95 三番目の師 4
●ユリヤ・シユエ
シユエ公国の第一公女。スキルは【完全記憶】。月末試験の実技において第四位。総合第四位。グレアム曰く、『ヒューストームに匹敵する大魔術師』。見た目はジャ〇・ザ・ハットだが……
●レイバー・ロール
学生自治会ブルーガーデンの役員。"騎聖"タイバーの令息。銀髪に浅黒い肌。下級竜の暴君竜を使役する。ユリヤの婚約者だったが婚約破棄を宣言した。レビイ・ゲベル(グレアム)に決闘を申し込まれる。
●アルベール・デュカス・オクタヴィオ
学生自治会ブルーガーデンの会長。聖国の王太子。金髪緑眼。ハイ・グリフォンを使役する。【勇者】スキルを持つ?
●リンゼイ
男爵令嬢。ユリヤを嵌めた?
●ジョスリーヌ・ペタン
ユリヤの付き人。生体魔導人形。本体は公国で全身凍結中。禁術のフレッシュ・ゴーレムではないかと疑われている。
※グレアム視点
グレアムは前の"上級剣術"の授業で使用し上着のポケットに突っ込んだままであった革のグローブをレイバー・ロールに向けて投げつけた。
「……何のつもりだ? レビイ・ゲベル」
下級貴族に侮られたとでも思っているのだろうか。レイバーは不快の感情で顔を引き攣らせていた。
それを見てグレアムは安堵する。昔、"勇者"と呼ばれた人物が決闘の申し込みに相手に手袋を投げつけたことが広まったと言われているが、使う手袋は白とされていたはず。茶色の革のグローブが代用になるか、投げてから気づいた。外国の留学生が意味不明な行為をしたと思われたならともかく、求愛行為とかの意味があったら目もあてられない。
だが、レイバーの様子を見るに革のグローブであってもこれを投げつける行為がなんらかの侮辱行為にあたることには間違いなさそうだった。
ならばと、グレアムは石床に落ちたグローブを指差した後、クィックィッと上に向ける。投げられた手袋を拾い上げ相手に投げ返すことで決闘を受け入れることを意味すると、例の勇者のエピソードで伝えられている。
「その意味が、わかっているのか?」
「っ!? よせ、レイバー! 拾うな!」
床からグローブを拾おうとしたレイバーをアルベールが制止する。どうやら、決闘の受諾方法も間違いはないようだ。
レイバーの代わりにアルベールがグローブを拾いあげると、それを持ってグレアムに近づいてくる。
「……どういうつもりかな?」
その声音に責めるものは感じられない。ただ、困惑し理由を知りたいといった様子だった。
だが、理由を説明したくともグレアムは言葉を発することができない。ユリヤから一言でも何か言えば帰国命令を出すと言われているのだ。それは非常に困る。隣のユリヤに視線を向けると、彼女は口を半開きにして上を向いていた。
(……意識を失っている?)
錯覚だろうか。口から魂のようなものが半分出ているように見える。
「――はっ!?」
グレアムがトントンと肩を叩くとすぐに意識を取り戻す。そして、即座にグレアムの胸ぐらを掴んだ。
「あ・ん・た・わ、何考えてんの!?」
ユリヤはひどくお怒りのご様子だった。
「実家をつぶしたいの!? 勝っても負けてもゲベルはお取り潰しよ!」
決闘は名誉や権利を守るための重要な手段とされている。負ければユリヤの名誉を貶めたとして責任を取らされ、勝っても聖国との力関係から公国の媚聖派によって詰め腹を切らされる可能性がある。
ゲベル家のお取り潰しは別に構わない。随分とあくどいことをしているようだし。ゲベルを公国攻略の足掛かりにしようとしているヘリオトロープは怒るかもしれないが、まあ、自分にゲベルの名を使わせた時点で想定内だろう。
(あいつのことだ。攻略の切り札がゲベル一つのわけないだろうし)
ヘリオトロープへの借りがまた一つ増えるだけである。返せるかはわからないが。
「ええ、どうなの!? 何かいいなさい!」
発言の赦しが出たと解釈したグレアムは、まずはユリヤを宥めることにする。
「落ち着いてください、殿下」
「セバスティアン・シーレの件といい、あんたは高位貴族の息子に恨みでもあるの!?」
「臣下の末席に連なる者として、殿下への侮辱行為をこれ以上、見過ごすわけにはいかなかったのです」
もちろん嘘である。そもそもグレアムはユリヤの臣下ではなく、そう偽っているだけだ。では、なぜレイバーに決闘を申し込んだかというと――
「だからといって決闘なんて申し込む必要ないじゃない! まずは私の潔白を証明して――」
「僭越ながら、それは悪手かと」
「え?」
