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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
四章 オルトメイアの背徳者
399/441

101 三番目の師 9

 少しだけ時間は遡る。


「もしかして、ユリヤ公女殿下ですか?」


 パスローブ姿の美女にグレアムはそう問いかけた。


 一人で入浴に向かい、その後、風呂上りの姿で現れたらそう考えるしかない。たとえどんなに容姿が変わっていても。


(今日の入浴剤にダイエット成分でも入れたのか!?)


 グレアムはパトリク姿のソーントーンに目で訴えた。傷をあっという間に治してしまうヒーリング・ポーションなんてものがある世界だ。短時間で劇的なダイエット効果をもたらす魔法薬とか霊薬とかがあっても不思議ではない。


(いや、そんな成分はなかったはずだ)


 ソーントーンは首を横に振る。ちなみに入浴剤はソーントーンのお手製(!?)だった。


(だが、一部の材料はエルートゥからもらったものだ。もしかすると、その中に)


(!? それだっ!)


 ハーフエルフとはいえ森で生きるエルフだ。摩訶不思議な薬草の一つや二つ、持っていてもおかしくない。あのハーフエルフ、何てことしてくれてんだ!


(安全なんだろうな!? 深刻な副作用とかないのか!?)


「あなたたち、視線だけで会話しないでくれる? 仲いいわね」


「いえ、そんなことはないかと。それよりも、ええっと、殿下。驚かないで聞いてほしいのですが」


「なに?」


「痩せてます。すごく」


「?」


 ソーントーンが気まずそうに鏡を持ってユリヤの前に立つ。自分が用意した入浴剤が想定外の効果を発揮したのだ。見た目は綺麗になっても体の中はどうなっているか知れたものではない。これのせいでユリヤに何かあったら強制帰国、家は取り潰され物理的に首が飛びかねない。


「入浴剤に妙な成分が含まれたものがあったようで」


 グレアムの言葉にポカンとした表情をするユリヤ。


「体調はおかしくありませんか? 学院の治癒魔術師をお呼びしましょうか?」


「……」


「殿下?」


「ぷっ」


「ぷ?」


「あっはははははははははははははははははははははははははははは!」


 ユリヤは腹を抱えて狂ったように笑いだした。


 ◇


「なるほど。事情があって姿を偽っていたことは理解しました」


 傍らにはユリヤがリモートコントロールでリビングルームに運んだ生体魔導人形ルビアスがある。今はちょっと不気味な着ぐるみ人形のようにしか見えないが、中に入って動かせば生きた人間のようにしか見えない。これもウルリーカが協力したのだろうか。色々なものを作っているなと感心した。


(……)


 対面のソファに座るユリヤに視線を送る。彼女は菫色のドレスに着替えて、ソーントーンが入れたお茶を優雅に飲んでいた。


 ……そのドレス、肩が出すぎじゃないですかね。俺もソーントーンも既婚者じゃなければ危なかった。ユリヤは姿を偽っていた理由までは語らなかったが、もしかするとその美貌のせいで嫌なことがあったのかもしれない。とりあえず、容姿については言及しないことにした。


 代わりに話題をルビアスへ。


「少し見ても?」


「? ええ、構わないわよ」


 ちょっとだけ眼鏡をずらしてルビアスを()()


 服は一般的な物のようで肌まで透けて見えたが、コンタクトレンズにどんなに魔力を注いでもルビアスの内部までは見えなかった。X線透視/CT検査装置のようなものがこの世界にあるならともかく、この偽装はちょっとやそっとじゃ見破られないだろうと思った。


(ふむ)


 ある可能性を思い付き、それが実現可能かを沈思黙考する。


「やっぱり、おかしいわ」


(今のあなたの姿ほどではありませんよ)


「? 何か言った?」


 深く考えすぎてユリヤの呟きに危うく何も考えずに返しそうになってしまう。


「いえ何も。……これは?」


 いつの間にかユリヤが黒板に何かを書きつけていた。


「前回試験の成績よ」


「なぜそんなものを?」


「はぁ!? 忘れたの!? レイバー・ロールと次の試験で対決することになったでしょ!」


 そうでした。ユリヤの名誉と真実を賭けてレイバーと試験成績で対決することになったのだ。あまりにも衝撃が大きくて、ちょっと忘れていた。


「ええ、覚えてます。ただ……」


「ただ?」


「……いえ、何でもありません」


 その姿でレイバーの前に出れば何もかも解決するのではないかと、ふと思ったが容姿について言及しないと決めたばかりなので何も言わないことにした。


「それより何がおかしいのですか?」


「これよ」


挿絵(By みてみん)


 総合順位順に成績を並べたユリヤは「研究論文(400)」の列を赤いチョークで囲んだ。


「1位と2位の差が大きすぎるのよ。2位以下はそれほどでもないのに」


 レビイ・ゲベルとして提出したグレアムの「研究論文」の点数は389点。一方、2位のアルベールの点数は302点とその差は87点。アルベールには「実技試験」と「授業態度」で負けているので、グレアムが1位となった要因のすべてが「研究論文」にあるといっても過言ではない。


