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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
四章 オルトメイアの背徳者
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70 妖精と魔女の思惑

 ジュゥッ


 フライパンの上で二枚のステーキ肉が胡椒と脂の香りを漂わせて焼けていく。


 ジュ、パチパチ


 溢れ出た肉汁が跳ねる。ソーントーンはトングで肉を裏返すと赤身肉は艶やかな黄金色となって輝いていた。


 匂い、音、見た目。ステーキ肉が調理されていく過程をソーントーンの横で食いつくように見ているのはハーフエルフの少女エルートゥだ。半身を乗り出しているので表情は伺えないが、耳が忙しなく動いているところを見ると楽しんでいるようだ。


「下がれ。危ないぞ」


 ソーントーンは瓶に入った液体をフライパンに注ぐと、ボゥワッと炎が上がった。


「わ、わ、わ!? 火事!?」


 エルートゥが精霊魔法を使おうとしたので、ソーントーンはフライパンに蓋をして消火した。昼食をウンディーネに台無しにされてはたまらない。


 サラマンダーの火を止めて、ステーキ肉をフライパンから皿に移し替える。本来ならここで肉を休ませたいところだが……


「……」


 涎を垂らしそうな顔でエルートゥが肉を見つめているので諦めることにした。


 ソーントーンはパンとキャベツの塩漬けが置かれたダイニングテーブルに肉の皿とスープを運んで席に着く。女神への祈りを済ませると、切り分けた肉を口に運んだ。


(ふむ)


 フランベの火は自然に消えるのを待つようにしていたが、蓋で消す方法も香りや風味が変わって悪くない。肉質によってはこの方法もありだろう。


 エルートゥも満足しているようでフォークに刺した肉に夢中でかぶりついていた。エルフは果物と野菜しか食べないイメージがあるがそんなことはなく普通に肉も食べる。エルートゥ曰く、「肉も食べないと病気になるじゃないか」と。


 例のリザードマンの件で報告に来ていたエルートゥに「食べていくか?」と訊ねた。昼食用に良い肉が手に入ったのだ。人数が一人増えたところで大して手間は変わらない。エルートゥは幾ばくかの葛藤と逡巡の後、意外にも承諾した。


 ちなみにリザードマンの件は特に進展なしだという。森の奥に隠れ潜んでいる痕跡はあるので、本気で捜せば見つけられるだろうとのことだ。


 ソーントーンとしては悩みどころだ。おそらく学院から逃げ出した魔術実験の産物であろうが、下手に捕まえようとしては"藪をつついて竜を出す"ことになるのでは。有用な情報が得られると決まったわけでもない。だが、気になることもある。


 グレアムとの稽古中の襲撃で、あのリザードマンが襲ったのはソーントーンだった。寝不足で具合を悪くしていたグレアムではなく。


 "ただの偶然"

 "理性を無くしていて目についたものを襲っただけ"


 そう言い切れない違和感が拭えなかった。


(そういえば、あのリザードマンと対峙した時に動揺が見えた。逃げたのはエルートゥに射かけられたからと思っていたが。それに、私を見て動揺したというよりも――)


「どうなってるんだ!」


 ドンとテーブルを叩く音がソーントーンの思索を中断させる。


 昼食を綺麗に食べ終えたエルートゥがなぜか激昂していた。


「……従者がいつもこんないいものを食べているわけではない。今日はたまたま貴族用の食材が――」


「そっちじゃない! ()()はどうなっているかと聞いているんだ!」


 エルートゥの言う計画とはもちろん世界樹"ユグドラシル"の復活である。


「この忌まわしい学院に来て半月! だが、お前が今日までやってきたことは()()()のために料理して、稽古をつけて、掃除して、洗濯して、料理して、デザート作って! 何でもできる万能執事か!?」


「まあ、落ち着け」


 サラマンダーの火とジャックフロストの冷気で作ったプリンをエルートゥの目の前に置く。


「やる気はあるのか!?」


 プリンを掻っ込みながらエルートゥは叫んだ。それに対しソーントーンは――


「あるわけなかろう」


「……え?」


 意外な言葉を聞いたかのように目を丸くするエルートゥ。


「人質で脅されて、なぜやる気がでると思う」


 さも当然であるかのように茶を飲みながらソーントーンはそう語った。


「ひ、人聞きの悪いことを言うな。オベロン様はそんなお方ではない」


 妖精王オベロン――ソーントーンとエルートゥにユグドラシルの復活を命じたエルフ族の王である。迫害が苛烈となった精霊信仰者(ドルイド)を保護してくれた礼として、小間使いにされるのは構わないがエルートゥのような年若い少女を危険な任務に就かせるのは気に入らない。


