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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
四章 オルトメイアの背徳者
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77 第1回月末試験5

 シユエは帝国と聖国の間にある盆地地域だ。アレスク山脈とロヴァニエミ山脈に囲まれ、険しい山岳地帯に位置している。ハルメニア水系のキャラニア川がこの地域を貫流し、肥沃な土地が広がっている。


 このような地形は天然の要塞として機能する。古代魔国滅亡後、百年以上に渡って帝国と聖国で激しい争奪戦が繰り広げられたが、帝国の後継者争いの混乱に乗じて聖国がこの地を完全に掌握する。その後、当時の聖国王の王弟を公王に封じたのがシユエ公国の始まりであった。


 現在のシユエ公王はカルロマン二世。配偶者はアキテーヌ公妃。オルトメイアに留学中のユリヤは二人の最初の子供だ。ある高名な魔術師に師事した超一流の魔術師で、将来は公国の魔術師団長の地位が約束されているという。


 白サイの背に揺られながらグレアムは公国とユリヤについて必死に思い出そうとしていた。


(確か、ヘリオトロープの話では……)


「そうそう。ユリヤ殿下には三人の婚約者候補がおられるとか」


 ユリヤと歳の近い三人の婚約者候補は、それぞれ宰相の息子と騎士団長の弟と大司教の甥で、ユリヤの配偶者となるべく常日頃、角を突き合わせているという。


「それがあなたと何の関係が?」


 氷点下のごとき冷たい声。


 "まさかおまえごときがユリヤ様の婚約者になろうとでも?"


 こちらに背中を向けて白カバに横乗りするジョスリーヌ・ペタンのそんな心の声が聞こえてきそうだった。


「いえいえいえ! 彼らもオルトメイアに来ているなら挨拶しようかと!」


「ほう? ユリヤ様を差し置いて、ですか?」


「ぐふっ」


 墓穴を掘った。話題のチョイスを完全に間違えたとグレアムは思った。


 実技試験中、偶然にもユリヤの付き人ジョスリーヌと出会う。ほぼ同時に帰還用魔術陣の位置を腕輪が示したので一緒に向かっているところだったが、ジョスリーヌはグレアムに対し冷淡だった。やはり公国の貴族(という設定)でありながら、一カ月も王族のユリヤを無視していたことに対して怒っているのかもしれない。


「……ジョスリーヌ様。私は決して含むところあって、ユリヤ様を蔑ろにしていたわけではありません」


「……」


「恥ずかしながらユリヤ様が留学していたとは存じ上げなかったのです」


 余計なことを付け加えず事実だけを述べる。勝算はあった。あの博学強記のヘリオトロープがユリヤ留学という重要事項を伝え忘れたとは考えにくい。それゆえ、ユリヤの留学は何らかの事情で内密にか、もしくは急遽、決まったのではないかと推理した。であるなら田舎貴族のレビイ・ゲベルが知らなくても仕方ないではないか。


「入学後も浅学非才の我が身ゆえクラスは別れ、授業を共にする栄誉を賜ることもできず、ユリヤ様のことを知ったのはつい先ほどなのです」


「……」


「とはいえ、我ら貴族が敬うべき王族を蔑ろにしてしまったことは事実。深く反省しており、誠心誠意お詫び申し上げたいと考えております。どうかユリヤ様にお繋ぎいただけませんでしょうか。ジョスリーヌ様には十分なお礼を考えております」


「……礼とは?」


「紛争の助太刀、もしくは金銭でと考えております」


 ゲベル家の人間ならそう答えた方が自然だとグレアムは思った。ゲベルは暴力と銅鉱山の富で成り上がった一族だった。


(そうだ。思い出してきた。ゲベルはヤ〇ザまがいのかなりえげつないやり方で銅鉱山と貴族の地位を手に入れたんだった。胸糞悪いから記憶から消してたんだよな)


 ヘリオトロープからの情報なので信頼度は高い。ヘリオトロープは噂話など鵜吞みにせず、きっちり調べる。で、そのヘリオトロープからの話によると、その銅鉱山が古代魔国の遺跡に偶然にも繋がっており、その遺跡は帝国領にまで通じているという。帝国がシユエ公国を本気で落とす時は、その遺跡から帝国兵を公国内に送り込む手はずになっているとも……。


(悪党なうえに売国奴でもあるわけだ。ゲベルは)


「助太刀? 金銭? レビイと言いましたね? あなたにそのような力が?」


「おっしゃりたいことはわかります。これは未来への投資と思っていただきたく」


「……代理人は?」


「ネルマール伯爵です」


 レビイ・ゲベルは留学の際に準男爵位を公王家からもらっているが、準男爵は世襲称号の中では最下位で、この世界では貴族ではあるが平民に近いとされている。そんな最低爵位の授与は王の代理人が行い、そのまま後見人や寄親となることが多い。ネルマールはゲベル男爵家の寄親でもあるので、レビイの代理人がネルマールなのは妥当な設定だ。


