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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
四章 オルトメイアの背徳者
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96 三番目の師 5

●ユリヤ・シユエ

 シユエ公国の第一公女。スキルは【完全記憶】。月末試験の実技において第四位。総合第四位。グレアム曰く、『ヒューストームに匹敵する大魔術師』。見た目はジャ〇・ザ・ハットだが……


●レイバー・ロール

 学生自治会ブルーガーデンの役員。"騎聖"タイバーの令息。銀髪に浅黒い肌。下級竜の暴君竜を使役する。ユリヤの婚約者だったが婚約破棄を宣言した。レビイ・ゲベル(グレアム)に決闘を申し込まれる。


●アルベール・デュカス・オクタヴィオ

 学生自治会ブルーガーデンの会長。聖国の王太子。金髪緑眼。ハイ・グリフォンを使役する。【勇者】スキルを持つ?


●リンゼイ

 男爵令嬢。ユリヤを嵌めた?


●ジョスリーヌ・ペタン

 ユリヤの付き人。生体魔導人形。本体は公国で全身凍結中。禁術のフレッシュ・ゴーレムではないかと疑われている。

『ちょぉぉっと待ったぁぁあ~!!!』


 グレアムに生死を賭けた神前決闘を申し込まれたレイバーが、その承諾の証となるグローブを拾いあげようとした瞬間、空から制止の声が降り注いだ。


 ドッォオオン!


 続けて何か重いものが石舞台に激突する。


 それはビア樽体形の中年男性だった。


「ち、父上!」


 レイバーが叫んだ。


(父? では彼が"騎聖"タイバー)


 今日のこの時間は本来、タイバーの特別授業が予定されていたが彼の都合で中止になっていた。


 特別臨時講師であるタイバーは両手を腰の後ろに組み、降り立った場所から直立不動の姿勢を取っていた。整えられた銀短髪に丸眼鏡、一般的な貴族服で身を包んだ彼は、とてもそうは見えないが敵の返り血で自分を燃やす炎を消火したというエピソードを持つほどの猛将だ。


「父上!」


「ちょっと待って。飛び降りたから足がしびれちゃって」


「「「「「……」」」」」


 ……猛将だ。たぶん。


「とりあえず、ボクのしびれがとれるまで何があったか聞かせてもらえるかな。"神前決闘"とか物騒な単語が聞こえてバカ息子が手袋を拾おうとしているのが見えたから止めたんだが」


「では私が」


 アルベールが名乗り出る。


 発端はレイバーが突然、ユリヤとの婚約破棄を宣言したこと。理由はユリヤがリンゼイを虐待し、さらに禁術である人間の死体を素材に使用するフレッシュ・ゴーレムを製造していたことによるものだという。

 ユリヤはその事実をすべて否定。いざ論戦を繰り広げようとしたところで、レビイ・ゲベルがレイバーに決闘を申し込んだ。


 アルベールが事の経緯をタイバーに伝えている間に、グレアムは自分の肩掛けローブを真っ二つにされたジョスリーヌの頭部にかけ、上半身を抱き上げた。


「んっ!?」


 その瞬間、背後のユリヤが奇妙な声をあげる。


「ちょっどこ触って……。それ置い――」

「む? 待ちたまえ!」


 ユリヤが何か喋っている途中でタイバーが割り込んできた。


「話を聞くに、それはユリヤ殿下が禁術を行っていたかどうかを示す重要な証拠だ。置いておきたまえ」


 タイバーが指し示したのはグレアムが抱えるジョスリーヌだ。


「お断りします。この生体魔導人形には我が国の機密情報が詰め込まれている。いかに貴国と言えど、解析を許すわけにはいきません」


 ウルリーカの作った魔道具を易々と聖国に渡すわけにはいかない。


「それにこれは殿下の大切なご友人の姿を象ったもの。いかに殿下の無実を晴らすためといえど、年若き令嬢のあられもない姿を衆目の眼に晒すなど、許されることではありません」


「まぁ、確かに」


 タイバーがユリヤに視線を送ると、ユリヤはなぜか苦しそうに俯きコクコクとグレアムの言葉を肯定していた。


「ふむ。それで"神前決闘"か。

 嫌疑をかけたバカ息子に決闘を挑み勝利することで殿下の名誉を回復しようと……。

 うむ!

 見上げた忠心! ――ではあるが、それを認めることはできん」


「そ、そうだ! 俺はロール家の嫡――」


「黙りなさい」


「……」


 タイバーが一睨みでレイバーを黙らせる。


(っ!)


 その瞬間、グレアムの背筋に冷たいものが走る。

 丸眼鏡の奥から光った瞳はまるで爬虫類が獲物を狙うかのよう。他人事ながらゾッとした。


(なるほど。猛将)


 グレアムはタイバーに得体の知れない怖さを感じた。少なくとも見た目に騙されて侮っていい存在ではない。ジョスリーヌを抱える腕に無意識に力が入った。


「んっぁ!」

「レビイ君。君はこの学院の理念を知ってるかね?」


 背後で奇妙な声が聞こえた気がしたが、油断ならないタイバーとのやり取りを優先することにした。


「理念?」


「オルトメイアは研究機関であると同時に教育機関でもある。

 学生をどのような人間に教育しようとしているかと言い換えてもいい」


 タイバーが訊ねているのはディプロマ・ポリシーというやつだろう。学院を卒業するときにどのような能力や知識が身についているか、どんな人材となっているのかを具体的に示したものだ。