(適任者は他にもいるだろうに)


 少女に人間の血が入っているから捨て駒にされたのではないか。そんな邪推をしてしまうのは、オベロンがあの男に似ているからだろうか。顔はまったくに似てないが、オベロンはソーントーンのかつての主ジョセフを想起させるのだ。


「貴様にかけられた呪いを解いたのはオベロン様だろう」


 妖精剣アドリアナを振るったことで自身にかけられた呪い。それはオベロンの愛娘――慈悲深きアドリアナがドルイドと交した約定である。ドルイドに危難が及ぶ時、救うという古の契約。だが、アドリアナは竜との戦いで命を落とす。アドリアナが果たせなくなった約定を妖精剣を使った者が代わりに果たす。それがソーントーンにかかった呪いの正体である。


 オベロンは確かに呪いを解いた。だが、望んだわけではない。アドリアナの義侠に思うところがあったソーントーンは、その心を受け継いでもよいと思っている。


「それにだ! このまま竜どもをのさばらせていてはお前たち人間だって危うい! ユグドラシルはこの絶望的な状況を覆す一手となる!」


「……」


 そう叫ぶエルートゥをソーントーンは胡乱な目で見つめた。


「な、なんだ?」


「眉唾だと思ってな」


「な、なんだと? オベロン様を疑うのか!?」


「竜への逆転の一手となる"デウス計画"。それを立案し実行しているのは()()グレアム・バーミリンガーだと聞かされればな」


 "世界線移動(ワールドディシジョン)"を使いこなす上級竜(エルダードラゴン)の打倒。オベロン曰く、ハイ・エルフすら不可能なこの偉業を成し遂げたのは、この計画によるものだという。"ロードビルダー"ネイサンアルメイルの打倒により、オベロンはこの計画に乗ってユグドラシルの復活を画策した。


 だが、オベロンはこの計画の全容を知らない。しかも、()のグレアムも知らないと聞かされれば何の禅問答かと疑いたくもなる。


 余談だが、計画の要であるグレアムがオルトメイアにいることをオベロンは知らない。エルートゥもレビイ・ゲベルのことをこちらが用意した協力者だと思っている。グレアムがオルトメイアにいることはケルスティン=アッテルベリの思惑だからだ。


 ケルスティンがソーントーンのもとに訪れたのは聖国でドルイドの迫害が強まった頃である。自身への協力を条件にオベロンの妖精郷(安全地)への避難を提案したのがケルスティンであった。ケルスティンの交渉によってドルイドを受け入れてもらった後、ケルスティンのグレアムをオルトメイアに誘う計画に加担する。その最中、グレアムは"ロードビルダー"を討伐したことで、オベロンがユグドラシル復活を企図する。その先鋒としてソーントーンに白羽の矢が立ち、ケルスティンが()()()承諾する。


 あの魔女曰く、「グレアム君がオルトメイアに来れば世界樹も復活するでしょう。なぜなら――」


 ……


 経緯は複雑だが、やることはシンプルだ。

 グレアムは鍛え、守る。

 それが現在のソーントーンの役割であった。


「……お前の主様が帰ってきたようだぞ」


 エルートゥが不満顔でそう呟く。


 ソーントーンも部屋に近づいてくる気配を感知した。だが、二人分。グレアムが客人を伴って帰ってきたのだろう。ソーントーンは"チェンジリング"の精霊魔法で顔を変え、かつての忠臣"パトリク"となる。


 エルートゥに奥に隠れているように手振りで指示すると、ドアを開けグレアムを迎えた。


「おかえりなさいませ。……お客様ですか?」


 グレアムから情報は得ていた。だが、実際にここまで変貌しているとは思いもしなかった。


 グレアムの隣には美しい女性へと成長したティーセの姿があった。


 ◇


 好奇心に負けて隣室を覗くエルートゥの顔は驚愕と恐怖で歪んでいた。

 そこに、ありえない人物が立っていた。


「あ、アドリアナ様?」

今回書いたソーントーンの経緯はシリーズで投稿する予定でしたが、取り止めました。

この物語はグレアムの物語なのでグレアム不在のエピソードが長々と続くのはどうかと思ったので。

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