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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
四章 オルトメイアの背徳者
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85 学院生活16

 ガキィン!


 オルトメイアの周辺に広がる深い森。立ち込めた霧の中から剣戟の音が響き渡る。


「ふっ!」


 両手に持ったロングソードを左上から右下へと袈裟懸けに振り下ろす少年はグレアム。その剣圧により白い靄が吹き飛ばされる。開けた視界の先にいる壮年の男はグスタブ=ソーントーンだった。


(嘘だろ!? こいつ!)


 ソーントーンに教えられた技術と、実技試験で自覚した高い身体能力を使って上下左右縦横無尽に剣を振るう。鋭い剣筋と稲妻のような剣速も相まって、グレアムの周りはちょっとした嵐のようだった。ゴブリンやコボルトなら切り刻まれてサイコロステーキになっている。


 だが、そんなグレアムの激しい剣をソーントーンは涼しい顔で捌き続ける。横薙ぎの剣は半歩の動きで躱され、袈裟斬りは片手に握った剣で逸らされ、刺突は顔をわずかに傾けただけで躱された。それどころか、こちらが温い一撃を放つと仕置きとばかりに反撃がくる。躱すには鋭すぎる、まともに受けるには重すぎる一撃だ。


(受け流すしかない!)


 ガキィン!


 再び森の中に剣戟が響き渡る。


(また失敗した!)


 完璧に受け流して入ればこんな激しい音はしない。剣撃のほぼすべての力を受け止めてしまった証拠だ。早朝の稽古が始まって小一時間。休みなしで動き回り続けている。積み重なる疲労がグレアムの動きを阻害していた。


「……そろそろか」


「!」


 ソーントーンがポツリと呟いた後、ソーントーンの攻勢が始まった。脳天からの切落とし、袈裟斬り、逆袈裟、左薙、右薙、左切上げ、右切上げ、そして切上に刺突。先ほどまでのグレアムの数倍の数と鋭さで剣が振るわれる。


(うぉぉぉおおおおお!)


「安心しろ。いずれも即死しない一撃だ」


(安心要素がねえ!)


 いや、ソーントーンが言いたいことはわかる。ヒーリング・ポーションは充分な数、準備してあるので切創、刺創、打撲、骨折ならば死ぬことはない。ないが、滅茶苦茶痛いのは変わりない。


 ソーントーンの猛攻を必死に防ぎ続ける。両手も痺れ、足も動かなくなってきた。もはや、大きな動きと力で剣撃を防ぐことは難しい。


「そうだ。必要最小限の動きと、わずかな力だけでいい。それを忘れるな。

 ――では、一段階あげていくぞ」


「ちょ、まっ!」


 さらに激しくなった攻勢にグレアムが耐えられたのは十数合だけだった。最後はロングソードを弾き飛ばされ体術で地面に叩きつけられて、その日の稽古は終わった。


 ◇


 水筒の水を半分、一気に飲み干した後、残りを頭からかぶる。汗を吸って重くなっていた衣服はさらに重くなり、たまらずグレアムは背中を地面につけた。いつの間にか霧は晴れていた。


(空、青いなぁ)


 ソーントーンの稽古は頭もフルに使う。相手のフォーム、足の動き、剣の角度などから相手の攻撃を予測し受けるか払うか躱す。反撃は薙ぐか突くか強打か牽制か、その反撃によって相手はどう動くか二手三手四手先まで予測して、さらには足元など周囲の環境にまで気を配る。剣撃のプレッシャーを感じながらも、冷静さを保ち、集中力を維持して、これらの要素を瞬時に判断し、適切な行動を選択しなくてはならない。


 上級者になれば直感で最適解がわかるようになるというが、初心者・中級者はとにかく考え続けろという。とある武闘家にして俳優が言った『考えるな、感じろ』もある程度のレベルになってからということだろう。


 とはいえ、今は体と頭の疲労がピークで考えることも感じることもできない。重い体を引きずってカバンをあさり、砂糖と小麦粉とドライフルーツで作った補食を取り出す。少々甘すぎるそれを二本目の水筒の水で流し込んだ。


 ふと、視線を横に向けると、傍らでソーントーンが剣の手入れをしていた。


(あれ、こいつ?)


