86 三番目の師 1
●ティーセ・ジルフ・オクタヴィオ
"妖精王女"。【妖精飛行】スキルを持つ。王国からオルトメイア魔導学院に留学中。妖精剣アドリアナを所持していたがグレアムを助けるため破損、消失。月末試験の実技において第一位。総合第三位。
●アルベール・デュカス・オクタヴィオ
学生自治会の会長。聖国の王太子。月末試験の実技において第二位。総合第二位。
●バルドー
筋骨隆々の大男。聖王家の特別推薦枠で入学。月末試験実技において第三位。弓王?
●ユリヤ・シユエ
シユエ公国の第一公女。月末試験の実技において第四位。総合第四位。見た目はジャ〇・ザ・ハット。
●ジョスリーヌ・ペタン
ユリヤの付き人。魔道具で武装した白カバ、白ゾウ、白サイを使役する。
『奇妙な縁から自分は三人の師を持った。一人は言わずと知れた大賢者ヒューストーム――魔術の師。三年にも満たない短い期間でありながらもブロランカで彼に師事できたことは、望外の喜びであり幸運だったと(中略)
二人目の師についてはまったくの想定外であり、望んで師事したわけでもなかったのだが、彼の教えがなければ生き延びることができなかったことは間違いのない事実である。はなはだ不本意ではあるが。グスタブ=ソーントーン。王国で"剣鬼"とも"王国最強"とも言われた男。自分にとって姉に等しい恩人を誘拐した一人でありながら(中略)
そして最後の一人は、これまた思いもしなかった存在だった。それは――』
「グレアム著『聖国回顧録』より抜粋」
◇
早朝の稽古の前と後に食べた補食に、朝食もしっかり摂ったグレアムは待ち合わせていたティーセと学舎へ向かう。その途中でティーセは前を歩く筋骨隆々の大男に声をかけた。
「おはよう、バルドー!」
声をかけられたバルドーは足を止めてこちらに振り返る。両手に剣と棍棒を持って魔物の群れの中を暴れまわりそうな(失礼)無骨なイメージの大男は、視線を合わせて軽く頷いた。
「知り合いか?」
「ええ。同じ精霊魔術を受講しているの」
「精霊魔術師なのか!?」
「彼、すごいのよ。無詠唱で風の精霊を呼び出せるの」
「そ、それはすごいな!」
ソーントーンが精霊魔術を使っている姿は何度か見たが、無詠唱で使ったことは一度もない。
人は見た目によらないなとグレアムは思った。
「バルドーだ」
グローブのような大きな手を差し出してくる。無愛想だが社交的な人物のようだ。
「レビイ・ゲベルだ。よろしく」
「いつぞやの森での戦いは見事だった」
「……」
"森での戦い"と言われれば思い当たることは一つしかない。かつて、グレアムはセバスティアン・シーレが送りこんできた刺客と森の中で殺し合いをした。魔眼を駆使する正騎士に、グレアムは辛うじて勝利した。
だが、刺客と戦った場所は学院からかなり離れた場所だった。周囲に人がいなかったこともソーントーンが確認済みだ。どこから見ていたというのか。グレアムはとりあえず、すっとぼけることにした。
「何のことだ?」
「……すまない。見間違いだったようだ」
「? 何のこと?」
「もしかすると朝の稽古のことか? 俺は毎朝、執事のパトリクと森の中で剣の稽古をしてるんだ」
「パトリクさんと!? ……ああ、でも確かに剣を持たせればすごそう」
「ああ、けっこうな実力者だよ」
「それは一度、手合わせしてもらいたいわね」
戦闘狂みたいなことを言うとグレアムは思った。
「せっかく剣聖様から剣を学んでいるんですもの。実力を試す機会があれば試してみたいわ」
剣聖ヨアヒム。聖国の危機を幾度も救った伝説的人物だ。オルトメイア魔導学院では数日に一度、ヨアヒムの実技指導が受けられる。受講資格はAクラスの学院生のみだが、Aクラスの学生はほぼ全員参加するという超人気授業だ。
「レビイもAクラスになったわよね? 今日の剣聖様の授業、参加するでしょ」
「ああ、そのつもり」
ソーントーンから剣を教えてもらっているが、良い機会だから他の流派も学んでみたい。ちなみに複数の流派を同時に学ぶことは珍しいことはではない。坂本龍馬は北辰一刀流と心形刀流を学んでいたし、近藤勇と土方歳三は天然理心流を師事したが他の流派の技も取り入れていたという。これは日本の幕末剣士の例だが、それはこの世界でも同じだった。ソーントーンも若い頃は【転移】を駆使して王都や各地を飛び回り、複数の流派を師事したという。
「バルドーもAクラスか?」
「……」
グレアムの隣を無言で歩いていたバルドーは返事をしない。
「バルドー?」
なんだろう。すっとぼけたことで気を悪くさせただろうか?
