表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
四章 オルトメイアの背徳者
402/441

104 三番目の師 10

今年最後の投稿となります。

皆様、良いお年を!

 昔々、ある国に一人の令嬢がいた。

 その娘は両親から無償の愛を注がれそれはそれは美しく成長した。

 昔々、ある国に一人の魔女がいた。

 その娘は生まれつき顔が醜く誰からも愛されることなく成長した。


『まあ、おばあ様、どうされたの?』


 ある日、道端に蹲る老婆がいた。

 心優しい令嬢は、苦しそうな老婆を見過ごすことができなかったのだ。

 それが醜い魔女の罠とも知らずに。


 その夜、誰もが恋焦がれ誉めそやした令嬢の顔に、誰もが目を背けたくなる醜い痣ができた。

 降ってわいた不幸に両親と使用人達の嘆きの声は、その夜、ついに止むことはなかったという。


 令嬢の両親はその痣を消すために国中から名士を呼び集める。

 魔術師、神官、僧侶、薬師、錬金術師、魔道具師。

 だが、誰もその痣を消すことはできなかった。


 老齢の賢者曰く、その痣は魔女の呪い。

 呪いを解くには年若き男性の愛が必要だという。

 愛の証として、令嬢の顔にできた醜い痣に口づければ呪いは解ける。


 大司教の言葉を聞いた令嬢の両親は手を取り合って喜んだ。

 令嬢を妻にしたいと熱望する貴族や富豪の若者が数多くいたからだ。


 だが、求婚者たちは令嬢の醜い痣に口づけることは誰一人できなかった。


 こんな醜い痣に触れるなど汚らわしい!


 呪いが感染るのでは!?


 呪われた血など我が高貴な血筋にいれられるか!


 呪いが解けなかったらどうする!?

 まさか、そのまま嫁に来るのではあるまいな!


 心無い罵声を浴びせ、一人、また一人と、潮が引くように令嬢の元から去っていき、そして誰もいなくなった。


 再び令嬢の屋敷に嘆きの叫びが轟く。


 だが、その夜も、痣が出た夜も、令嬢は自らの身に起きた悲劇に悲しむことはあれど絶望することはなかった。


 それから一年後。


 とある施療院で、黒いベールを被り熱心に働く一人の令嬢の姿があった。

 令嬢は施療院で、どんなにきつく、苦しく、汚らしい仕事でも進んで務めた。


 醜い痣を得て、誰にも嫁ぐことはできないと悟った令嬢は、誰かのために生きることを選んだ。

 限りなく大きな愛を受けて育った令嬢は、その愛を少しでも誰かに分けたいと願った。

 そう思い日々を生きるある日、大怪我を負った青年が施療院に運ばれてくる。


 もう助からない。誰もがそう思ったが、令嬢の献身的な介護によって青年は一命を取り留める。

 それから半年後、動けるまで回復した青年は、令嬢と共に施療院で働いていた。そしてある日、偶然にも令嬢の顔にできた醜い痣を見てしまう。


『その痣は?』

『魔女に呪われた証です。呪いを解くにはこの痣に口づけが必要なのです』

『私が試してみても?』

『構いませんが、もう一つ条件が……』


 令嬢が言い終える前に青年は顔の痣に口づけてしまう。すると痣はたちまち消え失せてしまった。


 魔女の呪いを受けても人への優しさを失わない令嬢に、青年はどうしようもなく惹かれてしまったのだ。


 驚く令嬢に青年は言う。

『私は隣国の王子。民を苦しめる魔獣退治の旅路で、何とか魔獣を討ち果たしたものの、相討ちとなってこの施療院に運ばれてきたのです。まさかこのような場所で運命的な出会いを果たすとは思いませんでした。どうか私の国に来て、私の妻になっていただけないでしょうか』


