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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
四章 オルトメイアの背徳者
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80 学院生活14(ユリヤ・シユエ)

 パリッ、ボリボリ


 グローブのような手が木皿に盛られたポテトチップスの山に伸びる。太い指が馬鈴薯の切片を数枚纏めて口に運ぶと乾いた音を立てた。


「で、あんたがレビイ・ゲベル?」


 揚げ芋のカスを胸元に零しながら、少々ふくよかに過ぎる少女が訊ねる。クッションが効いた座り心地のよさそうな肘掛け椅子にふんぞり返るこの少女がシユエ公国の第一公女ユリヤだった。


 グレアムは前世で観た宇宙戦争映画にこんなキャラクターがいたなと思いながらユリヤに答える。


「この機会を得て、公女殿下に直接ご挨拶できたこと、誠に光栄に思います。そして、ご挨拶が遅れてしまい申し訳ございません。このような失態を犯し、お叱りを受ける覚悟は――っ!?」


 頭を下げた瞬間、正面から強烈なプレッシャー!


(いや、風圧!?)


 頭を下げた勢いで体を床に倒す。


 ドン!


 不可視の衝撃波が頭の上を通過した直後、大きな音が背後に響く。振り返ると巨大なハンマーで叩きつけたような窪みと放射線状のひびが部屋の壁に刻まれていた。


「ふぅん。今のを避けるなんて、噂通りやるじゃない」


 ユリヤ・シユエは面白くもなさそうに木皿から新しいポテトチップスをつまんだ。


「お、お怒りはごもっとも! ひらに! ひらにご容赦を!」


(ジョスリーヌさん! 話が違う! 公女殿下、滅茶苦茶怒ってるじゃないか!)


 ユリヤの横にすまし顔で立つジョスリーヌ・ペタンに抗議の声を心の中で上げつつ、グレアムは土下座した。今の衝撃波をまともに食らえば全身複雑骨折だ。ユリヤ・シユエ――魔術の天才といわれるだけあって、その発動速度は超一流のそれだった。


「顔をあげなさい。別に怒ってないわ。実力を試しただけ」


「は、はぁ」


「…………」


「…………」


「…………」


「……あの、ユリヤ様」


「変な男ね。あんたは」


「はあ」


「今のをやられて怒りも恐れもしていない。最低でも気を悪くぐらいはすると思うけど、そんな様子もない。ただ、ひたすらへりくだってやり過ごしたい。そんな感情しか読み取れないわね」


(!? まさか、<感情察知(センスマインド)>!)


 対象の感情を感知する超高度魔術だ。ちなみにグレアムは使えない。グレアムの魔術の師ヒューストームが倫理的に問題視していた魔術であり、グレアムも敵意や害意を感知するタウンスライムがいたため特に必要としていなかったためだ。


(発動速度だけじゃない。

 魔術を使ってる違和感すら感じさせない。

 彼女は師匠に匹敵する大魔術師だ!)


「あら、ちょっと警戒心があがったわね。でも嫌悪感は感じられない。つくづく変な男ね、あんたは」


「そんなに変でしょうか?」


「変よ。普通は攻撃を受けたり、心を読まれたりすれば悪感情を抱くものよ」


 心どころか過去を読む追憶の天使(サウリュエル)が居候している。いまさら感情くらいどうというのか。それに――


「……私も部下に対して似たようなことをした経験がありましたので」


 生贄奴隷としてブロランカ島にいた頃、グレアムは聞き分けのない部下達を<衝撃弾(ショックバレッド)>で何度も叩きのめした。王国からの逃避行の最中はタウンスライムの敵意感知でナッシュの裏切りを知り、それを利用したりもした。それらを棚に上げてユリヤを責めるほど厚顔無恥でもない。


「……あんた、ホントに私を見て何も思わないの? この醜い姿を見て、親でさえ侮蔑の視線を向けてくるのに」


 ジャ〇・ザ・ハットに似てるなと失礼なことは思ったが、ジャ〇・ザ・ハットはジャ〇・ザ・ハットだ。単に悪役という役目を与えられたキャラクターに過ぎない。ジャ〇・ザ・ハットのファンでもないグレアムに好悪の感情はない。


「健康にあまりよろしくないのではと思いますが、病気やスキルの代償、私のような立場からでは計り知れぬ重圧からくるストレス、もしくは過去に受けたトラウマによる過食症――」


「控えよレビイ・ゲベル!」


 ジョスリーヌが非難の声をあげる。とりようによってはグレアムが王族の内部事情を探ろうとしていると思われてもおかしくはない。


 だが、ユリヤは「続けよ」と手振りで示す。


「不可抗力――本人の努力ではどうしようもないことがこの世に存在することも事実。当人の事情を鑑みず浅慮に判断することは避けるべきかと」


「……ふぅん、聡明ね。あなたのような逸材がゲベル家にいたなんて知らなかったわ。流石は総合一位というところかしら。ああ、そうそう。それについても褒めておかないとね。よくやったわ。公国の誉れよ」


「ありがとうございます」


「私の婚約者になる?」


「!? ユリヤ様! それは――」


「冗談よ、ジョスリーヌ。でも、あなたは動揺しないのね、レビイ」


「はぁ、動揺というか戸惑いはしました。婚約者候補様たちを差し置いて、婚約者となってよいのかと」


 三人いるというユリヤの婚約者候補――宰相の息子、騎士団長の弟、大司教の甥。いずれも"レビイ・ゲベル"にとっては雲の上の存在だ。


「婚約者にしたいのは宰相と騎士団長と大司教よ。本人たちは、こんな醜女(しこめ)のヒキガエル、妻にしたくないと思ってるから喜ぶでしょうね」


「はあ」


 とはいえ、本当に自分が婚約者になるわけにもいかない。"レビイ・ゲベル"なんて、本当は存在していないのだから。


「ティーセ殿下を悲しませるようなことはしないわ。あの子はいい子よね。一月前の歓迎式典、彼女が男装して出席した理由を知ってる?」


「妹たちのダンスの練習に付き合ってるうちに男性パートの方がうまくなったからと」


「やっぱりそう言うわよね。あくまで自分の我儘だと。本当は私と並んで紹介されるからよ。彼女は自分をイロモノとして見られることで、私を好奇と侮蔑の視線から守ったのよ」


 ティーセのあの美貌で着飾って並び立てば、ユリヤの醜悪さが際立ってしまう。ユリヤを引き立て役にしないために男装したのだという。だが、それは裏を返せばティーセがユリヤを醜いと思っている証となる。


「いえ! それは――」


 否定しようとグレアムは声を上げるが、ユリヤに続きを止められる。


「自分の容姿は自覚しているし、彼女に悪意もないことはわかっている。むしろ、嬉しかったわ。私のような者にまで気をつかってくれて」


「……」


「ティーセ殿下を悲しませないでね、レビイ・ゲベル」


 謁見は終わりだといわんばかりにユリヤの座る肘掛け椅子が音もなく浮き上がると、彼女を扉の前へと運んでいく。


「それと次回の実技試験、よろしく頼むわ」


 それを最後にユリヤ・シユエは両開きの扉の向こうへと消えていった。


 後に残されたのはユリヤの付き人ジョスリーヌ・ペタンとグレアム、空になった木皿とユリヤによって破壊された壁――


(あの壁、誰が直すんだろう? ……あ、あれ?)


 壁に刻まれていた大きな窪みと放射線状のひびは、いつの間にか綺麗に修復されていた。

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