23 ソーントーン伯爵6
「あー、気分を悪くしないでもらいたいんだかな」
島に着いた直後、リーは屋敷の一室を見回した後、バツが悪そうにソーントーンに話しかけてきた。
「……逃げた方がいい。この島はもうダメだ」
そう語るリーの目は真剣だった。
「……理由を聞いても?」
一方のソーントーンの心はフラットだった。
藪から棒なリーの言葉に驚きも怒りもない。
ただ、何を語るのか興味があった。
「まぁ、そりゃ理由を知りたがるのは領主として当然だがな。正直、俺にもわからん。俺の『危機感知』スキルがそう伝えてくるんだ」
「……なるほど」
「悪いことは言わねぇ。島にいる人間、全員まとめて脱出しろ」
「何を言うか! リー!」
リーの言葉に激昂したのはシャーダルクだった。
「あと一月もしないうちに収穫期だぞ! 収穫祭でこの政策を大々的に発表する予定であるのに、そんなことできるわけがなかろう! 我のーーいや、陛下の顔に泥を塗るつもりか!」
「そうは言っても背に腹は変えられんでしょう」
「何とかならんか?」
ソーントーンはあくまで冷静だった。
「相手がいるんでしたら、戦士の矜持として戦うのもやぶさかではありませんが、なにぶん危機の正体がわからんのでは逃げるしかありますまい」
「黙れ、リー! 貴様、平民の分際で格別の恩寵を賜わっておきながらなんたる言い草! そもそも『危機感知』などと、わけの分からんスキル、あてになどなるものか!」
リーは肩を竦める。シャーダルクの説得は時間の無駄と判断したようだ。
リーはソーントーンを見る。お前はどうするのかと。
「……忠告痛み入る。だが、この島は先祖が北の森から溢れ出る魔物と戦いながら切り開いてきた。おいそれと捨て去ることなどできようはずもない」
「……そうかい。残念だよ」
「ああ、残念だ」
ガッギィィッン!
屋敷に剣戟の音が鳴り響いた。
目にも止まらぬ速さで抜いたソーントーンの剣をリーもまた達人級の速さで抜いた剣で受け止めたのだ。
リーは王国を見限った。それをソーントーンは悟り、悟られたことをリーも悟った。
おそらく、リーは港街に行けば王国を出る船に乗り、二度と戻ってこないだろう。
わずかな期間とはいえ八星騎士として王国の中枢にいたのだ。容易に出奔を許すわけにもいかなかった。
ソーントーンの眉間、首、心臓を狙った三連撃。
それを避け、かわし、受け止めるリー。そしてーー
「ふっ!」
前蹴りの反撃。
ソーントーンに容易に避けられ、出した足を斬りつけられるが、レースガードが防いだ。
そのまま距離を取り相対する二人。
(まずいな)
リーは心の中で呟く。
今の一連の攻防でわかった。
悔しいが剣の腕はソーントーンの方が上だ。
このまま切り結べば殺されるのはリーの方だ。
目の端でシャーダルクの様子を伺う。
突然、始まった刃傷沙汰にわけがわからない様子で佇んでいるがシャーダルクまで参戦してくれば、もう確実にリーが屋敷を生きて出ることはないだろう。
(さて、どうするか)
これほどの危難は四年前のムルマンスク以来だった。