4 スライム2
スライムが戦いに向かないといっても、それは森に住むスライム――グレアムはフォレストスライムと名付けた――に限った話かもしれない。
そう思い今度は街に住むスライム――タウンスライムに戦わせてみたが、おおよそフォレストスライムと同じ結果となった。
グレアムは失望よりも、こんなに弱くてどうやって生きているんだろうとスライム達を心配してしまう。
そうして研究を進めていくうちに、スライムはスライム達で強かに生き抜いていることが分かってきた。
例えば、タウンスライムは街の中で人間達と共生関係を築いている。
ムルマンスクの街ではゴミを道に直接捨てている。
これはムルマンスクの街が特別なのではなく、この世界ではそれがごく当たり前のことのようであった。
中世のパリのように窓から汚物を捨てるということはないが、ゴミを集めて一箇所に捨てるという考えはないらしい。
一日の終わりにゴミを道路にぶちまける老若男女の姿を街のあちこちで見つけることができる。
であるのに、朝にはゴミは綺麗に片付けられているのだ。
これはタウンスライムがゴミを主食にしているためだ。
最弱で臆病な魔物で人を襲うことがない、その上、ゴミを処理して人の役に立っているため、天敵のいない安全な街の中で生きることができるというわけだ。
そこで新たな疑問が生まれた。
街の中でグレアムはタウンスライムを見たことがない。
いや、昼間に一、二匹、ゴミを体内に取り込んでいる姿を見たことはあるのだ。
しかし、毎日、街から出る大量のゴミを処理できるだけの数のタウンスライムを見たことがない。
街一つ分の量のゴミを処理にするには、それなりの数がいるはずなのだ。
だが、グレアムはタウンスライムをほとんど見たことがない。
一体、昼間はどこに隠れているというのか。
グレアムは配下のフォレストスライムに訊いてみた。
(いない。否。いる)
(どういうこと?)
(△%&ア「・アイ$エア¥mあ#!p)
残念なことに「スライム使役」のスキルにスライム言語理解の効果はないらしい。
グレアムはフォレストスライムの研究と平行して、タウンスライムの観察も始めた。
そしてタウンスライムの驚くべき特性を発見したのだ。
(こいつを使えば孤児院の財政を劇的に改善できるかもしれない)
だが、いくつか課題を抱えている。
すぐには解決できそうもなかった。
(今は目先の問題を解決するほうが先か)
グレアムは森の中の池に、フォレストスライムの一匹をそっと沈めていく。
嫌がっている感じはしない。
池の中にフォレストスライムの生命を脅かす生き物は存在しないのだろう。
比較的安全な街の中で暮らすタウンスライムと異なり、危険の多い森で暮らすフォレストスライムは特に脅威に敏感だった。
危険が近づいてくれば、フォレストスライム達がグレアムに教えてくれる。
でなくては、いくら街に雇われた傭兵が定期的に巡回して魔物を駆除しているとはいえ、一人で森に来て薪拾いなど許されなかっただろう。
しばらく待つと、水に沈めたフォレストスライムの体表から小さな気泡がいくつも浮かび上がる。
それから五分ほどして気泡が浮かび上がらなくなった。
過去に何度か行っている実験だった。
苦しくなれば水から出るように命じているが、出てくる様子はない。
一晩中、水の中にいた場合もある。
ということは、フォレストスライムは呼吸を必要としていない。では、この気泡は何か?
グレアムはフォレストスライムの体表から出てくる気体の正体について頭を悩ませたが、様々な実験の結果、今ではほぼ結論付けている。
ひどく臆病で「逃げる」、「隠れる」を生存戦略とするスライムだが、街と違い森の中では天敵も多い。
逃げることも隠れることもできず追い詰められることもあるだろう。
そんな時、窮鼠の例のようにフォレストスライムも戦う。
どんなに弱くても無抵抗で殺されることだけはない。
この気体は爪も牙も持たないスライムのための武器――そう、フォレストスライムの武器なのだ。
中世のパリで窓から汚物を捨てていたというのは俗説のようです。
そんなことをすれば普通に罰せられたとか。
主人公はこの俗説を信じてしまっています。
ちなみにこの世界のトイレは離れにあって、用を足した後、スライム達が処理してくれます。