20 ソーントーン伯爵3
「機を誤ったな、ソーントーン。最近の陛下は機嫌が悪いのだ」
帝国宰相コーは、そう言ってソーントーンを慰めた。
ジョセフの後はコーへの実務的な報告である。
ブロランカの実験農場についての近況を語った後、ジョセフとの会談を聞かれ、天龍皇の名を冠した政策名の件をコーに報告したのだ。
「理由はやはりティーセ王女の件ですか?」
「まさか。陛下にとって王女が王宮からいなくなるのは気分を害するどころか――」
逆にジョセフの機嫌を良くする、コーは語尾を濁したがそう言いたいのだろう。
ジョセフはどこか遠隔地にティーセを嫁にやろうと画策したが、コーと王国軍元帥レイナルドが反対した。
ティーセの軍事的価値は大きい。おいそれと嫁に出せる存在ではなくなっていた。
「とにかく、陛下は王女に複雑な感情とお持ちだ。少し距離を置いたほうがいいだろう。しばらく、王女をブロランカに置いておいてくれ」
ソーントーンは面倒なことを頼まれたと思う。
自らの権勢を拡大することに汲々とする貴族が多い中、ソーントーンは野心を見せたことがない。実際にその気もない。
だからこそコーはソーントーンに任せるのだが、こうなるならば少しくらいは野心を持っておくべきだったかと後悔を覚えないでもない。
「……承知しました」
「ふむ。名前の件は私からも陛下に口添えしておこう。陛下の機嫌が直った後の話だが」
「感謝いたします。……陛下の御心を乱す問題でも?」
ブロランカ実験農場の本土導入は近い。必然的に実行責任者であるソーントーンが王宮に呼び出され、ジョセフと会談する機会は多くなる。
ジョセフの機嫌を損なっている原因を知っておくことに損は無いはずだった。
「歳入不足でな。銀貨の純度を下げることが決まったのだよ」
そう言ってコーはため息を吐く。
それはコーにとっても頭の痛い問題だろう。他国から食糧を輸入するにも王国銀貨の価値が下がれば下がった分の銀貨を余計に必要とする。
ジョセフにとっては自分の王国の価値が不当に貶められたと感じているのだろう。
「側室が三十人もいれば銀貨の価値が下がるのも当たり前――口さがない者がそう言って笑っているという話を聞いて、ますます陛下の機嫌は麗しくないというわけだ」
王国銀貨には正妃の顔が彫られている。
市井の者も、なかなかうまいことを言うじゃないか。
口の端が上がりそうになるのを堪えるソーントーンだった。