「彼、たまにあるのよ。別に無視してるわけじゃないから気を悪くしないであげて」
「そうなのか?」
「……Aクラスだ」
「え? ああ」
先ほどの自分の質問に答えたのだと理解する。
「じゃあ剣聖様の授業を?」
「……」
「……」
「……」
「……」
「いや」
なんだろう。いまいち会話のテンポが嚙み合わない。
だが、なんとなく悪いヤツじゃない気がする。
「あら、おはよう、アルベール、ユリヤ」
交差点で多くの取り巻きを引き連れたアルベールと、少し離れてジョスリーヌ一人を連れたユリヤに出会う。ユリヤは謁見した時のように宙に浮かぶ椅子に乗って移動していた。
「やあ、おはようティーセ、それとバルドーも。……君は、はじめまして、かな。レビイ・ゲベル」
整った清潔感ある身だしなみに爽やかな笑顔が明るい印象を与える。
「お初にお目にかかります。王太子殿下」
「畏まらなくていい。気軽に接してくれるように頼む」
グレアムはティーセに視線を送ると彼女は頷いた。
「それでは――何か?」
気づくとアルベールが笑顔を引っ込め、真剣な顔でこちらを見つめていた。
「いや、すまない。やはり、君とはどこかで会ったことは?」
「初対面だと思いますが」
「うん。そうなんだ。そのはずなんだが」
アルベールはしきりに首を捻っている。
(まずい)
もしかすると、アルベールは"グレアム・バーミリンガー"の素顔を知っているのかもしれない。王国が発行した手配書が聖国にまで届いていたとしてもおかしくはない。
「我が国の公女殿下にご挨拶したく、失礼いたします」
「あ、ああ」
「悪い。先行ってる」
「ええ。後でね」
ティーセとバルドーを置いて、先行していたユリヤとジョスリーヌを追う。
「おはようございます。公女殿下。ジョスリーヌ様」
「ええ。おはよう」
ユリヤは短く、ジョスリーヌは目礼だけ返す。
「ジョスリーヌ様。本日の殿下のご予定は?」
何か事情があってAクラスにあがれないジョスリーヌはAクラスの講義を受けるユリヤの付き添いができない。そこで、その代わりを務めるようにジョスリーヌから依頼されていた。
「午前に再生魔術、午後は使役魔術の講義です」
グレアムは時間割表を思い出す。再生魔術の講義は午前の最初で剣聖の授業と重なっていない。剣聖の授業を諦める必要がなく安心した。しかし――
「使役魔術ですか?」
「何か?」
「いえ、少し意外に思っただけです。ジョスリーヌ様があれだけ完璧に使い魔たちを使っていたので」
ジョスリーヌは実技試験で魔道具で武装した白カバと白ゾウと白サイを使役してミノタウロスの群れを殲滅していた。
「本日の授業には"騎聖"様が特別講師として招かれるそうです」
騎聖タイバー。剣聖ヨアヒムと同じ枢機卿にして三武聖の一人。かつて帝国との戦において、敵の火計で全身火だるまになると、敵陣に単身切り込み敵兵の返り血によってその身を焼く炎を消化したとかいうエピソードを持つ豪の者だ。
ただ、そのタイバーと使役魔術が結びつかない。
「騎聖様は魔術師なのですか?」
「いえ。彼は竜使いなので」
「ああ、なるほど」
使役魔術とは使い魔を作る魔術だ。ネズミ、ネコ、カエル、ヘビ、カラスといった小動物が多い。大型動物は使い魔にするのが難しく、幻獣は難易度が一気に跳ね上がる。中でもドラゴンは最難関で下級竜でも使い魔にすることに成功した例は少ない。
その中でタイバーは中級竜の使役に初めて成功した人間である。今回の特別授業はタイバーから幻獣を使役するための有益な情報を得ることを目的に開催されるという。それは随分、興味深いとグレアムは思ったが――
「残念です。使役魔術を習得してから騎聖様の話を聞きたかった」
グレアムは使役魔術を習得していない。前提知識があって講義を受けるのと、前提知識がなく講義を受けるのとでは得るものに雲泥の差が出る。本来ならCクラスの『初級使役魔術』とBクラスの『中級使役魔術』を受講すべきなのだが、ユリヤの付き添いで、いきなりAクラスの『上級使役魔術』を受けることになった。
平民はともかく、王侯貴族の子弟は入学時点で実力に差がある。子供の頃から家庭教師をつけて学び訓練することが当たり前だからだ。現代日本のように、全員が同じテキストを使って同じ授業を受けるのは非効率。なので、入学後は自分の実力にあわせて生徒が授業を選択する。
「使役魔術を学んでいないのですか? 意外ですね」
「師が使役魔術を忌避していましたので。何でも長年使役したネコが寿命でなくなって、悲しみと喪失感で半年間何もできなかったとか」
"ペットロス"ならぬ"ファミリアロス"というやつだろう。ヒューストームはそういう繊細なところがある。
「使役魔術を使いたくないということで教えてもらえませんでした」
一応、オルトメイアに来てから予習はしてある。が、小動物すら使役は未だ一度も成功していない。
「――、ジョスリーヌ様?」
隣を歩いていたはずのジョスリーヌがいない。後ろを見ると、ジョスリーヌは彫像のように固まっていた。
「?」
背中に視線を感じ、再び振り返るとユリヤがグレアムを凝視していた。
「ユリヤ様?」
「……まさかね。いえ、何でもないわ。いくわよ、ジョスリーヌ」
「はい」
ジョスリーヌが動き出す。
「?」
ユリヤの奇妙な様子に疑問符を浮かべながら、グレアムは彼女達の後を追った。
バルドー
ユリヤ
そして、アルベール
遠くない未来、三者三様の理由で彼らはグレアムと殺し合いをすることになる。