「……まあいいでしょう。実のところ、殿下はさほど気にされてはいません」


 朗報だ。グレアムは王族への非礼をきっかけに偽装がバレることを心配していた。ユリヤが気にしていないのなら問題にならないかもしれない。


「ですが、ユリヤ様に仕える者にとっては心穏やかではいられません」


「はい。それはもう――」


「あなたには護衛を務めてもらいます」


「?」


 急に話が飛んだ気がした。何か聞き逃したのかと不安を覚える。


「あの、護衛と仰いましたか?」


「ええ。ユリヤ様の」


「……申し訳ありません。事情がわかりません。この学院でユリヤ様が命を狙われる可能性が?」


「知らないのですか?」


 ジョスリーヌはグレアムを意外そうに見つめた。


「次回の実技試験からパーティを組んでもらいます」


 ジョスリーヌによると年度始めの今回は様子見ということで試験時間は短く、迷宮ダンジョンも低階層限定だ。だが、次回からは試験時間はもっと長くなり階層制限もなくなる。深い階層での単独行動は自殺行為に等しい。ジョスリーヌも先ほど、ブラッドクーガーの奇襲で命を落としかけた。そのため、実技試験はパーティを組んで挑むのが普通なのだという。


「前衛はこの子たちが務めますが、先ほどご覧になったように、この子たちを使役中は無防備になる時間があります」


 ジョスリーヌは白カバの背中を撫でた。


「ユリヤ様は超一流の魔術師ですが、そのユリヤ様をもってしても"二秒の壁"は破りがたく」


 "二秒の壁"とは魔術発動にかかる絶対的に必要な時間がもたらす問題のことだ。二秒なんて問題にならないくらい短いように思えるが、銃弾が飛び交う戦場で二秒間、棒立ちになると思えば、これがいかに致命的な隙となるか想像できる。魔術やスキルが飛び交い、殺意強火の魔物が蔓延るこの世界での死地は、銃弾飛び交う戦場と何ら変わらない。


「つまり、ユリヤ様と貴方の盾になれとと? ……光栄と思いますが、私にその役目が務まりますでしょうか?」


「稲妻のごとき俊敏さと折れた剣でミノタウロスの懐に飛び込む武勇。充分でしょう。それともユリヤ様とパーティを組むことに何か問題が?」


 問題ならある。グレアムはアラン、トマ、アンネ、リリィと実習科目は協力しあう約束をしている。いずれ、彼らも迷宮に潜ることになるだろう。その時、ユリヤとパーティを組んでいては彼らとパーティを組めなくなる。


 グレアムは何とか断る理由を探そうとしたがすぐには思いつかない。次善策としてアラン達もパーティに組み込めないか考えた。


「……他の学院生を誘っても? 平民なのですが」


「構いません。肉壁は多いほうがよいですから。むしろ、そのために()()()()()()していたのでは?」


 グルーミング――その言葉にグレアムは嫌な印象を抱く。本来は、動物の毛づくろいという意味だが、前世において、性犯罪の文脈においては被害者となりうる人物に近づき親しくなって信頼を得る行為をいう。ジョスリーヌのいうグルーミングはきっとそれに近い。


「随分と行動が早いと感心していたのですが」


「そんなつもりで彼らと協力関係を結んでいるわけではないのですが、この学院では当たり前に行われている行為なのですか?」


「ええ。今回の試験が終われば本格化するでしょう。平民にも当たり外れはありますから」


 成績である程度、優劣が判明してから貴族は肉壁にする平民を選定するのだという。


「……承知しました。その役目、謹んでお受けいたします」


「ええ、頼みましたよ」


 ジョスリーヌはすっと腕をあげると三体の草食獣は足を止めた。さらに足元が光り、複雑な幾何学模様の魔術陣が地面に展開される。それも一瞬で、光が消えた後は三体の草食獣は跡形もなく消え去った。召喚獣の送還用魔術だろう。


「とっ!」


 グレアムは乗っていた白サイが突然消えたことで、驚くも無事に地面に着地する。ジョスリーヌも華麗に地面に降り立った。


「ではお先に」


 ジョスリーヌはそう言うと、少し先の地面で輝いている帰還用転移魔術陣へ歩いていく。


「あ、はい」


(そういえばこの人、この時間に試験を受けているということはCクラスなんだよな)


 師匠のヒューストームによれば召喚魔術は習得しても使えるとは限らない魔術の代表例だという。その召喚魔術を使いこなしていながらCクラスというのも不思議な話だ。そういえば、クラス分け試験の時に彼女を見た覚えがない。もしかすると、何かの事情で試験を受けられなかったのかもしれない。


(でも、授業でも見たことがない気がするんだよな)


 転移陣に入っていくジョスリーヌの背中を見つめながら、グレアムは不思議に思った。

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