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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
四章 オルトメイアの背徳者
397/441

99 傾国の美姫 7

※ユリヤ視点


 レイバー・ロールからの婚約破棄に、いわれのない誹謗中傷と前の世界の記憶を頼りに苦労して作り上げたジョスリーヌ型生体魔導人形の破損。そして、レビイの決闘騒ぎに月末試験対決。あげくのはてには内部の裏切りときた。


 色々ありすぎて一人で考えたくなったユリヤはレビイに風呂を所望した。"ルビアス"――着ぐるみ型生体魔導人形――の中も汗でベタベタだった。


 プシュー


 風呂に案内され人の気配が十分に遠ざかったことを確認したユリヤはルビアスを解除する。魔精油の循環と幻影魔術が停止されたルビアスは生気を失い人形のような見た目と質感に戻る。その後、ルビアスの頭が大きく後ろに反り返ると、パカリと首元が開いた。


 腰まで届く黒曜石の光沢を連想させる深みのある黒い髪。対称的に肌は月の光を浴びた雪のように白い。少し切れ長の眼に長い睫毛、高い鼻梁に桜色の唇が、その小さな面積に奇蹟的なバランス比率で配置されている。もう少し齢を重ねれば妖艶さも加わり、前の世界で得た"絶世の美女"の名声をこの世界でもほしいままにするだろう。


 ユリヤが魔道椅子から立ち上がると、ドサリと重い音を立ててルビアスが膝の下まで落ちる。全身を晒したユリヤの体は薄衣に包まれ肢体はスラリと細い。ルビアスの内部に収めたポーチから髪留めを取り出して適当に髪をまとめてから、薄衣のまま体を湯気立つ風呂に沈めた。


「ふぅ。…………………………」


(ダメだ。何も考えられない)


 湯が気持ちよすぎる。レビイの用意した風呂は浅黄色に濁ってよい香りを放つ。バスタブは宿舎のものより小さく、湯につかるには足を曲げねばならなかったが、足先まで十分に温まった後、足をのばして踵を(へり)に置くには丁度よいサイズだった。


 そうして首も後ろに倒して縁に預けると、もう風呂の気持ちよさを味わう以外に何もできない。ユリヤは諦めて考えるのを止めた。


 風呂を十分に堪能したユリヤは再びルビアスを纏おうとしたところで悪戯心が涌いた。


 この姿をレビイはどう思うだろうか?


 自分の容姿に自覚はある。ジョスリーヌ曰く、"喋らなければ人類史上屈指"という美貌は、不本意ながら三人の男を狂わせて国を傾けたほどなのだから。


「……」


 "面倒なことになったらどうするの。やめなさい"


 そう思いつつも、なぜか体はバスローブを纏い浴室から出てしまう。リビングルームの方から話し声が聞こえてきた。


『――王族を裏切る――でしょうか? あまりに恐れおおく、とても信じられません』


 レビイは執事のパトリクに昼間のことを話しているようだった。裏切りを信じられないパトリクは誠実な人間なのだろう。だが、手ひどい裏切りを経験したユリヤにはそういこともあるだろうと納得してしまう。


『金に困ってるとか、脅されているとか、滅多に外に出られないオルトメイアにうんざりしているとか、動機はいくらでも考えられる』


 パトリクが戻ってくる前、レビイはユリヤにこう説明していた。

「機会」「動機」「正当化」

 この三つが揃ったときに人は不正をするのだと。

「機会」とは、不正行為の実行を可能または容易にする環境。

「動機」とは、不正行為の実行を欲する主観的な事情。

「正当化」とは、不正行為の実行を積極的に是認する主観的な事情。


 とある国の学者が提唱した「不正のトライアングル」というらしい。不正行為を生む三つの根源。逆に不正行為の発生はこれらを減少させることで抑えられるという。


『不正する動機なんて、人に心がある以上、どうしようもありませんよ。裏切り者が悪いのは当然ですが、生体魔導人形を公国の人間なら誰でも持ち出せるような機会を与えてしまった公国上層部の責任でもあります。……まぁ、今の私が言えた義理ではありませんが』


『最後のは何が言いたいのかよくわからないけど、要は私の責任だといいたいわけね』


『責任の一端はあるかと』


『ホント、言ってくれるわね。不敬罪とか恐れないの?』


『恐れぬわけではありませんが、諫言もまた臣下の務めと思っていますので』


『……いいわ。認める』


 確かに、ルビアスに収めた自分の姿ほどにはジョスリーヌの生体魔導人形について、あまり秘密にしなかった。メンテナンスのために使用人達の前でジョスリーヌを解体したこともある。身の回りの世話を人形に任せるユリヤを(実際には人形を遠隔操作して自分で行っていたのだが)魔術師でない彼らはどう思ったことだろう。


 ともかく、不用意なユリヤの行動が今回の裏切りに繋がっているのだとしたら、確かにユリヤにも責任がある。


 では――公国が滅んだときは?


(機会はわかる。三十万の王国軍が公国に迫っていた。主要な戦力は国境の要塞に集められ公都の守りは薄くなっていた)


 事を起こすには絶好の機会だったのだ。


(では動機は? あの三人は――)


 ゾワリとユリヤの背中に震えが走った。ユリヤを見つめる三人の目つきを思い出して怖気立つ。ユリヤの精神的外傷(トラウマ)は深刻だった。


(やっぱり、やめよう)


 もし、あの目がレビイからも向けられたら、ユリヤはどうすればいいかわからない。ルビアスを纏おうと浴室に戻ろうとしたところで、レビイの声が聞こえてきた。


『それに、殿下は初対面の人間にいきなり魔術をぶっ放すような人だからな。人望はないと思う』


(はぁ!?)


 ルビアスを纏った姿で初めてレビイと謁見した時のことを言っているのだとわかった。そして、(ユリヤ)に人望が無いことが不正が行う正当化だと?


「失礼ね!」


 怒りで思わずリビングルームへと続く扉を開いてしまった。


「あんなこと、あなた以外にしたことないわよ。あなた、他国の高位貴族の息子を試験とはいえボコボコにするヤバい奴だと思われていたのよ。……いや、それは今もか。ともかく、あなたが危険な存在か早急に見極める必要があったのよ。王族の私にまで敵意を向けてくるような狂犬なら即座に帰国させるつもりだったわ。……聞いてる?」


「………………あの、誰ですか?」


(……あ)


 レビイのポカンとした表情を見て、やらかしてしまったことにユリヤは気づいた。

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