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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
四章 オルトメイアの背徳者
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71 学院生活10

 ティーセを伴って自室に戻ったグレアムがカバンと肩掛けローブを"パトリク"に渡すと、彼は「お食事は?」と訊いてきた。


 オルトメイアにはレストランやカフェがいくつも設置されている。その一つでティーセと一緒に昼食を済ませてきたばかりだ。


 ぐぅ~


 "不要だ"


 そう答える前に、隣から腹が鳴る音が盛大に聞こえた。


「……小腹がすいた。軽食をたのむ」


 誰の腹の音かソーントーンにも分かっただろうが、何も言わず一礼して厨房に去っていく。


「……だってすごくいい匂いがしてるんですもの!」


 顔を赤くして言い訳めいたことを言うティーセ。


「誰も何も言ってないぞ」


「そうだけど!」


「というか鼻がいいな。俺はぜんぜんわからないぞ」


 鼻を鳴らすグレアム。"シルフ"を使ったソーントーンの空気調節は完璧だ。時々、あいつが剣士で伯爵だったことを忘れそうになる。


 自室に案内すると、ティーセはベッドに腰掛けた。少し緊張しているように見える。


(……あれ?)


 なぜだろう。ティーセの様子を見て、グレアムもソワソワして落ち着かない感じがしてきた。


(緊張してる? 冗談だろ、妻帯者だぞ、俺は。……元だけど)


 精神年齢では自分の娘ほど年の離れた少女と密室で二人きりになったからといって、緊張するなどありえない。


「「……」」


 奇妙な沈黙が数秒続いた後――


 ドタッ、ドタッ


『――!?』


『――っ、! せめて顔を――』


 騒がしい足音と話声。それからすぐにガチャリとノックもなく扉が開くと、見たこともない中年女性がお茶と菓子が乗った盆を持って入ってくる。


 "え、誰?"


 一瞬、そう声に出そうになり、着ている緑色の短衣(チュニック)で正体を察する。


(エルートゥか?)


 特徴的なエルフ耳は人間の耳に置き換わり、歳も二十くらい経ている。おそらく"チェンジリング"の精霊魔法で外見を変えているのだろう。


「あ、ありがとう」


 カチャカチャと震える手でカップをティーセに渡すエルートゥ。さらにクッキーを一枚つかむと、ティーセに食べろと言わんばかりに差し出した。


「あれ? 俺のお茶は?」


「…………」


 ガン無視される。


 穴が開くほど見つめてくるエルートゥにティーセも困惑顔だ。


「失礼」


 見かねたソーントーンがツカツカと部屋に入ってくる。右手が目にも止まらぬ速さで動くと、エルートゥがカクンと意識を失った。彼女を肩に担いで退室すると、すぐに別のお茶と三段のケーキスタンドを伴って戻ってくる。


 ティーセからエルートゥのお茶とクッキーを回収すると、代わりに淹れたお茶をグレアムとティーセに渡して素早く去っていった。


「……」


「こ、個性的な使用人さんたちを雇ってるのね。……あら、美味しい」


 グレアムもお茶を一口飲む。確かに美味い。つくづく剣士にしておくには惜しい男だと思った。


「で、どこがわからないんだ?」


 怪我の功名で解けた変な緊張感が復活しないうちに本来の目的を果たすことにする。


 もうすぐ試験がある。平民学生と違い、悪い成績をとっても除籍処分があるわけではないが普通に落第はあるので、しっかり勉強する必要がある。


「これよ」


 ティーセがカバンから取り出したのは魔術概論の教科書。その一頁を示す。


「……組合せ最適化問題か」


 組合せ最適化問題とは様々な選択肢の中から最適な組み合わせを見つける問題だ。例えば費用を最小限に抑えながら利益を最大化するような問題や、リソースの使用を最適化する問題などがある。


 魔術は大小様々な魔術式の組合せで構成される。同じ魔術でも、組み合わせが違うと威力やリソース消費量に数倍から数十倍の差が出ることも珍しくない。なので、組合せ最適化問題は魔術でも重要な問題の一つとされている。


「本当に魔術を学んでいるんだな」


「あら? どういう意味?」


「気分を悪くさせたらすまない。君が魔術を使ってる姿を見たことがなかったから意外に思っただけだ」


「そりゃ、学院内での魔術使用は原則禁止なんだから当たり前じゃない」


「でも、戦ってる時も使ってなかっただろ」


「戦ってる姿なんて見せたことあったかしら?」


「……そういう話を聞いたんだ。"妖精王女"の武勇伝は有名だから」


「そう」


 ティーセは不審げだ。


 まずいな。口が滑った。誤魔化すため別の話題を振ることにする。


「ちなみに今どんな魔術を習得しているんだ? 治癒魔術か? シールド系?」


「してないわよ」


「え?」


「【妖精飛行】は魔術系スキルじゃないのよ。習得魔術陣を見ても魔術を習得できなかったわ」


「そうなのか」


 オルトメイアの入学には魔術スキル、もしくは魔術系スキルを持っていることが絶対条件だと思っていた。


「妖精系スキル持ちは、精霊魔術を習得できる素養があるらしいの。だから私は魔術を使えなくても例外的に許可されたわけ」


「へえ」


 それは初耳だった。素直に感心する。


「じゃあ、ここには精霊()()を習得しに?」


「魔法? 魔術でしょ?」


「……ああ、そうだった」


 ソーントーンが普通に魔法といっているので、ついそう言ってしまった。


「エルフやドルイドも精霊魔術のことを精霊魔法と呼ぶそうだけど、知り合いでもいるの?」


「いや、いないよ」


 ハーフエルフと精霊魔法を使う剣士しか知らないので嘘ではない。だが、これ以上、喋るとボロが出そうだ。ティーセ、結構、勘がいい気がする。きっとティーセの夫は浮気なんてできないだろう。だからといって、ティーセの婚約者に同情する気にはなれなかったが。

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