74 第1回月末試験2
薄暗い迷宮を一人進むグレアム。迷宮には魔物が住み着いており、これらの討伐が実技試験の課題となっている。成績は討伐した魔物の質と数で決まる。
(シンプルで分かりやすいのはいい)
だが、成績のために無理をする気はない。レナを救う前に死んでは本末転倒だ。左手首に嵌めた魔道具に視線を移す。装着者の行動履歴を保存するこの魔道具は救助信号発信器を兼ねている。いざとなったら躊躇わず手首の内側にある宝玉を押すつもりだった。
「「「「…………」」」」
ブラッドクーガーが飛び出してきた道をしばらく進んだ後、広い石室の部屋に出る。その部屋の中央に粗末な貫頭衣を纏った四人の男女が佇んでいた。
(アンデッド? グールか?)
赤く輝く瞳と青白い肌の色から生きた人間ではないと判断する。全員若い。おそらく一番の年長でも二〇代前半だろう。グールは魔物が人間の死体に取り付くことで発生する。彼らは早死にしたことになる。
(気の毒に)
そう同情するも容赦する気はない。
(グールの弱点は頭部を破壊するか、火の魔術)
バシュ!
<火矢>の火線が真っ直ぐグールに向かって飛ぶ。着弾するとたちまち上半身が火に包まれた。
「ーーっ!」
グールは苦しみ悶え、既に腐り落ちた声帯で音無き叫びをあげる。だが、それもわずかな時間で、体は糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
不意打ちで一体を仕留めると、残りの三体がこちらに向かってくる。グールの動きは鈍重だった。一体が床から飛び出した根に躓いているのを見て、グレアムは魔杖をホルスターに収め剣を抜いた。
先行するグールは両手を前に突き出し、噛みつかんと大口を開ける。グレアムはそこに剣を突っ込むだ。
ガキャ!
勢いよく突っ込んだ剣先はグールの小脳を破壊し後頭骨を貫く。ダラリと腕を下げたグールを蹴り飛ばすと、左から走りこんできたグールの首を飛ばさんと剣を振るった。
ガッ!
狙いが逸れ、剣は側頭部に当たる。それでも鉄剣を叩きつけた衝撃はダメージとして伝わり、グールは膝をついた。すかさずグレアムは後ろに回り込んで首を落とす。
「っ!」
その場を飛びのいて離れた。最後の一体が背後から襲い掛かってくる。すれ違いざまに剣を振るうと、グールの肘から先が斬り飛んだ。それでもグールは怯むことなく再度襲い掛かってくる。
グレアムはグールの胸に剣を突き刺した。だが、グールは止まらず残った片手で掴みかかろうとする。真新しい革鎧にひっかき傷が付けられると同時に、グレアムは短剣をグールの眼窩に突き刺した。
それでもグールは動きを止めず革鎧に傷を増やしていく。短剣の柄頭を叩いて剣先を深くめり込ませると、ようやくグールは動きを止めた。
『敵を倒した後も油断するな。死を擬態した敵の反撃、伏兵による奇襲――。敵を倒したと思った安堵の瞬間に命を落とした戦士は数多い』
ソーントーンの言葉を思い出す。日本の武道にも"残心"という言葉がある。一つの動作を終えた後でも緊張を持続する心構え、身構えのことだ。一瞬の気の緩みが悲劇を招くのは、どの世界でも一緒ということなのだろう。
周囲を素早く見回し他に敵がいないことを確認する。すべてのグールが根に包まれて地面に消えてから、ようやくグレアムは緊張を解いた。
「ふう。一人は結構しんどいな」
試験開始からまだ二十分も経っていないのにブラッドクーガーとグール四体に遭遇した。エンカウント率はまあまあ高いと思っていいだろう。どれくらいの時間経過で帰還用転移陣の場所を腕輪が示すのか不明だが、ペース配分を考えなければ体力と魔力が尽きてしまう。ポーション類の持ち込みは特に禁止されていないが、貧乏男爵家の四男坊という設定では湯水の如く使えるわけもない。
(まあ、いざとなればチートが使えるんだが……。ん? 貧乏男爵家だっけ?)
偽名のレビイ・ゲベル――これを用意してくれたヘリオトロープは常々"神は細部に宿る"と言っていた。その言葉の通りに”レビイ・ゲベル”にも詳細な設定を準備してくれていたが、グレアムは覚えていなかった。
ドガァン!
グールのいた石室の奥から破砕音。
(誰か戦っているのか?)
グレアムは迷わず駆けつける。通路を抜けると先ほどの石室よりさらに広い部屋に出た。そこで白象と白サイと白カバが、ミノタウロスの群れと戦っていた。
「パォーン!」
突進する白象にミノタウロスの両手斧が叩きつけられる。だが――
ガキィン!
<魔盾>が両手斧を弾き返す。そして、白象の牙がミノタウロスの体に突き刺さるとそのまま空中に放り投げた。
スガァン!
地面に叩きつけられる半人半牛の魔物。まだ、息はあったが――
グシャ!
白象の両前脚が胸を押しつぶすと完全に動かなくなった。
(ミノタウロスをあんな簡単に)
ミノタウロスはかなり強い魔物だ。対してあの白象は幻獣ではなく普通の動物のように見える。ただ、胴体と脚に金色に輝く装飾品を身に着けていた。
(胴体のは<魔盾>、脚のは<重量操作>を発生させる魔道具か)
白サイも似たような装飾品を身に着けている。白サイの角が光輝いて鋭く伸びるとミノタウロスの一体に突撃する。
(<貫通付与>!)
本来は馬上槍や刺突剣に付与して貫通力を上げる魔術だ。白サイの一撃を胴体に受けたミノタウロスは上下が泣き別れとなる。
(魔道具で武装した大型草食獣の軍団か!)
ミノタウロスの群れと戦う側の戦闘スタイルを大まかに把握する。白象と白サイは飛び道具も備えているようで、胴体の両脇から伸びた魔杖が<魔矢>や<火矢>を飛ばす。
(ゾ、ゾ〇ド……)
その姿は動物型メカの玩具を彷彿とさせた。
(そういえばカバもいたな。……カバ型ゾ〇ドって発売されていたっけ?)
そんな益体もないことを考えながら白カバを探す。白カバは五体のミノタウロスに囲まれていた。
(なるほど、あのカバがタンク役か。カバが敵を引きつけているうちに象とサイが敵を減ら――)
ミノタウロスが振り下ろした両手斧をその鈍重な姿から想像できないスピードで躱すと、飛び上がって牛頭を丸呑みにした。さらに、ワニのデスロールのごとく体を回転させるとブチッと音を立てて頭が千切れる。
(……)
白カバは止まらない。隣のミノタウロスの足を噛みつくと、そのまま振り回し始めた。
「ぶもぉー!」
ドガ! バギ!
同胞を自らの体で打ち据えることになったミノタウロスの悲鳴が打撃音と重なる。カバの白い体は自らの汗と返り血でたちまち赤く染まっていった。
(か、カバつええ~)
あの短い脚で小鹿のように軽やかなステップを繰り出しつつ、大型恐竜のようなパワーで蹂躙する。もしかするとゾウやサイより強いかもしれない。
(おっと、カバの予想外の強さに感心している場合じゃない)
グレアムは安全地帯にいるわけではない。のんびり見学しているうちに背後から、ということも充分ありえる。グレアムは次に進もうと道を探しているうちに、一人の生徒が壁際にいることに気づいた。
両手に魔杖を持ち何らかの魔術を実施している。
そして、その頭上に――壁に貼りついたブラッドクーガーが静かに忍び寄っていた。