 令嬢は驚き顔を赤くしながらも王子の言葉にしっかり頷いた。


 それから数日後、多くの人に見送られ隣国へ旅立とうとする良き日。

 突如、晴れ渡っていた空に暗雲が立ち込め、辺りは闇に包まれてしまった。


『その男をよこせ!』


 令嬢は身震いした。

 闇の中から轟いたその声は、あの日、令嬢に呪いを授けた老婆の声だったのだ。


 王子の体に青白く枯れ枝のような手が無数に伸びる。魔女が王子を連れ去ろうとしているのだ。


 その時、王子が荷物から一振りの剣を取り出して、一閃する。


『ぎぃゃやあああ』


 魔女の悲鳴が轟くと、空は元の明るさを取り戻し、地面には半死半生の魔女がいた。


 魔女に止めを刺そうとする王子を令嬢が押し留める。令嬢は魔女に問いたいことがあった。


『なぜわたくしを呪ったのですか?』

『……』

『わたくしはあなたから憎まれることをしたのですか?』


 魔女は首を横に振った。

『おまえには恨みも憎しみもない』


 令嬢は再度問う。

『ではなぜ?』


 それでも魔女は答えない。

 令嬢の再三再四の問いでようやく魔女は重い口を開く。

『愛されたかった。

 醜いおまえを愛した男なら

 自分も愛してもらえると思った』


 王子は答えた。

『人を呪う者を、私は愛することはできない』


 令嬢は魔女に諭した。

『人から愛されることを考えるよりも、

 人を愛することを考えなさい』


 魔女は嘆いた。

『愛されたことがないから

 愛し方がわからない』


 令嬢は答えた。

『ではまず人に優しくしなさい。

 自分がされて嬉しいことを

 人にしてあげるのです』


 魔女は問うた。

『人に優しくなれば、愛される?』


 令嬢は首を振った。

『残念ですが、必ずそうなるとはいえません。

 そもそも見返りを求める愛は愛ではありません』


 魔女は泣いた。

『そんなの意味ない』


 令嬢は否定した。

『人を好きになります。

 積み重ねていけば愛になります。

 愛し方がわからなくても

 自然に人を愛せるようになります』


 そして、令嬢は王子に魔女の助命を懇願する。


 他ならぬ愛する令嬢の頼みとあらばと、王子は魔女を解放した。

『去れ! 魔女よ!

 そして、二度と我らに前に姿を現すな!』


 魔女がどこへともなく姿を消した後、王子の国に招かれた令嬢は、そこで盛大な式を挙げ、幸せに暮らしたという。


 ◇


「何を読んでいるのだ?」


 夜食を持って現れたソーントーンが、ベッドに寝転がり本を読むグレアムに訊いた。


「これさ」


 グレアムは本の表紙を見せる。そこには『ミレニアム寓話第三集』と滲んだインクで表記されていた。


「聖国の民間説話集か?」


 本を受け取ったソーントーンはグレアムが食事をしている間に軽く読んでみた。


「愛されることよりも愛することを考えろとは、何ともまあ、説教臭い話だな」


「寓話や説話が説教臭いのは仕方ない。仕様だよ」


 それもそうかとソーントーンは納得する。説話や寓話には、道徳的な教訓や人生の真理が直接的に込められている。なるべく短い文章で作者の伝えたいことを読者に伝えるため、物語は意図的に単純化された構造になる。それが説教臭く感じられるのかもしれない。


「でも、この説話はなかなか真理を突いていると思う。人を愛したければ、まず人に優しくしろというのは、その通りだ。人は親切にした人を好きになるからな」


「? 逆ではないか? 人は親切にされた人を好きになるのでは?」


「それは当然なんだが、逆もまたそうなんだよ。不思議なことに、行動と感情を一致させようとする心理が働くらしい。『人に親切にする』=『その人が好き』と頭が勝手に解釈する」


「……一理あるかもしれん」


 かつて助けたドルイド達を思い出す。祖母を失ったあの少女達はエルフの里で元気にやっているだろうか。


「ところで愛し方が分からないといっていた魔女は人を愛せるようになったのか?」


「王子と令嬢の結婚でめでたしめでたしで終わってるからな。魔女がその後、どうなったかは作者の頭にしか、ないんじゃないか」


 それは残念なことだとソーントーンは思った。必ずしもそうなるとは言えないが、人を愛せば人に愛されることもまた真理なのだ。


 人に優しくした魔女が人を愛することを覚え、そして人に愛されるようになれば、それこそ真のハッピーエンドといえないか。


「……何かロマンチックなこと考えてないか?」


「ゴホン」


 ガラにもないことを考えたと少し顔を赤くし、咳払いで誤魔化すソーントーン。


「しかし、なぜこの本を?」


 この『ミレニアム寓話第三集』はオルトメイアの図書館からわざわざ借りてきたものだ。

 試験勉強の息抜きとはいえ、もっと面白そうな本は他にありそうだが。


「ちょっと、この本の作者に興味があってな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