「それにアルベール殿下の点数が低すぎるのもおかしいわ。過去の成績を見ても360点以下を取ったことなかったのに。……もしかすると、調整が入ったのかもしれない」


「実技のようにですか?」


 オルトメイアの試験では最高得点内に収まるように配点が調整されることがある。例えば実技試験でミノタウロス一体の討伐には本来40点が与えられるはずが、20点になるといった感じだ。ティーセが前回の実技試験で魔物を大量に倒しまくったせいで実技試験に調整が入り、結果、全体の平均が下がってしまった。


「ええ、きっとあなたが400を超える点を取ったから。あなた、一体、どんな論文を提出したのよ」


 提出した研究論文は採点後、すぐに返却され公開されない。未熟な学生が書いた論文などたいした価値はないというのもあるだろうが、ごく稀に公開されると困るケースがあるからだ。例えば、代々魔術を生業とする家の秘伝の魔術式をうっかり含めてしまったりなどだ。他人の研究論文を読むなら本人に直接、交渉するのが原則だ。


 とはいえ、他人がどんな研究論文を書いたかわからなければ交渉も何もない。なので成績と一緒に研究論文のタイトルも公開される。


 例えば、ユリヤの研究論文のタイトルは『進化型魔物の攻撃行動と討伐戦略Ⅰ:"マンハント・スーパースター"の危険度評価』。

 アルベールは『ミュー波動現象を用いたフレキシブル光散乱型偏向制御魔術素子の基礎特性に関する研究8』だ。


 他にも、

『単純適応制御のGシータ可変調整則に関する研究3』

『需給制限を可能とするインバータ魔術制御方式の検討Ⅱ』

『<視力増加(ビジョン)>による像倍率変化を考慮した距離推定』

『自立移動式ゼロエネルギーゴーレムにおける魔力供給システムの検討13』

『大気圧プラズマ処理による飛行魔術式の品質に関する研究4』

と、なかなか頭良さそうなタイトルが並ぶ。


 それに対しグレアムの研究論文のタイトルはシンプルに『スライム幻獣論』。長年、魔物と思われていたスライムが実は幻獣である根拠を示し、なぜそのような誤解を受けるに至ったかを考察した内容だ。


 ちなみにその根拠とはグレアムがジャンジャックホウルにいた頃に金と権力を湯水の如く使い行った実地調査(フィールドワーク)だ。専門家達による検証と査読(レビュー)も受けているので内容に間違いは無いと思う。


「よければ見せて」


「私の『スライム幻獣論』をですか? まぁ、構いませんが……」


 公開して困るようなことは書いてないはずだ。というか、なぜこれが調整が入るような高得点を取れたのか、次回の試験のためにも知りたい思いがあった。ユリヤに見せてそれがわかるなら見せるのもやぶさかではない。


「……」


 うっ!

 ソーントーンの視線が痛い!

()()()()使役】のグレアム・バーミリンガーに繋がるようなことを研究論文として提出するなんて、何考えてんだこいつとか思ってそうだ。

 だが許せ。これには深い理由があるのだ。


 寝室に保管していた論文を持ってきてユリヤに渡す。そんなに長くないし読み解くのに資料が必要なほど複雑なものでもないので20分程度で読み終わるだろう。


 待ってる間、暇なので黒板に書かれた成績を見てみる。まぁ、今回1位を取れたのは偶然だろう。1位にこだわらず、今回はレイバーに勝つことを主眼にする。


(実技が危ういか)


 前回の実技試験はジョスリーヌの討伐点数が、たまたま近くにいたグレアムに入ってしまったための点数だ。グレアムの今の実力によるものではない。しかも次の実技試験の場所はレイバーに有利な少しやっかいな場所だ。対策を考える必要がある。


 そして、もう一つ気になるのが「授業態度(100)」だ。


「……もしかして、学生自治会(ブルーガーデン)の役員には無条件で50点が与えられるのでしょうか?」


「ええ、そうみたいね」


 ユリヤが論文から目を離さず答える。ならば、きっと王族には無条件で90点が与えられるのだろう。理不尽だとは思わない。自治会運営への報酬みたいなものだろう。王族への忖度として90点は高すぎる気もしなくはないが、子供の頃から厳しい教育と礼儀作法で躾けられた報酬と考えれば納得できる。王族は外交の要なんだから。


 ……。ソーントーン。そんな目で見るな。

 別に無理矢理納得しているわけではないぞ。

 ないったらないってば!


 ガッシャーン!


 その時、盛大に破壊音を響かせ部屋の窓から何かが飛び込んできた。


「ちょっとレビイ! レイバー・ロールと神前決闘するって聞いたんだけど!」


 背中に妖精の羽を生やしたティーセだった。

 破壊された窓のガラスと木片が部屋に散乱する。

 ……礼儀作法?

 すまん。やっぱ忖度クソだわ。

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