 ソーントーンの普段は鳶色の瞳が青い。もしかして――


「”コンタクト”、つけてるのか?」


 ”コンタクト”とはグレアムが常用している"透視"機能を持ったコンタクトレンズ型魔道具だ。半月ほど前、夕食の雉を解体していたソーントーンがおもむろに手を止め何かを考えた後、それを貸してくれないか頼んできた。


 婦女子への覗きにでも使うのかと皮肉混じりに聞いたら、『そんなところだ』と返ってきてちょっとショックを受けた。……なんでショックを受けたのか不明だが、悪用する気はないという言葉を信じ予備を貸したのだ。


「さすがに気恥ずかしいんだが」


 剣の稽古中、全裸姿をソーントーンに見られていたことになる。実害があるわけではないが、見られて喜ぶ趣味もない。


「む、すまん。少し思うところあってな」


 ソーントーンが男色に目覚めたというわけでもなさそうだ。ソーントーンの目にそういう色は感じられない。むしろ、それとは真逆のものを稽古中、感じた。こちらを観察しているような。


 コンタクトレンズをケースに収め、もとの鳶色の瞳に戻ったソーントーンはこちらに向き直ると先ほどの稽古の講評を始めた。曰く、『受け流したのはよいが体が開いてしまっている。もっと体を閉めて構えを固めることを意識しろ』『牽制をもっと使え。最適な間合いを保つことで防御の成功率を高め反撃の機会も増える』などなど。


 もしゃもしゃとグレアムは補食を咀嚼しながら聞く。いちいちもっともなので反論することはない。ただ、今日は気になっていたことを聞いてみた。


「攻撃がもっと上手くなるようにはどうすればいい?」


 月末試験の実技でグールの首を狙って放った横薙ぎの剣が側頭部に当たってしまったことを話す。


「……攻撃が拙いのは仕方がない。そちらの技術をほとんど教えてないからな」


「そう言われればそうだな。じゃあ、今度からは――」


「今後も防御を重点的に教える」


「……理由を聞いても?」


「攻撃の技術は実戦で活用する機会が少ないからだ」


 攻撃の技術とは、いかに素早く()を無力化できるかということに集約する。血管や筋骨の切断、体の重要器官の破壊。それらを成せば人を無力化できる。だが、魔物が蔓延るこの世界において人と戦う機会など、そう多くはない。人に剣を振るうより、その十倍魔物に剣を振るう機会のほうが多い。


「魔物は多種多様だ。獣、虫、魚、鳥、植物、無機物、軟体、霊体、巨人、不死。これらに対して"人を無力化する技術"が応用できる例は少ない。ならば魔物に適した攻撃技術を得ようしても、数が多すぎて習得は現実的ではない。ゆえに、自分と仲間を守り、後方からの支援を待つ戦い方のほうが効率的だ」


 守りの技術は魔物に対して応用も転用も容易だという。なるほど。長年、魔物と戦ってきた戦士らしい説得力がある。だが、"先制発見"、"先制攻撃"、"一撃必殺"、"急速離脱"を戦いの理想とするグレアムにとって消極的に過ぎるのではないかと思う。


「『グスタブ=ソーントーンの教える剣は地味で楽しくない』

 よくそう言われたものだ」


 "王国最強"と称されながらも弟子が少なかったのはそれが原因らしい。剣とは武器の花形であり、騎士のシンボルである。その”剣”で、そんな泥臭い戦いなどできるかと怒って出ていく者も多かったとか。


「弟子の中には高位貴族もいた。彼らが望む剣を教えコネクションを維持できていれば、ブロランカの悲劇も回避できたかもしれないと後悔することもある。だが、やはり私にはこの教え方しかできんのだよ」


 グスタブ=ソーントーン。何でもできるが不器用な男だと思った。

 誠実なのだ。誠実ゆえに何事に対しても手を抜くことはできない。

 そういう人間をグレアムは嫌いになれなかった。


「"先制発見先制攻撃一撃必殺急速離脱"。

 大いに結構。戦いの理想形といえる。

 だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 敵へのせめてもの礼儀として知っておくべきだ」


 ソーントーンのその言葉が、妙にグレアムの心に残った。

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