「殿下は既に詰んでいます」
推測だが間違いない。この状況をどうにかするには大胆な手で盤面をひっくり返すしかないと思った。とはいえ、その手はグレアムにも大きなリスクがある。グレアムにユリヤを助ける義理がそれほどあるわけでもないので経過を見守ってもよかったのだが、レイバーに対し腹に据えかねるものがあった。
「……」
「とりあえず、ここは私にお任せください」
「……あとで説明しなさい。納得いくものじゃなかったら、強制帰国よ」
ユリヤの最後の言葉が聞こえなかったフリをして、グレアムはレイバー・ロールに対峙した。
「ユリヤ殿下への数々の侮辱行為、許しがたい」
「侮辱というがな。リンゼイ嬢がユリヤに虐待を受けていたのは事実だ」
「殿下はそれを否定している」
「いいや真実だ。なぜなら――」
「所詮、水掛け論だ。リンゼイ嬢が殿下に虐待を受けていたか――証拠も証人もなければどうしようもない」
レイバーに主導権を握られたら終わる。グレアムは強引に自身の主張を続けた。
「いや、だから――」
『そこで、マーニにその是非を判断してもらう!』
グレアムは<拡声>でそう宣言した。
『神前決闘だ! マーニの前で真実をつまびらかにする!』
「「「!!!???」」」
神前決闘――文字通り神の前で行われる決闘で、神は正しい者に味方するという信仰に基づいて争いの解決を図る一種の裁判だ。
神前決闘を申し込まれたレイバーは茫然とし、アルベールは狂人を見る目つきだ。そしてユリヤは――
「阿保っぉーーー!!!」
叫んだユリヤは再びグレアムの胸ぐらを掴んだ。
「何考えてんのっ!? 何考えてんのっ!? 何考えてんのっ!?」
「落ち着いてください、殿下」
「これが落ち着いてられますか! 神前決闘はどちらか必ず死ぬのよ!」
治癒魔術やヒーリング・ポーションがある世界である。通常の決闘ならば、よほどの傷でもなければ死ぬことは滅多にない。
だが、神前決闘となれば話は別だ。敗者は必ず死ぬ。偽りを述べて神を冒涜したとみなされ、決闘で生き残ったとしても処刑されるのが一般的だった。
「望むところです。ご安心ください。神は常に正しき者の味方かもしれません」
「そこは断言しなさいよ。……ダメよ。そんなの認められない。あなたにそんなことをさせるくらいなら虐待を認めてリンゼイ嬢に謝罪するわ」
グレアムはそこでユリヤを見直した。自分の名誉よりも部下を守ることを優先する。それは簡単にできることではないと思った。名誉を重んじる王侯貴族ならなおさらだ。
(これは、本当に冤罪かも)
ユリヤがリンゼイを虐待していたかどうかなどグレアムにはわからない。
だが、ユリヤを信じてもいい気になってきた。
「殿下が認められなくても、すでに決闘の申し込みは済んでいるのです。
あとはレイバー殿がそれを受けるかどうかだけです」
グレアムはもう一つのグローブをポケットから取り出して、再度、レイバーに投げつける。石床に落ちたそれをレイバーは拾うでもなく、青い顔をして彫像のように固まっていた。
レイバーの心情を推測する。決闘を受けないという選択肢はない。拒絶すれば、レイバーの名誉は著しく失墜する。だが、万が一にも負けるわけにはいかない。負ければ死だ。勝てるのかと、さぞ苦悩していることだろう。実技試験五位という数字が重くのしかかっている。しかも、何の因果か、その順位はレイバーが切り裂いたジョスリーヌの姿を象った生体魔導人形の協力によって得たものだ。その虚像の数字がレイバーを追い詰めていた。ユリヤを追い詰めていたはずなのに。
グレアムは怒っていた。
冷たい石床に真っ二つになって転がったままのジョスリーヌの生体魔導人形。ユリヤによればそれはウルリーカの協力を得て作り上げたという。ならばそれは半ばウルリーカの作品でもある。
グレアムは知っていた。ウルリーカがどれだけの努力をして「天才」魔道具師となったかを。彼女と会う時、彼女は常に綺麗に着飾っているが、普段の彼女は寝食も忘れてボロボロになるほど、魔道具の研究と開発に勤しんでいる。メイドのジェニファーによれば、幼いころからずっとそうだったという。
そんなウルリーカの努力の結晶を無残にもボロボロにされて、許せるほどグレアムは心が広くなかったのだ。
ザワザワ
周囲のざわめきが大きくなっていく。そのざわめきに突き動かされるかのようにレイバーはノロノロとグローブを拾いあげる――
『ちょぉぉっと待ったぁぁあ~!!!』
その前に、上空から制止の声が響き渡った。