに向けて展開した。両腕はシールドに弾かれるが、岩の塊では雷撃のダメージはない。ゴーレムは両腕を戻すと、そのままグレアムに向かって歩いてくる。
(ゴーレムを防ぐためにシールドは動かせない!)
迫る白狼には剣で対抗しようと腰に手を伸ばす。
「!?」
だが、抜く前にホワイトファングが飛び掛かってきた。
「ぐっ!」
激痛!
白狼の牙がグレアムの左腕に食い込んだ。身体強化された体のおかげで押し倒されることこそ免れたが、二本足で立つホワイトファングはグレアムよりでかい。その白狼が激しく暴れるのでグレアムは動けなかった。
「このっ!」
魔杖を握った拳で白狼を殴りつけるが、狼の筋肉質の体と深い体毛のせいでまるで効果がない。
(仕方ない! 悪く思うなよ!)
「!? ガハッ!」
突然、グレアムに噛みついていたホワイトファングが苦しみだした。グレアムから離れ、地面をのたうちまわる。
『――!?』
その時、グレアムの強化された聴覚が何者かの声を拾った。
(誰かいる!? ゴーレムと幻獣の術者か!?)
「ピィーー」
再び頭上からブラックホークが襲来する。横に飛んで躱すが――
(もう一体!?)
音もなく忍びよった二羽目の黒鷹に背嚢を掴まれてしまう。
(左は――動く!)
白狼に噛まれた左腕は痛みはあるが骨折はしてない。血も止まっている。グレアムは左で短剣を抜いて背嚢の背負い紐を切った。
(欲しいならくれてやる)
背嚢の中の水筒は破裂してグレアムの背中と尻を濡らしている。背嚢には固形食が残っているが、水分が充分に取れない状況で食べる気はない。消化のために体は水分を欲して渇きはより激しいものになるからだ。
「ピッ!」
突然、軽くなって驚く黒鷹にグレアムは短剣を投げつける。
「ピュイ!」
短剣は直撃するが逆立つ羽毛に弾かれてしまう。だが、驚かす効果はあったようで黒鷹はグレアムに追撃をかけることなく飛び去った。
だが、グレアムに息つく暇はない。
ドン! バリィン!
ゴーレムの進行を阻んでいた<電撃魔盾>は、度重なる攻撃でとうとう半壊する。
最初に攻撃してきたブラックホークはグレアムの頭上で再三の攻撃に入ろうとし、逃げたもう一羽も戻ってくる。
そして、迷宮の奥から新たに二体のホワイトファング。
(……)
グレアムは自分が追いつめられていることを自覚した。
ゴーレムは雷撃を放つシールドを幻獣の脅威となると考えたのか完全に破壊するつもりのようだ。
(どうする?)
ゴーレムがシールドの破壊を終えるわずかな間に自問する。
(逃げる)
その選択を即座に否定した。
あのストーンゴーレムは本来弱点となる鈍重な体を分裂することで機動性と俊敏性を持たせている。ましてや白狼の足に敵うわけもない。後ろから押し倒されて、牙が首に食い込むかゴーレムに頭を潰されることだろう。<飛行>で逃げても、二羽の黒鷹とゴーレムの両腕が飛んでくる。グレアムは逃走は不可能と判断した。
(リタイアするか?)
右手首の腕輪。そこに嵌められている宝石を押し込むと緊急転移が発動し、迷宮から脱出できるという。だが、その瞬間に実技試験は終了してしまう。
"何者かに試験を妨害された"
そんな主張を受け入れて学院が再試験を実施すると考えるのは希望的観測が過ぎる。
(なら戦うしかない)
「…………ローリー。ピンを打て」
グレアムは決意すると使役する翼竜に命じた。ロードリサーチャーの能力は索敵。特殊な魔力波を周囲に発することで物体を検知する。グレアムは前世でコンピューターや通信機器が接続され応答可能か診断するコマンド:pingを実行する際に"ピンを打つ"と言っていたことから、その言葉をローリーに索敵させる実行命令にしていた。
ローリーから不快の感情が伝わってくる。
(探知したから何だというのか。その結果を素直に貴様に教えてやるとでも思っているのか)
そんか気持ちがありありと伝わってくる。
「いいからやれ!」
再度、強く命令する。
渋々といった感じでローリーが探知魔力波を周囲に展開する。同時にグレアムは<火矢>を放った。狙いはストーンゴーレムでも幻獣でもない。
グレアムが先ほど倒したコカトリス。地面から伸びた蔦に絡めとられ半分地面に埋没していたが、かえって好都合だ。
ドバァン!
<火矢>がコカトリスの毒袋に引火して大爆発を起こす。土砂が巻き上げられた。
ロードリサーチャーの索敵には副次的効果がある。
それは通信妨害。
探知用魔力波がありとあらゆる通信を阻害してしまうのだ。
操る幻獣の数が多い上に強力なゴーレムも使役している。おそらく術者は複数。そして連携している。
それを妨害し、さらに爆発で相手を一瞬でも混乱させることが目的だった。
その理由は、グレアムの本命の攻撃を――何をしたのかを悟らせたくなかったためだ。
そして、グレアムは本命の魔術を発する。
(<魔術消去>)
それは尊敬する師ヒューストームが作り上げたあらゆる魔術を無効化するグレアムの切り札だった。