22 ソーントーン伯爵5
「御用も何もないわ! ソーントーン!」
シャーダルクが目の前にくる。
しばらく見ないうちに随分、白髪が増えたと思う。
「ヒューストームが大規模魔術を使ったという話ではないか!」
「……随分とお耳が早い」
ソーントーンでさえ出立する前に、少し聞いただけの事柄をなぜシャーダルクが知っているのか。
傭兵に金を握らせてヒューストームの動向を見張らせているのかもしれない。
魔方陣の開発もせずに何をやっているのかと呆れる思いを押し隠しソーントーンは言った。
「それが何か?」
「何かではない! 我の"魔力封印"が破られたということだぞ! 由々しき事態ではないか!」
魔術の使用には魔力を必要とする。ソーントーンはヒューストームが魔術行使できないように魔力を封印したのだ。
魔術の威力は魔力量に比例する。膨大な魔力で様々な魔術を行使できたヒューストームは、今はファイアボルトのような初級魔術しか使えないはずだった。
「あやつ、島から脱出を図るやもしれん!」
「それができたらとっくにそうしているでしょう。オーソンの腕と足を直してね」
治癒魔術の"再生"は一瞬で元どおりになるというものではない。数週間、あるいは数ヶ月かけて何度も魔術をかけ、少しずつ再生させていくものだ。
傭兵の報告ではオーソンの腕と足は当初ここに連れてこられたままの状態で、とても"再生"をかけられているとは思えない。
「おそらくは、より効率的な魔術行使方でも編み出したのでしょう。一、二度しか使えないような。特に問題視するようなことではないと思いますがね」
「甘い! 甘いぞ! ソーントーン! 奴は悪魔のように狡猾だ! どんな悪辣な企みを企だているか分かったものではない!」
ヒューストームの才を妬み農奴へと落としたシャーダルクは、ヒューストームに恐怖していた。
完全に敵対した今、自分が妬んだその才が今度は自分への復讐に向けられるのではないか。
そう恐れるシャーダルクは一日千秋の思いでヒューストームの死を願っていた。
「再封印が必要だ。いや、抵抗するなら今度こそ殺さねば。誰が何と言おうとな!」
「それで彼ですか?」
ソーントーンは退屈そうにあくびをしているリーを見る。
「ああ、そうだ。奴にはオーソンがついている。我にも護衛が必要だ。それとも、お前がついてくるか?」
「ご冗談を」
今のオーソンの何を恐れることがあるのか。通常の護衛で十分だ。事情に疎いリーを除けば、他の八星騎士なら馬鹿馬鹿しいと思うはずだ。
「それでお二人を島に連れていけというのですね。私の『転移』で」
ソーントーンが運べる人数は自分を含めて三人までだ。
「そうだ。他の護衛は島の港街で雇う」
ソーントーンは一瞬、断ろうかと考えたが発狂一歩手前のシャーダルクの目を見て諦めた。
こいつにはさっさと魔方陣を開発してもらわねばならない。棺桶に片足を突っ込んでいるとはいえ、王国屈指の魔術師であることは間違いない。
「わかりました。今すぐに?」
ソーントーンは王都にある自分の屋敷に立ち寄るつもりだった。
「当然だろう。時間を置けば奴を利することになるやもしれん」
ソーントーンは王宮に来てもう何度目かわからないため息を押し殺した。
まぁいい。別に誰かが屋敷で待っているわけでもない。妻は何年も前に死んでいる。それ以来、新しい妻を迎える気にもならず、独り身であった。
ソーントーンは兵士の詰所で預けていた剣を受け取ると、シャーダルクとリーを連れ、ブロランカへと転移したのだった。