 現代日本の医科大学ならば「医療人として必要な知識・技能を習得し、患者中心の医療を実践できる能力を持つ」とか、国際関係の学部なら「国際社会の動向を理解し、グローバルな視点から問題解決に取り組める能力を持つ」とかだ。


 余談だがアドミッション・ポリシー(入学者受入方針)というのもある。現代日本ならば「論理的思考力、コミュニケーション能力、そして社会貢献意欲の高い学生」などがあげられるだろう。オルトメイア魔導学院のアドミッション・ポリシーは「魔術が使える、もしくは使える可能性がある」だ。


「……魔術分野における高度な専門知識と研究能力を有して、自国の発展に貢献できる能力を持つこと、ですかね?」


 グレアムは前世の知識を参考に適当に構築してみた。


「概ね間違っていないが、オルトメイアの教育理念には、もう少し具体性がある」


「それは?」


「オールラウンダー」


 ピシリとタイバーは人差し指を立てた。


「複数の分野で高い能力を持つのが理想だ。

 攻撃しかできない。

 守りしかできない。

 補助しかできない。

 治癒しかできない。

 魔道具しかつくれない。

 研究しかできない。

 勉強しかできないなど、もってのほかだ。

 専門バカはそうじて役に立たない。戦場に立たせればすぐ死ぬ。

 象牙の塔にこもっていても必ずしも安全とはいえないのが世の理だ」


「……」


 タイバーの言葉は納得のいくものだった。戦争は常に起きているし、魔物もいつ襲ってくるかわからない。その時、周りに頼りになる味方がいるとは限らない。自分の身を守り、怪我をした時に失血死しない程度に癒せる能力が必要だ。学院で剣を学ばせるのは、不意の襲撃に対する自衛のためでもあるという。


「だから、オールラウンダー」


「そう。例えばこれから君たちはパーティを組んでダンジョンに潜ることだろう。浅層ならともかく深層まで潜って回復役がやられた場合、もしくはタンクとなる前衛がやられた場合、そのパーティが無事に戻ってくる可能性は低い。

 せっかく魔術という何でもできる力があるのだ。魔術で自己強化して剣を振るってもいい。攻撃、守り、補助、治癒、これらの魔術をまともに身につけずにダンジョンに潜るなど、私から言わせれば怠慢でしかない」


「……」


 概ね同意だ。研究職を希望する学生までオールラウンダーである必要があるかは甚だ疑問だが、危険なこの世界では最低限の魔術を身につけておいて損はない。このオルトメイアにだって不届き者がいつ侵入するとも限らない。自分達のような……。


「だが、こういった教育方法には大きな欠点がある。何か分かるかね?」


 もちろんグレアムは気づいている。


 魔術陣で習得は容易でも使いこなせるとは限らない。

 何でもできる人材は限られるのだ。

 習得しても、器用貧乏になりかねない。


 グレアムがそう答える前にダイバーは悲哀を込めた声で答えを叫んだ。


「金がかかるんだよぉ! すっごくね!」


「……」


 結構、現実的な問題だった。


「君たちの日々の生活費に加え、参考書、魔道具の素材、魔杖だって消耗品だ! 多くの分野で教育を施そうとすれば時間はかかり、当然、費用も増えていく! そうして金をかけて育てた人材を、どちらかが必ず死ぬ決闘で簡単に失わせるわけにはいかないんだよ!」


「はぁ」


「ましてやこれを切っ掛けに神前決闘がオルトメイアで慣例化したら最悪だよ! ただでさえカツカツの財政状況、大金をかけて育てた人材を学生同士の諍いなんかで毎年失ったら目も当てられない!」


 タイバーの猛将のイメージが崩れていく。武器よりソロバン持たせた方が似合う気もしてきた。


「とはいえだ。

 ここまでこじれてしまえば決闘とはいかないまでも、どこかで決着をつける必要はあるとボクも思う。

 どうだろう?

 ここは学生らしく、次の月末試験で雌雄を決するというのは?」


「私とレイバー殿との試験成績対決ということでしょうか?」


「うむ」


 "まあ、そこが落としどころだろう"とグレアムも思っていた。グレアムはウルリーカ製の魔導人形を壊されたことで怒っていたが、本気で神前決闘をする気はなかった。アルベールがその落としどころを提案してくれることを期待していたのだが、彼は狼狽えるだけだったのでタイバーが代わりに提案してくれて助かったとすら思っている。


「わかりました。それで殿下の潔白が証明されるならば。殿下もそれでよろしいでしょうか?」


 背後を振り返ると、やはり苦しそうに俯いていた。どこか具合でも悪いのだろうか。

 まあ、グレアムの質問に手をあげて同意を示したので、命に別条なさそうだが。


「ちなみに実技試験でしょうか。それとも総合成績で決めるのでしょうか」


「そうだな。それは勝負を挑まれたバカ息子に決めさせるか」


「ええ。それで構いません」


「実技――、いや総合だ! 総合成績で決着をつける!」


 今まで黙っていたレイバーが我が意を得たりとばかりに叫んだ。


「ふむ。確かお前の実技は七位、総合は八位だったはず。実技五位、総合一位のレビイ君と競うなら実技だけのほうが勝ち目があるのでは?」


「ご安心ください父上! レビイ・ゲベルの化けの皮は既に剥がれています! 一位どころか上位をとることなど、ありえません!」


「ふむ。まあいいだろう。

 それではアルジニア聖国枢機卿タイバー・ロールの名において、この勝負を承認する!

 そして、この勝負の結果をもって真実の証明とする!」

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